表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

意図せぬ復讐

こんな時だけがんばらないで

作者: 織方 終

「意図せぬ復讐」番外編第二弾は故シグルム王妃様視点です。

 ケイラ・モル・ディスカは十七歳で王太子妃となり、十九歳で王妃となった。



 王族の末席に名を連ねていた彼女は、近隣諸国への留学経験を通して幅広い人脈を持っていた。

 先王の逝去により王位を継いだ夫はそもそも決断力に欠ける。ケイラとしては、立派な王を支える立派な王妃になりたいと思ったが、まず「立派な王」がいなかった。

 完全な政略結婚であった二人だが、この夫、ケイラにはいろいろと物足りなかった。

 王としては能力が足りない、人としては魅力が足りない、男としては度胸が足りない。

 ケイラの評価は辛辣であるが、自分の理想が高いということも知っていた彼女は夫にあれもこれも求めたりはしなかった。代わりに夫の手足となって働き、少なくとも王として不足がないように支えることを心がけたのである。

 シグルム政府で女性が登用されることは稀である。基本的に働くのは男性の仕事、家庭を守るのが女性の務め、という風潮の中、働く女性の象徴が王妃や王太子妃であった。

 幸か不幸か、ケイラは有能であった。ちょうどシグルムからそう遠くないファラングという国が版図拡大に乗り出したことで緊張が高まっていた折、幅広い人脈を持っていた彼女は、本来の公務とは別に外交に携わるようになった。伝手を駆使して近隣諸国を話し合いの場に引き出した彼女の手腕は評価され、やがてシグルムの外交はケイラが一手に担うようになる。

 ケイラは自分の能力を活かす場が与えられたことを喜んだ。王太子マリオンを産んだばかりであったが、あっという間に数国を呑み込んだファラングの勢いを考えると手をこまねいている暇はなかった。王太子の世話を乳母に任せ、ケイラは王妃として、というよりは外交の顔として忙しい毎日を送った。

 この当時、王と王妃の周囲にいた者たちは恐らく「王様と王妃様が逆であればなぁ」と一度は考えたことだろう。貢献度を考えれば無理もない。



 さて、近隣諸国と同盟を結んでファラングに対抗する、という手筈が整い、ケイラはふと王太子の行く末を心配した。いくら同盟を結んだとは言え、ファラングの成長ぶりは目を見張るものがあり、そう遠くないうちにシグルムも戦乱に巻き込まれるだろうことは想像に難くない。いずれ息子が王位を継いだ時のために、ケイラは王太子の婚約者を早々と探すことにした。自身の経験を踏まえて、というわけでもないが、何より王と国のために自らを差し出すことができ、かつ優秀な人材を彼女は求めた。そして見いだされたのが、カトルディ侯爵家の令嬢リーシアであった。

 ケイラはリーシアをマリオンにふさわしい王妃とするため、ありとあらゆる教育を受けさせた。多くの教育係を雇い、時には自ら時間を取った。

 ケイラはケイラなりに息子のことを考えていたつもりであったが、その息子との時間を取り分けるよりも息子の婚約者の教育に熱を注いでしまったのは失敗と言わざるを得ない。

 ケイラの愛情を感じ取ることができなかった息子マリオンは、当然ケイラが用意した婚約者にも関心を払わず、むしろ反発心をこじらせた。その結果が婚約破棄であった。しかも既に新しい婚約者を王が認める周到ぶりである。根回し大好きなケイラの血を感じさせる所業に、ケイラは頭を抱えた。


 ――どうしてこんな時だけ決断力がありすぎるの!


 ケイラの怒りの矛先は夫である王に向かった。もちろん勝手なことをした息子への怒りもあるが、こんな道理に適わないことを承認するとはどういうつもりか。同盟締結の時だってのらりくらりと時間をかけたくせに。

 よりにもよって、リーシアのお披露目まで一年を切ったこの段階で婚約を破棄するとは。

 同盟国にはそれとなくリーシアのことを印象付けた。結果として『王妃の器』という噂が流れたのは思わぬ副産物であった。マリオンとリーシアの仲が微妙と言っても政略結婚ならば珍しいことではない。お披露目が済めば、リーシアの次期王妃の座は確固としたものとなるはずであった。

 そんなケイラの計画がすべて水の泡である。

 十年かけて育て上げた「理想」をそう簡単に諦めることなどできなかった。マリオンの新しい婚約者ミシアを鍛えるにしても、また十年かけて、などと悠長なことは言っていられない。この十年の間にファラングの脅威は更に増しているのである。

 とにかくミシアに対してもすぐに王妃の心得を教え込まなければと思ったケイラだが、これが思った以上に大変であった。幼いリーシアが教わったことをすいすい身に着けていったのに比べ、ミシアはいちいち尋ねるのだ。「なぜ」と。納得して受け入れることもあるが、納得できない場合は飲み込みがかなり悪い。ミシアに付けた教育係からの報告は、大抵ケイラを悩ませた。


 ――やはりリーシアを手放すのは惜しいわ。


 婚約破棄されたリーシアは、新たな結婚相手を見つけようとしていると聞く。もちろんリーシアならばどんな家に嫁いでもやっていけるだろうが、せっかく自分好みに育てた「嫁」をむざむざ他所にやってしまうのはもったいない。

 基本的には王族としての務めを最優先させるケイラであるが、当然心があり、感情がある。自分が見いだして磨いた宝を無料で「あげる」と言えるほど、人間が出来てはいなかった。

 そんなわけで、ケイラはリーシアの新たな婚約を妨害することにした。

 リーシアの輝かしい将来のためである。

 ケイラには悪気も悪意もなかった。むしろ正しいことをしている気でいた。彼女の欠点の一つは、自分の尺度で人を計る傾向が強いところであった。

 ミシアに関する報告は相変わらず芳しくない。しかもどうやらマリオンが邪魔しているらしい。ケイラとしては別にミシアを邪険にしているつもりはないのだが、多少当たりが強いと言われると否定はできない。


 ――大体紛らわしいのよ、名前が!


 これに関してもケイラに悪気があったわけではないのだが、度々リーシアと名前を言い間違えたことが「嫁いびり」の噂に信憑性を持たせてしまったようである。

 元婚約者と似たような名前の現婚約者を連れて来たマリオンが悪い、と八つ当たりしたくもなるケイラであった。

 むしろこうなったらマリオンがまた婚約破棄をやらかしてくれないだろうか、とさえ期待する。そうすれば今度こそ『王妃の器』リーシアを次期王妃として認めさせるのに。同盟国にファラングの牙が届こうとしている今なら、近隣諸国の支持を背景にそれも可能だろう。そのためにも、リーシアに他所へ嫁がれては困るのである。



 ケイラが最も欲していたのは時間であったのかもしれない。

 リーシアにかけた十年をミシアにもかけられたなら――十年で済んだかどうかはまた別であるが――。

 リーシアという切り札を有効活用できる状況を整えることができたなら。

 或いは、自らの命の時間がもう少し長ければ。



 彼女の突然の死が、シグルムに大いなる混乱をもたらすことになった。

 ケイラがもしもの事態を想定して用意していた遺言に、リーシアに関する記載は驚くほど少なかった。ケイラ自身まだまだ死ぬ予定はなかったのである。彼女はぎりぎりまでリーシアの活用方法を模索するつもりでいた。



 突然の頭痛に倒れ込んだ時、彼女はそれが時間切れの合図であると自覚することができたのかどうか。


突発的な不測の事態に弱い王妃様の天敵はまさかの身内だったという。

リーシアとミシアの名前が似ているのはわざとです。言い間違いネタを本編に入れ損ねたのでここで回収。

次はミシア視点かなぁ。リーシアの家族視点がなかなか難しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 自分の夫を見てたらまず王太子を鍛えると思うんですけど王太子は鍛えなかったのですか? あとリーシアの輝かしい将来のためとか言ってますけど生きてたらケイラはどうするつもりだったんだろ?なんかもう…
[一言] 所詮、毒婦でしかなかったということか。 リーシアへの仕打ちが発覚して作中での人物評価が地に堕ちればよかったのに、と思えてなりません。
[一言] ストレスからくる頭痛で脳卒中で死亡かな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ