第7話
「い、因縁…⁉︎」
ちょっ。まって。ついていけてないの私だけか⁉︎
だいぶまさかのシリアス展開なんですけど。なんなん⁉︎
メガネ君は、どこか物哀しい横顔を見せつつ、やはり自分の足元を確認しながら歩いている。
校舎の廊下の窓から差している、ホコリっぽい春の木漏れ日と、窓のない所を通るときの薄暗い影とが、廊下を歩いていく彼を交互に染め上げていった。
唇は、いつものごとく柔らかな曲線を描いてつり上がっている。静かな微笑みを見せた彼のその姿は、なんだかミステリアスで大人びて見えたー
「因縁って…」聞くのが怖いが、聞くしかないだろう。
「立花先輩と何があったのーーー…!?」
「……
へっ?。何の話すか?
立花先輩はただの去年出逢った先輩です。」
え…っ?
「てゆうか、先輩ですらないですよね!
ただのクラスメイトですし。一応先輩って呼びますけどね。」
「あのいやだから…因縁って何なの?」
「えっ?おれとメガネとの因縁です。」
「……」
いや。
どこをどう突っ込んでいいか分からん。 "おれとメガネとの因縁"って何やねん…
とりあえず、私の、"ミステリアスで大人びて見えたー" を、返して。シリアス展開に思わずイキッてしまった、私の中のポエマー返して。。
「小学生のころ急激に視力が落ちたんですよ。…その頃までは、メガネなんか要らないくらいだったんですけど。
たった1年くらいの間に、みるみる悪くなってメガネなしじゃ何も見えなくなったんです。生まれたての子鹿みたいに」
…だから!生まれたての子鹿はメガネ無しでモノ見えてるだろ。
子鹿から離れろ!
「最初におかしいな、って思ったのは遠足のときだったんですけど。
バスん乗って行くじゃないですか。目的地がキャンプ場で、山のうえにあったんですけどね。すごく蛇行してる山道で。カーブのたびにグゥーン!…って車体が振れるような所だったんですけど。
…その車体が振れるときの衝撃が来るたびに、おれのメガネがピョンッッ‼︎ってポップコーンみたいに鼻から飛び出すんすよ…。
最初はウワァッ!て、いちいち手でキャッチしてたんすけど、ついに拾い切れなくなって、バスの通路に落っこちたメガネがアイスホッケーみたいにカカッカッカッって滑ってって、そのうち見えなくなっちゃいました。
最後はクラスメイトの足のしたから、バキバキになって見つかりました。
なんかその時、あれっコレって、おれ単に視力悪いだけじゃないな?、って。
なんかメガネと相性悪いな、って。」
「相性、…」私はもう、こんなふうにしか相槌の打ちようがなかった。「…悪いね…。」
「それからずっとコイツと生きてるんですけど、まだ折り合いがついてないんです。」
メガネ君はそう言うと自分のメガネのつるを、そ…っと触った。
「おれは、仲良くやりたいんですが。」
「だろうね…」
メガネ君は、見てるこっちが居た堪れないような、例えるならば恋人にフられてしまったばかりの友達のような、けなげな笑みを見せた。
「いやぁ、芹沢さん、知ってると思いましたよ!だって1年生のときに、全体朝礼でいっかい、クシャミした拍子にメガネすっ飛ばしてますからね。
すぐ見えなくなっちゃって、すいませぇ〜ん!メガネ落としたんで足元見てくれませんかぁ〜!って超デッカイ声だしたんスけど。芹沢さんその日休んでたのかなぁ」
「…どうだろ〜。あっ、あたしH組だったから、列になったら結構C組から遠いじゃん⁉︎」
「あっそっか!それでかな!
でもてっきり噂とかも回ってるかと思ってたんですけどね。C組にメガネ落とす変なやついるって」
メガネ落とす変なやつ…。
「いや、私、聞いたことなかったよ。
よかったね……」
…?…なのかな?…
ごめんもう…フォローが…思いつかなくて…
「それは不幸中の幸いっスね」メガネ君は言った。
◇
私らは、それからしばらく無言で歩いた。ようやく第一体育室に着くと、見知らぬ教員に何年?と尋ねられた。
2年です、と答えると、なかの3年生がはけるまで待ってくれる?と言うので、扉のまえで同じように待っている、2年生たちの列に加わる。
そのころには私の頭も少しはまとまっていた。無言で歩くのってけっこう大事かも知れない…。
「…あのさ。青井くん、そのメガネが悪いんじゃないの?
買い替えたら⁉︎」
私は勇気を出してそう切り出した。
メガネ君はふと我に返ったように顔を上げると、ひと呼吸遅れてハハッ、と笑った。
「……まだ考えてくれてたんすか、芹沢さん。いいのに。」
そんなふうに笑うと本当に魅力的な子なのだけどな…。なんか可哀相になってきたよ…。
「メガネ変えても一緒なんです。おれの鼻の上に乗るととたんに暴れ馬みたくなるんですよ。
ていうか何回も割れてますから多分15代目ぐらいですコイツ。」
はい…。
はい詰んだ…。
◇
「どういう原理なのかなぁ…」私はもう、遠い目をしてつぶやくしかなかった。
「原因は、なんとなく分かってるんです。」メガネ君はささやくようにして喋った。
え……⁉︎ 原因とかあんの⁉︎
てか、分かってんならはよ言えよ!
なんやったんや、さっきの時間は!
「え‼︎ なに?骨格とか?」
思わず言ったものの、そんなに骨格が変には見えないけどなぁ。ちゃんとメガネのつるが引っかかりそうな耳してるけど…?
「いえ。内面の問題というか。
霊的なものというか…」
「……えっ!霊的?
……まさか、呪い!!?」
「いえ。才能の代償というか。おれ、あるんです、」
「なにが⁉︎ ……霊感!!?」
「いいえ。千里眼」
……
!!????????!!
はい超展開。
みんなついてきてるかな⁉︎ 大丈夫〜!?
落ち着いていきや〜〜‼︎
「あたし今ゆりやんの声聞こえた。…」
「……え?誰すかそれ」
がんばり〜〜!!!!