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【火球射】
俺の頭に見えている(感じている)漢字は、殆どが一文字。
これを意識して、対象物に投げる(ぶつける)。例えば『火』という漢字を対象物に投げる、その速度やコース、規模は自身の想像で、野球のボールの速さに、真っ直ぐで、と思考している。ボールそのものでしかリアルに想像は難しい。野球か、バスケット、サッカー、くらいだろうか。あとは勝手に当たれば対象物が燃える。そんな具合だ。
投げるという行為も、思考なので実際に動作はない。思考が集中できなくてブレると失敗する。そんな短時間の集中なら簡単だとおもうかもしれないが、戦いの最中に
それが 簡単だと言えるだろうか。俺には実体が無いので、戦っているときも逃げるときにも、身体を使うことはない。割と冷静に周りを見ている。動いているのはミリパナなので、俺は相手に対して集中して対処出来ている。恐らく生身で魔獣と戦ってたら、何も出来ないうちに死んでるだろう。ホント寄生でよかったよ。
【火球射】と金属板に記述しても、火は飛んで行かなかった。目の前の空間に現れ地面に落ちたのだ。これではチャッカマンだよ。その文字列には、思考しているときの最低限の情報がないからだ。『火』は最小限な火なので、大きさは無視してもいいだろう。取り敢えず飛んでくれればそれでいいので、更に書き込んだ。
【火球速直射】
火の球が飛んだ……飛んですぐ消滅した。
「わーい、飛んだよぉ」
『本当に飛んだな……嘘みたいだ』
「嘘みたいって、どうしてよ!信じてなかったの?」
『いや、俺の漢字と同じようなことが出来てしまったら、漢字集めてきた意味が無くなるんじゃないか?』
「そんなことないでしょ。魔法と魔術の関係と同じでしょ」byコマツ
『あーまぁそうか……』
発動はどうしてるんだ?という疑問があるだろう。魔法技師から奪ったカードは、発動の仕方が分からず結局使えなかったが、あれに記述されている文字が未知の文字だからとしか考えられない。対して漢字は、表意文字だから直感で思考に反映する。発動は思考するだけなので、記述する必要もない。
最初はミリパナに持たせ、発動を試みたんだが反応しなかった。ミリパナが漢字を理解していれば、簡単だっただろう。バニラでも試した。
そこからまた試行錯誤を繰り返す。漢字を並べ替えたり、漢字が違うのかと書き変えたり。そして、最初に戻って来てミリパナだから駄目な気がしてきた。俺の頭の中の漢字は、特別なことは必要ない。ではこの金属に書いた漢字もそれほど難しいことは必要ないんじゃないのか?
俺が持って発動すればよくね?
『動』を使う。これも色々制約がある。ミリパナが寝るか気絶して意識を手放さなければ俺が動かせないのだ。寝ていても完全に意識が無くなる訳でもないが、無理矢理抵抗を潜り抜けてヤル。(やらしくないぞ)
俺がミリパナを支配した状態で持てば、漢字を知っている俺の思考が反映されるはずだ。
ということで、めでたく火が飛ぶまでの成功を納めた。
ここからがまた苦難は続くのだ。
ミリパナとバニラに日本語を教えるという苦難だ。今までにも事ある毎に教えてたりはする。
この異世界に転生?してから多分一年以上が経過している。ダンジョンの中だと一日がはっきり分からない。しかも精神だけなので体力の疲れもない。適当に思考停止するだけで、SP(精神ポイント)は回復するのだ。そんなポイントは無いんだけどね。もしかしたらもっと経過しているのかもしれない。ミリパナ達も、何日とか気にしてないみたいだ。過去に拘らないというか、あまりそういう話をしない。今が楽しきゃ良しなんだろうか。
俺も今はやることがあり、考えることがあるので過去を振り返ったりすることはない。何もかもが順調に進むようになって、安穏としてきたらヤバいかもしれない。そういう時って余計なことを考えるようになって、やらなくてよかったのにって後悔することになる。過去と比較までして、あぁあの時は良かったなんて鬱になったりする。そんな事になったら最悪だ。ただでさえ寄生していて、自由が無いってのに。今はそんなことを考えても、笑って済ませられる余裕みたいなものがある。
ダンジョンに潜るようになって、数ヶ月……宝石以外はかなりの量を貯めた。もう宝石自体は換金目的でしかない。魔力の液化に成功し、更に固化も出来ている。
所謂フリーズドライ擬きというやつだ。
現代のやり方とは違うので、真空凍結とは別物だけどね。液化した魔力を『石』と『化』で石化して砕いただけだ。この石化という奴、別に石になるわけではなくて、固まるだけなんだよね。機械類一切要らない簡単仕様です。入れ物まで石化するとあとが大変なので、飛散しないように出来るだけ塊で入れ物から零したら、空中で石化させます。入れ物をひっくり返す人と俺との連携が成功の鍵です。
『庫』の中が満タンに近くなってきた。最小限の食料を除けば金属類が60%で、魔獣素材15%、加工素材10%、魔力水と粉末がそれぞれ5%づつで空きが5%だ。そのほかにもミリパナとバニラがそれぞれリュック満タンで背負うことになる。鍋や道具類、布団代わりの毛皮などだ。生活雑貨はかさばる。
売れるものは売って、減った分食料を買い込んで、この集落から出る積もりだ。