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悪魔商人ヘイナ  作者: mod
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□『ハジマリ』

 □『ハジマリ』


--------1998年 アメリカ合衆国 カリフォルニア州


「姉さんなんだよ、こんなところに呼び出して」

太陽が輝き、あたり一面コントラストの利いた風景が広がっている。

 家の裏庭に弟のヨハンを呼び出したヘイナは小さな掛け声を言って、大きなバケツをその場

に置く。

 ヘイナは時計を見て小さく頷き、そして弟を見る。

「いいわ、予定通り」

 ヨハンはなにが予定通りなのかと、首を傾げる。けれど、姉の奇行はいつものことで、ある

意味、姉の不可思議な言動に対してヨハンには免疫があった。

「ヨハン、これからちょっとした儀式を行うから、それを手伝って」

 ヨハンは冷や汗をかいていた。まばゆく輝く太陽と乾いた大地に当てられたわけではない、

それは、嫌な汗だった。

「姉さん、そのバケツに入ってる赤い液体なんだよ」

 ヘイナが持ち歩くにはやけに大きい、そのバケツが妙に気にかかった。

 ヨハンは怪訝な顔で質問する。

「ああこれ?儀式の印を刻むのに使うのよ、ダニエルが言ってたの」

 やけに大きい辞典のような本を片手に、なんでもないことのようにヘイナが答える。

「ダニエル?あのインチキ魔術師のことかい?まだあんな男とやりとりをしてたのかい?」

 ヨハンが呆れるように言う。ダニエルとは、ここ最近付近に現われた胡散臭い自称魔術師だ

った。そもそもダニエルなんて名前が適当に思えて、ヨハンには薄気味悪く感じられた。

 ヨハンは姉ヘイナが、変わったものを好む性格を知っていたし、けれども飽きっぽく、どれ

もヘイナの身にならなかったことも知っていた。けれども、ヘイナがダニエルと交流を持つよ

うになって半年。ヘイナにしては飽きずにこだわっているな、程度に思っていたが、最近のヘ

イナは本当におかしくなってきているようで、ヨハンは心配していたのだ。

「インチキじゃないわ、ダニエルは本当の魔術師なのよ」

 ヘイナがヨハンの意見にまっすぐな瞳で反論する。

 ヨハンは少し怒りぎみに答える。

「インチキだよ、あいつの言うことはどれもこれも科学的に証明されていないことばかり、あ

いつは姉さんみたいな子供をだまして、あわよくばお金を巻き上げようとしてるんだ、そうだ

ろ?その本だって高い値段で買わされたんだろ?」

 ヘイナはきょとんとして答える。

「これはダニエルに貰ったの、彼の部屋にお邪魔した時にね、私が行いたい魔術を言ったらタ

ダでくれたわ」

 タダでくれた、という言葉以上に、ヘイナのような若い女がよそ者の怪しい男の部屋にあが

りこむこと自体がヨハンは姉の行動として許せなかった。

「姉さん、姉さんは子供と言っても、もう15なんだ、あんなよそ者の怪しい男の部屋にほい

ほい出歩くなんてどうかしてるよ」

 それを聞いてヘイナがよくわからない、という顔をする。

「どうして?15だと男の部屋にいっちゃいけないわけ?あ、なに、ヨハン、もしかして嫉妬

してるわけ?大丈夫よ、そんなのじゃないし」

 ヘイナが笑う。姉ののんきな笑いにヨハンが苦い顔をする。

 ヘイナは何も気にしていないように、あたりを見回して、「よし」と独り言を言った。

「誰もいないわね、ヨハン、これから貴方に協力してほしいことがあるの」

 ヨハンは嫌な予感がした。それは、どうせあのインチキ魔術師の本にかかれた如何わしい内

容に決まっていると思ったからだ。

「ダニエルに聞いたところ、幸いにも、家の裏庭が儀式をするのにうってつけな場所らしいわ、

彼も驚いていたけれど、私はそれを必然だと感じたのよ」

 なにもかもがでまかせだ。儀式に丁度いい?馬鹿げてる。

 ヨハンはあいた口が閉まらなかった。

「あのバケツの中には、まあいろいろな具材をすり潰して混ぜたものが入っているわけだけれ

ど」

 バケツは異様な匂いを放っていた。

 それは、もはや内容など聞かなくてもなにをすり潰したのかヨハンにも想像はついた。

「でもね、ひとつ重要な材料があって、それは術者が女性であった場合、その女性の純潔が必

要なんですって、純潔ってわかる?」

 ヘイナがなんでもないように言う。

 ヨハンがそれを聞いて、不安が確信に変わるのを感じた。

「姉さん、いい加減にしなよ、そんなのインチキだよ、僕はもう付き合いきれない、いいかい、

もう二度とあんなやつに関わるのはやめるんだ、その本も燃やすなり、捨てるなりするんだ、

いいね」

 ヨハンがヘイナを少し睨んで外へと振り返る。ヘイナがそんなヨハンを後ろから抱きしめて

止める。

「純潔を採取するには男のヨハンの協力が必要なのよ、ほら、ヨハンが欲情できるように、ミ

ニスカートだって穿いてきたんだから」

 ヘイナが艶かしく、息をヨハンの首にかけるようにしゃべり、ミニスカートから覗けるふと

ももをヨハンにすり寄せる。

「日本の学生はこのままするんだって、さすがに日中に脱げないし、このまましたいのよね」

 ヨハンがヘイナを突き放す。

「なに言ってんだよ…、おかしいよ姉さん、そんなにしたいならあいつに頼めばいいだろ、あ

いつだって、そのつもりで姉さんにそんなことを吹き込んだんだ…!」

 ヘイナが神妙な顔で答える。

「嫌よ、だって恥ずかしいじゃない、肉親だから頼めるのよ、こんなこと」

 ヘイナの思考がおかしい、おかしいと思っていたヨハンだが、ここまでくると異常だと思っ

た。

「肉親だっておかしいよ、姉さん、僕はこのことをパパとママに報告するよ、これは姉さんの

ためなんだ」

 ヨハンがそう言ってまた外へと歩きだす。

「待ってヨハン!私を裏切るって言うの…!?」

 ヨハンがヘイナの悲壮な声を聞いて立ち止まる。

 けれど振り返らなかった。そして、再び歩き出そうとした時…。

 ばこん、と鈍い音が響いた。

 ヨハンは力なく倒れ、朦朧とした意識の中、頭から血を流していることに気がつく。

「な…なにを…、姉さん……」

 上を向くと、顔色を変えずにこちらを見るヘイナの顔があった。

「純潔が必要って書いてたけれど、仕方ない、男性の場合は他人の命が対価みたいだから、こ

れでいいでしょ、男性じゃないけれど、そこらへんはおまけしてくれるわよね」

 ヨハンはヘイナの太ももをがっしり掴んで、必死に姉に呼びかけようとした。

「そんなに姉さんの太ももを触りたかったの?だからさっきしておけばよかったのに」

 ヘイナのそんな困った笑顔が擦れていく。

 そしてヨハンは地面に突っ伏したまま起き上がらなかった。

「さてと」

 ヘイナはヨハンを引きずって、そしてヨハンを切り刻み始めた。

「ごめんねヨハン、私が未来永劫存在し続けるための対価としてふさわしい弟だったわ、ええ

と、こうやってコネコネして…」

 ヘイナはヨハンの血と、バケツの中の液体をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、そして裏庭の壁にル

ーンを刻んだ五芒星を描いた。

「よし、できたわ、後は太陽の位置と呪文だけね」

 抱えた巨大な魔術書をヘイナは開く。

 そして、その年はもいかぬ唇が、おぞましい術を呼び上げていく。


 これは始まり、ヘイナという存在が永遠に存在するための、はじまりの儀式。



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