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悪魔商人ヘイナ  作者: mod
5/5

■『預言の代行者』

--------------------------------------------------------------------


私は右を見た、それはある世界が手招きをしていた。


私は左を見た、それはあるべき世界が手を差し伸べていた。


ある世界は、それはみんなが望む世界、みんなが共有できて、

みんなが幸せでいる世界。


あるべき世界は、私が望む世界、みんなが共有できない、

私だけの世界。


私は右を見て、左を見た。


右と、左に、声がこだまする。


大きな声が、ある世界を望んでいる。


けれど私は違うと泣き叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

そこは孤独で、虚しくて、何も生産されない世界かもしれない。


誰もがある世界を選んで、首を立てに振る。

けれど私はそこへはいけない。


孤独に生まれた者が、孤独に死んでいくように。

私はそうはなれない生き物であるように。


たとえそこで完結しようと、それを望んでいようと、

いまいと。そう、なれない生き物であるからだ。


みんなに恨まれようと、やはり思うからだ。

やっていられない、それは私の望む本物ではないと、

理解できるからだ。


私は右を見る、それは私が決別した世界。


私は左を見る、それは私が望んだ世界、みんなに後ろ指を

さされてもおかしくない、けれど、いっそ笑おう。笑おう。


両手を広げて、いっそ笑おう。


はじめから決まっていたのだ。私ははじめから左を見て生まれ、

左を見て死んでいくのだから。


私ははじめから美しいものを知っていた。

だから、その絶対は誰にも覆せないものであるのだから。


私はそういう生き物であるのだから。


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■ 唐突とはなるものにして


    -01-


「預言者?」

 そのなにもやることのない日常において、その情報はまさにあやしい情報だったのは覚えて

いる。

 そこは築十年以上のマンションでボロ事務所を構え、けれども労働をさぼるわけでもない、

廃墟ではないにしろ、こんなボロ事務所でもそこそこのお値段をかけて生活していた。

 これまた安い事務所の机に頬杖を付き、虚ろな瞳で前を見る。対象は事務所の中央にある、

机に備えつけられた、一件高そうな黒いソファーに横かけるおっさんだ。おっさんだが、この

ボロ、いや、格安物件の事務所を紹介して、さらに安くしてくれた恩人、高野 源三郎(たか

の げんざぶろう)氏だ。

「おい、聞いてるのか、狭崎」

 狭崎とはこのオレ、狭崎はざき 五郎ごろうのことだ。

 いつも不機嫌な高野氏とは対象に、こちらは軽やかにそれを言い返す。

「聞いてますよ、あー、おしゃれな事務所と若い女秘書がほしい」

 そんな戯言を聞くと、高野氏はよけいに苛立つ顔をするのだ。

 ああ、まあこれは普通か。

「だったらもっとマシな仕事をするべきだな、こんなオカルト紛いの仕事

 ばかりじゃなく…な!」

 バン!!と、机にオカルト雑誌を叩き付けた。ああ、それうちの所有物なんですけど?

「いや、そんなのでもたまーーーに、仕事来るんですよ?

 いるんですね本当に、現役人妻女子高生とか、いやー可愛かったな」

「はあ…」

 高野氏は首を振る。そして、さきほどの話を続ける。

「お前、預言者って知ってるか?渋谷の一角でそれを生業にしているやつだ」

 高野氏にしてはまじめな表情で、預言者なんて言葉を使う。

「いや、知りませんね、そんなやつは」

 まるで興味もないように、そう言い放った。

 高野氏は「そうか…」と、さも残念そうに俯いた。

「高野氏、その預言者とやらをおさがしで?」

 そう問いかけたが、今度はこちらの話を全く聞いていない様で、スルーされた。

 帰り際に高野氏のお小言を聞かされるかと思いきや、やはりなにか元気のない高野氏は、別

れ際に言ったのだ。

「…狭崎、オレはお前の才能を買ってるぜ」

 少し高野氏は笑っていた。

「なんですか気味悪い、知ってますよ、オレに才能があることくらい」

 いつもの調子で返すが、高野氏は特に怒った風でもなく、「…そうだな」と苦笑して手を振

って帰っていった。

「元気、出してくださいよーーーーーーーーーーー!!」

 そんな大声で高野氏を見送ったのは覚えている。

 うん、マジで。高野氏のおかげでここの家賃も安くなっているのだから。

 けれども、そんな高野氏の訃報を聞いたのは、それから一ヵ月後のこと。

 なんだかあっさりと、高野氏は死んでしまった。

 なんですか、死亡フラグじゃないですか、オレなんか珍しく褒めるから。

 警察が来て、いろいろと乱暴に聞かれたことは覚えている。

 これは、殺しじゃないかって、そう、感じていた。

 高野氏の葬式は地味に行われた、彼自体も、それほど金を持っていたわけじゃない、けれど

交友関係だけは広かった、けれど、葬式に来た人間なんて少ないもんだ。

 葬式は、雨だった。

 とにかくじめじめした梅雨で、嫌な天気だった。

 傘なんて差していなかったオレは、雨に濡れて事務所に帰ってきた。

 葬式の場で、オレは高野氏の馬鹿息子に、これからは事務所の家賃をきちんと回収しますか

ら、と、釘を打たれた。ありがちだ。いや、まあ、それは当然だったのだが。

 雨に打たれて、軽く暖かいシャワーを浴びて、洋服を着替えて、事務所の天井を、ぼうと、

見ていた。

 雨音が、静かな事務所に響いた。

 そして、そんな雨音の中に、コツコツコツと、小さな足音が、安いマンションの地面を叩い

ている。

 しばらくすると、その足音は停止し、事務所のドアが、コンコン、と鳴った。


------------------------------------------------------------------------


     -02-


 全くもって、シカトするつもりで、その事務所のドアを叩く音を無視していた。

 珍しい客だ、金もほしい、だが、日が悪い。今日は、めずらしく信仰深くなっていたい日な

んだ。

 10分以上、しつこく、コンコンと、いう音が定期的に鳴り続けた。特に音が荒くなるわけ

でもなく、それが続いていた。

 いいかげんうんざりしたオレは、喪に服すこと止め、「…さて、仕事だ」と気分を変えて事

務所のドアを開けた。

 そこには、ウィッグかと思うくらい度派手な銀髪と、その大人びた表情からは浮いている制

服を着た、女子学生が立っていた。

「はじめまして、狭崎さん、若い女の秘書がほしかったそうで、着ましたよ、期限付きで」

 その全く無表情で虚ろな目、しかもカラーコンタクトが赤の怪しげな娘は、笑っていない顔

で、笑ったようなニュアンスの声でそう言った。

「ああ、ええと…」

 さすがに突然の言葉に動揺した。

 いや、若くて君可愛いけどさ、なんていうか、何人か殺してるよね?というやばい印象の虚

ろな瞳の娘だった。

「その話って、高野氏から聞いたの?」

 娘が静かに頷く。

 外の雨はより激しくなって、遠くで雷が鳴った。

 よくみると娘の手には、数珠があった。

「もしかして、葬式?」

 話は中で、と言わないばかりに、事務所の中を娘は指をさした。オレは娘を事務所に迎える

と、とりあえず暖かいコーヒーなど入れてみる。まあ、安いコーヒーだが。

「安いコーヒーだが、なかなかいける味だよ」

 そんな言葉を娘に向けてみた。これまた娘は全くの無表情で答えた。

「睡眠薬入れて、うちをどうにかするつもり?」

 オレはそれを聞いて、娘に出したコップのコーヒーを一口飲んで、乱暴に娘に向けて再度お

いた。

「言ってみただけ」

 ぽつりと娘はつぶやいて、安いコーヒーをゆっくりと飲む。

「お化粧は好き?」

 娘はぼうとした瞳でそう問いかけてくる。オレは特に相手にするでもない表情で、手を振っ

た。もちろん、これはNOの合図だ。

「お肉は好き?」

 なんだか問い詰めたいらしいが。とりあえずそれを静止するように言った。

「まずはさ、君だれなの?そこから教えてもらわないと、

 一応客なんだよね?」

 世間話だけされにきたんじゃあ、ただの時間の無駄だ。まずはそこをはっきりさせないとい

けない。

「女は好き?」

 話を全く聞いていない。女子学生は相変わらずの虚ろな瞳で、何を考えているかわからない。

 直感が働いた、うん、こいつ、やばい。

「用がないならとっととかえ…」

 そう言い掛けた時、女子学生が手持ちの鞄から取り出した。

「お金は好き?」

 それは、二百万の札束、おい、こんなの初めてみたぞ。ごくり、と、唾を飲み込む。女子学

生はそれをみて一言。

「ビンゴ」と、左の一刺し指を立てて軽やかに、無表情に言った。

「男は、お、の付くものが大、大、大好き、あはは、聞いていた通り」

 女子学生が突然、両手を広げて、にこやかに、はじめて笑った。年端もいかない、けれど、

異常とも呼べるその女子学生は、とんだ金持ちだった。


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