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かなりの時間が経過して、女が身動ぎしながら起き上がった。身体を弄まさぐって怪我の有無を確かめている。その時になってやっとこの女の体つきを知ることが出来た。なんか覗き見しているようで、後ろめたいがどうしようもない。彼女の見るものは、俺にも見えるんだから。健康な男子に見ない選択肢は無いでしょ。彼女が手で身体を触りながら確かめて行くわけなんだけど、その感触は伝わってこない。兎に角見えるというだけだ。
そして、俺は見た。彼女のお尻のあたりに揺れ動く尻尾を!まさかアクセサリーってことはない。動いてるし。獣人ってやつか!?
女というより、女の子つて感じだ。全体にスレンダーではあるものの、必要な筋肉は発達しており、柔軟な感じがしていて張りがある。胸は発展途上だけど、戦うなら邪魔にならないほうが良い。決して生で見たわけではない、服の膨らみで判断した。麻みたいな服に皮革製の防具で覆っている。たくさんあった怪我が綺麗に治っていることに驚いているようだ。この不思議な現象については、俺は分かっている。(完全ではないだろうけど)
彼女は、倒した獣をチラッと見て、安堵のため息をついた。そして自分の指先を不思議そうに見詰めた後、腰にあったナイフを鞘から抜いて、獣の頸を切ると血が流れ出す。生臭い鉄錆の臭いがするのだろうが、俺には分からない。何か短い呪文を唱えて獣の後ろ脚を肩に乗せ、背負うが半分以上は引きずっている。だとしても、凄い力だと思う。移動中は景色を見ることくらいしか出来ないので、考えに没頭することにする。周囲の警戒は、彼女のほうが俺よりも数段勝っているはずだ。なにしろ、聞こえないし(彼女が発した以外の音)、匂わない警告すら出来ないんだから、役に立たないのだ。
俺の意識の中には、幾つかの漢字がある。『伝』『目』『聞』『治』『守』『増』の六つだ。『伝』は今運んでいる獣の上に浮いていた。見詰めて意識を集中したら俺の頭の中に、スウーっと入ってきた。入って来たことで、他の漢字を認識することができたようだ。このままでは意味不明である。間違っているかもしれないけど、以下俺の推測である。
なにしろ異世界らしい、魔法だってあった、この娘の尻には尻尾もある。ならば漢字には特別な意味があるはず。そこで俺はスキルのようなものだと考えた。ゲームやラノベに接してれば、こんな突飛な考えも無きにしも非ずだ。『目』は彼女を通して見る力。目蓋を閉じても見えたのはよく分からない。『聞』は音が聞こえる。だけど今確認すると、この漢字がなくなってた。無くなるのか……。『治』は治す力。傷が治ったのはこれのせいで、『増』で力を増幅しているから治るのも早かったんだと思う。なにしろ傷が塞がる過程がリアルに見えたからな。俺が彼女の中に入る前、傷だらけだったのに、以後はそれがないのは『守』でさらに『増』で守られていたから、吹っ飛ばされても怪我をしなかったのだと思う。首を噛めなかったのもこれ。あっ!目蓋を通して見えたのも、『増』のせいかもしれない。『増』優秀じゃん。ただこの能力は意識して使っているわけじゃない、てことは、パッシブってことで、常に発動しているわけだ。動力源はなんだ?俺の体力?身体無いから違うか、この娘の体力か魔力?んー、他になんかあるかな?まぁ、いずれにしろ分かる時は分かるってことで、最後に残った『伝』
伝えるってことだと思う。どうやって?俺は喋れない、自由に動けない。テレパシーみたいに出来るんだろうか?必死に念じてはいるけど、伝わってないみたい。
あれ?自由に動けない?あのとき動いたよな!?俺の意識が覚醒したとき、頭を上げたし吹っ飛ばされる直前にも、起き上がろうとしていたはずだ。
おかしい……俺の考えが根本的に間違ってるのか?
そんな思いに落ち込んでいると、森を抜けて草原が広がった。獣と戦っていたのは、早朝らしく、倒してから気を失ってたのが、一時間程度だとして、ここまで来るのに更に一時間といったところ。まだ午前中なんだ。凄い時間が経過したような錯覚に、陥っていた。三十分更に移動して林の中の岩場で、岩場の両側が切り立った崖になっていて、高さは五メートルほどだろうか、登ったり下ったり途中の分かれ道にも迷うことなく、少し進むと丸く円形に広がって正面の壁に板が立てかけてある。右手の崖には階段があって、上に登れるようだ。左手は更に通路が続いている。彼女はここでやっと背中から獣の死骸を下ろした。彼女の持久力が凄すぎて、現代人の情けなさに涙がでます。精神の憑依で良かった。
この世界で生活するのは、過酷なんだろうなと思う。ここが彼女の生活拠点なんだろうか?何もないんだけど、板を退けると穴が開いていた。住処とはいえ穴……窪みに板で蓋をしたものだった。入口は人が通れる程度で、中は大人が二人程度横になれるだけしかない。床には落ち葉が敷き詰めてあるだけだ。他には壁に何かの道具らしきものが釣り下げてある。原始的すぎる。というか、原始時代だったりして。
少女は獣の腹をナイフで切り裂き、傷つけないように内臓を取り出す。水玉が当たった頭はごく小さな穴が開いているが、脳が潰れるほどではなかったので、鞣しには使えそうだった。石鍋を火にかけて温めておく。あとで水を加えて潰した脳味噌を温める。手慣れた感じで毛皮を剥いでいく。食べられそうな部位だけ切り取り、薄く切りそろえて枝に刺してぶら下げていく。干し肉にするのだろう。毛皮は平らな板の上に広げ縁を蔓で引っ張り固定してからナイフの刃を立てて、余分な肉と脂肪を削ぎ落としていく。赤みを帯びた皮がある程度白くなると、獣の脳みそを潰して温めたものを擦り込んで行く。そのまま暫く放置する。残った骨や内臓を近くの穴に放り込み、これまでに剥いだ毛皮や売れそうな牙、今までの収穫物などを袋に入れてから、ゴミ捨て場になっている穴に灰を掛けて、左手の通路方向へ歩き出した。
途中の川(岩から湧き出した細い流れですぐに岩の裂け目に消えている)で乾いた血と、脳味噌のこびりついた手を洗い流して暫く歩くと、数件の建物が寄り添うように集まっている集落にたどり着いた。丸太を組んで造られた建物をみると、原始時代ではないらしい。
少し修正しましたが、ストーリーに影響はありません。