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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第二章 君がお化けになった日
7/31

(3)



「じゃあね、知代ー」

「はーいバイバイ、今日LINEするよー」


 軽やかにそう言って、廊下で他クラスの子と話していた知代が私たちのところに戻ってきた。


 私は先に購買で買ったパンを食べ始めていたが、沙也加は律儀にお弁当の蓋を開いたまま知代のことを待っていて、それを見た知代が顔の前で申し訳なさそうに手を合わせた。


 いただきます、じゃない。男子も女子もイチコロの、「ごめんねー」のポーズだ。


「沙也ちゃんは待っててくれるのに、雛ちゃんときたら」


 慣れた手つきでお弁当をつつむ布を開きながら、知代が冗談ぽくため息をついた。


「だって知代話し始めると長いじゃん」

「そーでもないよ。まあ知代は人気者ですからぁ」


 それは確かな事実だったけれど、不思議とイヤミっぽさはなかった。


 知代は中学の頃から人気者だ。明るい性格と、人当たりのよさと、オーバーなリアクションは話していて気持ちがよく、男子にも女子にも先輩にも後輩にも、派手な子の中にも地味な子の中にも友達がたくさんいた。たぶん、学年全員が知代と話したことがあるといっても過言じゃないくらいに。


 沙也加と仲良くなったのだって知代のおかげだし、高校生になった今だって知代と話に他クラスから出張してくる人たちがいる。


 なぜかそこにいるだけで人がよってくる、日向みたいなタイプの人間だ。


「今の、中学の友達?」


 沙也加が尋ねる。


「そ。二年の時委員会一緒だった子ー。モトちゃんっていうんだけどね、康徳に彼氏がいるから、今度康徳の文化祭来るって言ってて、その話してたの」

「康徳に彼氏とか玉の輿っぽいにおいがする」

「やだあ沙也ちゃん、偏見ー。モトちゃん、中一の頃からその人と付き合ってるんだから」


 私は「モトちゃん」の顔を思い浮かべる。


 確か、真っ直ぐな長い髪の毛をいつもポニーテールにしてる、目が大きい子だ。中学の時はバレー部だったろうか。男子の背中を遠慮なく叩いて大笑いすることができるような子だった。クラスの誰とも付き合うことがなくて不思議だなあと思っていたのだが、なるほど、他校に彼氏がいたのか。


 十代の付き合いなのに三年も続いているなんてなんだか珍しい。沙也加の発した「玉の輿」という言葉が、彼女のハツラツとした雰囲気とその事実にびっくりするぐらい似合わなかった。


 知代は卵焼きをつつきながらしみじみ言う。


「中学の頃かぁ、懐かしすぎる」

「知代がまだ可愛かった頃だね」

「雛ちゃん失礼な! わたしまだ可愛いから。むしろ今がピークだから」


 むう、っと頬をふくらませて言う知代に、近くを通りかかった男子がニヤニヤしながら「あの頃は可愛かったなあ」とわざとらしくため息をついていった。彼はうちのクラスの佐藤だか鈴木だかいう人で、知代とも私とも何度か話したことがある。ノリがよく気安い人だった。


 知代が彼の背中を叩くふりをすると、彼はそれをひらりとかわして教室を出て行ってしまう。


 沙也加が「だれあれ」と嫌悪まるだしの表情を浮かべると、知代が「やだあ沙也ちゃん」とさっきのむくれ顔を一転させてほがらかに笑った。


「あんなのほっといていいよ、うちのクラスの佐藤っていうんだけど。あいつ、違う中学なんだけどなあ」

「……へえ」


 思えば、隣のクラスとはいえ沙也加が男子と話しているところは一度も見たことがない。


「沙也ちゃんはさぁ、中学の頃から、そういう感じなの?」


 知代も同じことを思ったみたいで、興味津々、といった様子で身を乗り出した。


「そういう感じって?」

「クールっていうか、サバサバっていうか、美人系? えー男子なんかバカばっかでしょハァンッみたいな」


 ハァンッ、の言い方がおかしくて私は吹き出す。ハァンッ、はともかく、言葉自体は確かに沙也加にぴったりのセリフだった。けれど当の沙也加は否定もせず肯定もせず、「んんー」と真面目に考え込んでいる。


 なんだなんだ、本当にそんな感じなのか。


 知代が勝手に沙也加の物まね(想像だけど)を始めていた。


「男子とか低脳すぎて疲れるわハァンッ」

「彼氏とかマジいらないんですけどハァンッ」

「ちょっとぉー、ハァンッ、男子ぃー」

「知代、いちいち変なのつけないでようける」


 知代と顔を見合わせて、こらえきれなくて大笑いする。何がハァンッだよバカ。腹筋がよじれそうだ。


「ちょっと二人ともやめてよー」


 沙也加の顔も笑っていた。


「私は中学の頃からこんな感じ。ずっと変わんないよ」


 笑っているはずなのに、この前と同じで少し寂しげだった。けれど知代はそれに明るく突っ込んだので、私は何も言えない。


「ちょっとぉー、男子ぃー、とか言った?」

「言った言った。合唱祭の練習の時」

「うわー、委員長タイプ」


 そう言いつつも、知代だって中学の合唱祭の時は練習をサボりたがる男子に向かって「ちょっとぉー、ちゃんと練習しなさいよ男子ぃー」だとか言っていたし、指揮をやっていた子が男子に「ブス」だとか「うぜえんだよ」とか言われて泣かされた時も真っ先に男子を非難していた。


 さては知代、ちょっとだけ沙也加にかっこうつけたがってるな。


「ちょっと雛ちゃんなにニヤニヤしてるの」

「べっつにぃー」

「あー、そんなこと言ってると雛ちゃんの中学の頃の話するよ」

「なにそれ超聞きたい」


 沙也加もノリノリで、私は耳をふさいで知代の声が聞こえないように「あーあー」と声をあげた。知代が面白がって「雛ちゃんはねえ」と話を始める。


 結局、バレンタインに公開告白された話とか、男子にリコーダーを間違えられて危うく間接キスするはめになった話とか、私の中学生の頃の恥ずかしい話は大方知代によって話されてしまった。でも、お返しに知代の話もしてやったから、これはチャラだ。


 けれど沙也加は自分のエピソードは話してくれなかった。


 どうしてだろう、沙也加がノリノリだったのは、話題が自分に向かないようにしているとしか思えなくて。



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