23
長らくお待たせ致しました。
私は小松奈々。
なんとなく、死んだかもしれないと思った。
だけど気がついたらパニクった。そんな程度の言葉では表せないほど動揺した。
えぇぇ!死んだんじゃないの?
意識はあって、景色が見えていて動いているのに、動けなかった。身体が自分ではなかった。意志に反して動いている。
何なの!?
誰なの!?
何処なの!?
身体が無いからやっぱり死んだ?もしかして、幽霊なの!?
パニックからなかなか抜け出せなかった。
ずっと見えている景色を茫然と眺めているだけだった。
きっと何日も過ぎていたに違いない。暗くなったり、明るくなったりを繰り返していた。
見えているだけで、無音な世界に孤独を感じて悲しくなった。だけど涙さえ零れない。零す目がない。なのに見えている。
目がないのに何故見えてるの?
身体がないのに、何故移動しているの?
少しだけ興味が湧いた。
身体が無いって何故そう思ったの?
最初に手が見えて、自分の手じゃないって思った。その手は自分では動かせなかった。そして見えているものも、自分の意志で見ているわけじゃなかった。
この身体は自分のじゃない。私の身体はどこ?そしてまた悲嘆に暮れた。
時間と共に少しずつ感情が落ち着いてきた。落ち着いてみれば疑問が湧き上がってくる。改めて手を見たとき、随分毛深いんだなと思った。凄く嫌だった。白くて透き通っているような産毛は目立たないかもしれないけど、手がこれだと身体や脚はボーボーよね……。女の子として、すね毛とか気にして剃ったりしてたのにと、考えてもどうにもならないんだけど。そんなことを思う度にまた悲嘆に暮れた。
周りもゆっくりと見られるようになってきた。建物が石を積み上げただけで、隙間は土で塞いである。割と見窄らしい感じがした。そして衝撃的なものを見てしまった。
耳が頭の上にある人がいた。帽子?可愛らしい帽子は珍しくない。そう思おうとしてたけど、動いているのを見たら本物としか思えない。
服装がまた色のない生地そのものといった感じで、毛皮の胸当てをして腰に剣をぶら下げていた。
これって例のアレ?最近流行りの異世界がどうとかいう……。夢だとしてもリアル過ぎる。だけど、簡単には受け入れられない。もしもそんな世界に来てしまったのなら、神さまとか特殊な能力とか……。あるわけ無いか、何しろ身体すらないんだもん。
私は現実逃避して、勝手にすれば!?と、成るようになればいいと、知らんぷりすることにした。
私は異世界物が流行とは言っても、小説を読むほどではなかった。コミックやアニメで見る程度で、同じようなパターンばかりの話にうんざりもしていた。それが自分の身に起こるなんて……。
だけどさ、自分でなにも出来ないとか意味がわからんわ。
数日が過ぎた。この身体の持ち主は旅をしているかのように、集落から集落へ移動していた。夜は大抵野宿で、焚き火もしなかった。見渡す限り木が生えてなかったから、燃やす物がないんだろうと思った。地面に穴を掘ってその中で寝ていた。こんな野宿は見たことも聞いたこともなかった。一応毛皮を掛けていたので、布団みたいなものなんだろうと理解できたが、集落で泊まるってことがなかった。わざわざ暗くなってくると集落から離れた。食べ物も乾燥した肉を少しだけしか食べてないし、指先から水が出ていた。ただ、思ったよりも水の量が多くてあたふたしていた。うまく制御できてないらしい。でも魔法みたいなのがあるって、やっぱり異世界なんだと思った。
見たくないものまで見なければならなかった。排泄だ。匂わないからまだいいとして……自分のものをわざわざ嗅ぐなんてやめなさいと思った。この子女性でした。今まで気にもしてなかったので吃驚した。胸は私よりあった。何となく悔しい。
得体の知れない小動物や虫を見つけては食べた。おぞましすぎて泣きたい。ある時は獰猛そうな中型動物(柴犬くらい)と闘っていた。動きが凄まじく早くて、あっさりと倒していたのが印象的だった。短いナイフしか持ってないのに凄い。その時に獲物の上に『聞』という漢字が浮いているのに気づいた。それはすぐに私のほうへ飛んできて消えてしまった。
倒した獲物は、血抜きをして内臓を取り除いて、細かく切ってから塩を擦り込んで干していた。あまりにも手慣れた動きに、吐き気さえしなかった。いや、吐く口がないんですけどね。
集落から集落は、離れていてとんでもなく歩いてる筈なのに、疲れているような雰囲気がない。野宿だって気が休まらないだろうし、疲れがとれないと思う。
身体が無いことに感謝してもいいくらいだけど、そもそもこんなの嫌。普通に天国でも地獄でも送ってくれたほうがマシ。見てるだけなんて、どんな罰ゲームなのよ。
毎日毎日同じような変化のない生活。ほとんど歩くだけ、たまに戦う。ただし小型の獣だけで、大きいと逃げるのを優先していた。
私はボーっとしてる。退屈すぎる。ふと漢字が頭の片隅に浮かんでいた。あれ?この漢字って、この前倒したイヌぽい死骸の上に浮いてた漢字と同じだ。集中して意識していると、突然ゴーボボボボガーみたいな、マイクのスイッチが入って雑音を拾っているような気に障る音で包まれた。