第9話 続視力検査とイケメンお兄さんの回
「えぇー…何でそこでズッこけるんすか⁇
髪が床に擦れちゃってますから、ホラ、立って下さい。」
メガネ君の口調は、だんだん小さい子の面倒見るみたいになってきた。子供のする事はホント分からんなーみたいな。で、両腕を抱えて、やっぱり優しく床から引き上げてくれる。
こちらを窺う、彼の少年めいた、優し気な面持ちを見ると、なぜかちょっとホッとした。
…いや、まって?吾輩を床に突っ伏さしたのもコイツやったわ!
「芹沢さん…」
突然、メガネ君の真剣っぽい目に見つめられ、私は妙にどぎまぎした。
「……チエさんの何が、そんな気に入らないんですか?」
「えっ?イヤ気に入らないとかでなく!人種がちがうでしょ!」
「おれと先輩も全然人種ちがいますよ」
…!それは盲点だった。
「そっか…」
「気の合う合わないは、派手とか地味とか、関係ないです。」
…地味って言ったな!
「信じてないわけじゃないけどさ」私は言った。「今回は当たってないと思うな。」
「100%当たります」
「…」
ンン〜…え〜……?なんでこういう時だけナヨッとしてなくて女の子っぽくないんだよ。信じちゃうじゃん…
「…チエさんとお昼食べるようになるってことはさぁ?」
「はい。」
「あたし、あのキラキラした、チア部のグループに入るってことだよね?」
「………」
あっ⁉︎メガネ固まってんぞ!
「まぁ…そう…なん…でしょうね?…でも、そこまでは、見えなかったスから…」
「無理がない?」
「………」
メガネ黙ったわ。。
◇
いや流石にコレは当たってないよ。
だいたい、青井君がきょう絡んだのが私とチエさんだけだから、脳が勝手に繋げたんじゃない?と私が言うと、
青井くんは「あっスンマセンぼくの番来たんで」、と言って、そそくさと、白衣着た視力検査のお兄さんに、シートを渡しに行った。ズルい、逃げたな…
青井くんが、前の生徒から黒いお玉みたいなやつを受けとるのを、何とはなしに見ていた。
受け取った問診表を見て、青井くんの名前を確認した白衣のお兄さんは、驚くような和風顔のイケメンだった。えぇ〜、…青井くんてイケメン運が強くないか??
白い肌に涼しい目元、デキる男ふうの気のキツさもある、神経質な芸術家タイプ、って所かなぁ。てゆうかもう既にちょっとピリピリした雰囲気を放ってる。ガキの子守りなんて嫌なんだというのが、丸分かりだ。
妙にイラついたお兄さんにも、青井くんは全く臆することなく、分かりません分かりません分かりませんを連発している。このKY安定感あるわ〜。
「じゃ、眼鏡掛けて下さい」とお兄さん。
で、測りはじめたものの、青井くんは0.1すら見えてなかった。
当たり前のように眼鏡なしで生きてきた私には、衝撃だった。青井くんあんなデカイCが見えてないのか、眼鏡してんのに…。
「見えるとこまで歩いて行ってもらえます?」とお兄さんに言われると、青井くんはスタスタ歩いてって、冗談みたいに、Cのいっぱい書かれた表示板の間近で止まった。
「右」
「…」
お兄さんがちょっと怒りを抑えた声で、ふざけないでくれますか?と言った。
イヤ、そらそう思うよね!嘘やろ、よく生きてけてんな…って私も思ったよ。これメガネの意味なくね?どっちにしろ生まれたての子鹿やん。
青井くんがあんなにメガネに拘る意味って、一体なんなのか…
もはや、メガネに掛かる努力とその報酬を考えたら、
ダンゼン裸眼で生きたほうがよくない!?
「ふ、ふざけてないです去年もこんな感じでした!」
お兄さんに対抗して青井くんもなぜかムキになっている。…ちょっと可愛い。
左目に変えてもいっしょだった。表示板のほぼ真ん前で立ち止まった、青井くんの無言の背中が、えも言われぬ哀愁を漂わせている…
「……」
「……」
お兄さんは諦めたように、きみメガネ合ってないんじゃない?きちんと検査した方がいいですよ、と溜息交じりに言った。
この時には、もうお兄さんの態度から、先ほどの剣が嘘みたいに取れていた。
いや何となく理由は分かるよ!私も同じだったから。このメガネくんて、ミョーに人の苛立ちを削ぐところがあるんだよね。
あの何とも言えない、素朴な佇まい見てると、怒気抜けちゃうんだ。絆されちゃうというか、ぜんぶ馬鹿らしくなるというか。。
おまけに青井くんはお兄さんから問診表を受け取るときに、ついサッと会釈してしまったので、
「卒業証書授与」の時みたいに二人で片側づつで持っていた問診表のうえに、呪われたメガネがヒョーンと墜落した。
メガネが当たって紙がたわむブワッという変な音と、
お兄さんのワッという叫びが聞こえた。
やっぱやりやがったな…。
きみ、フレームも買い替えた方が良いんじゃない!?とお兄さんは言った。…だよね。
「自分に合うメガネを探してくださいね!」
そう言って、青井くんを送り出したお兄さんの声音は、呆れ果てていながらも、もう相当に優しかった。「次の人?」
あっあたしだ…。
青井くんが、渡されたガーゼで黒いお玉を消毒しつつ、芹沢さん、おれ先に行ってますね、と小声で言う。
告白しよう。私はちょっと寂しかった。
あのメガネくんはちょっと癖になるキャラかも知れない。スルメ的な感じで、、、。
ちょっと外で待ってて欲しい自分がいる。我ながら見事に絆されちゃってるな…。
…立花先輩も、こんな感じの気持ちなんだろうか?
「コンタクトしてます?…そうですか。じゃ右からね」
そう言ったクールなお兄さんの口元には、いまや不思議な笑みさえ浮かんでいた。
すごいわこのメガネマジック…。そして、男前の微笑みは素晴らしいなぁ、と、
思わず私も微笑んでいた。