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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第二章 君がお化けになった日
5/31

(1)

 放課後、教室でいつものように友達とだべっていたら、突然ざあーっと海みたいな音がした。びっくりして窓の外を見たら、大粒の雨粒が地面に降り注いでいた。


 そういえば、今日四時くらいから降水確率七十パーセントだったなあ、と天気予報の傘マークを思い出す。晴れの予報の時は雨が降るのに、雨の予報の時に晴れないなんておかしな話だ。


 ……いや、そっちのほうがおかしいか。


 一週間連続の雨のせいで、脳みそまでぬかるんでいるみたいだ。


 不調なのは頭の中だけじゃない。中学の終わりごろから伸ばし始めた髪の毛は、肩甲骨を越すくらいには伸びていて、ひどい湿気に毎朝私の意志に反してあちこちにうねっているのだった。必死にヘアアイロンで対抗するもさらさらのロングヘアにはほど遠く、放課後にはまた元に戻っている。


 うねった髪の毛が頬にかかって、鬱陶しいったらありゃしない。私はそれを手で払った。


 ため息が出る。


 はやく梅雨が終わって欲しい。


「雛ちゃん、髪の毛うねっうね」


 机の向かいで漫画を読んでいた知代ちよが私の髪の毛を漫画でさした。


「反抗期なの」

「パーマみたいでかわいいじゃん」


 そう言って笑う知代はショートヘアだ。少しくらいうねっても、一箇所だけ不自然にはねたりしなければ「そういう髪型」みたいに見える。だからそんなことが言えるんだろう。


「パーマって」


 鼻で笑ったのは沙也加さやかだ。沙也加はいつでもつやつやで真っ直ぐなロングヘアで、一度、知代がいたずらで頭をくしゃくしゃに撫で回してやっても、コームでとかしたら一瞬にして元通りになってしまった。


 遺伝子レベルで違う、とはこういうことか、なんて思う。


 私がよく一緒に放課後に残って駄弁っているのはこの三人のメンバーだ。私と知代は同じ中学校出身で今も同じクラス、沙也加は隣のクラスだ。知代が落としたスマホを拾ってもらったのをきっかけに仲良くなり、一緒にいるようになった。


 バカな私と明るい知代とクールな沙也加は、性格はてんでばらばらだけどなぜだか気が合う。


「ストレートの沙也加は黙ってくださーい」


 私がつっこんだら、沙也加は見せつけるように肩にかかった髪を手で払った。知代がお気楽に笑う。


「雛ちゃんいっそストパーかけちゃえば?」

「アイムノーマネー。プリーズ」

「お断りー」


 差し出した手は知代と沙也加に順番に叩かれて終わる。


 なんだよう、ケチ。


 私がいじけて髪の毛を引っ張ったり指に巻きつけていたりしたら、ふいに知代がスマホの画面をスクロールしながら切り出した。


「今週の土曜、雛ちゃんのお兄ちゃんのとこ文化祭じゃない?」


 知代に言われて、そういえば最近日向が忙しそうだなあって思い当たる。


 私たちの学校はおバカだから文化祭は秋にあるけれど、日向たちみたいな頭のいい高校は早い時期から受験に集中するために文化祭が夏の前には終わってしまうのだ。


 顔が広くて人望の厚い日向は、あちこちから頼られているらしくて、昨日も家でうんうんいいながら企画書を書いていた。高校最後の文化祭だから余計に力を入れているのだろう。稲倉くんだけじゃなくて、クラスメートらしき人もよく家に来るようになった。


 日向の高校の文化祭は地元のローカルテレビでも取り上げられるくらい毎年たくさんの人で賑わう。入口のアーチもそれぞれのクラスの出し物も、いかにも私立って感じにお金をかけて派手に作られるのだ。


「雛子、お兄さんいたの?」


 沙也加がちょっとびっくりしている。


「一人っ子かと思った」


 それ、ワガママってことですか。


「高校どこ?」

「康徳」


 私の代わりに知代が答えた。ええっ、と沙也加が珍しくオーバーに目を見開いた。


 まあ、驚くのも無理はない。


 日向が通っている康徳学院高校の偏差値は七十を超え、毎年多くの難関国立大学合格者を出している。男子校だし、私立だし、中高一貫だし(高校から入学もできるけど、日向は中学受験して入っている)、康徳生といえばエリート男子のイメージが強い。


 日向はバカだけど勉強だけはできるのだ。


「雛ちゃんのお兄ちゃん、中学受験してんだよ? どーして妹はこんなにバカなんだか」

「はい知代ちゃんそれボーゲンですよー。バカってなによ」


 まあ確かに私はバカだし、お兄ちゃんは優秀なのにねとかまわりからよく言われるけど、ゴニョゴニョ……。


「まあまあ。……康徳の文化祭、今年もいこーよ!」

「……いいけど」


 実は去年も知代と一緒に康徳の文化祭に行った。日向が来い来いってうるさかったからだ。軽音部の助っ人でボーカルやるんだ、とさんざん自慢されたけれど、知代とはぐれて迷子になって結局見られずじまいだったことばかりが思い浮かぶ。私立だから日向の高校はやけに広くて、クラスも多いから、丸一日いても飽きないだろう。


 今年、日向はなにをやるんだろうか。まだ聞いていない。


「沙也加も来るよね?」

「あ、行く行く」


 普段クールな沙也加もけっこう乗り気だ。


「イケメン探そーね!」

「それは知代だけね。私と雛子はふつーに楽しむから」

「知代だけ仲間はずれですかー」


 不服そうな知代を「ハイハイ」と軽くいなして、私はメールを開いた。『文化祭友達と三人で行くよ』と送ったら、三十秒もせずに『知代ちゃんに、和樹かずき来るように行っといて! LINEの既読がつかないー』と返事のメールが届く。

 意思に反して自分の眉間にしわがよるのがわかった。


 日向ほんと空気読めない! ケーワイ! さいてー!


 私は人差し指で眉間をぐりぐりマッサージした。いかんいかん、余計にブスになる。


 和樹、というのは知代のお兄ちゃんで、日向と同じ三年生だ。中学校の三年間日向と同じクラスだったというのと、妹の私たちが仲がいいというのもあって、日向と和樹もそれなりに仲良しみたいだ。和樹が私を慮ってか家には来ないが、たまに遊んでいるという話を聞く。


「うわ雛ちゃん顔怖い」

「知代、日向が和樹に文化祭来てほしいって言ってたって言っといて」

「うん雛ちゃんから聞いたっていうことは言わないでおくわ」


 私たちの会話に沙也加は不思議そうな顔をしていたけれど、とうてい説明する気にはなれなくて、「和樹って知代のお兄ちゃんね」とそれだけ言った。


 幸い、沙也加はそれ以上突っ込んでくることはなく、納得したみたいだ。


「知代は妹っぽいわ」

「ちょっと沙也ちゃんそれどういうことですかー」


 ハハハ、とすごく乾いた笑い声が出た。私は和樹関連の話になるとどうしてもこうなってしまう。


 和樹は、私の元彼だ。私が中学二年、和樹が高校一年生のころに半年間だけ付き合っていた。女たらしというか、女子からすごく人気のあった和樹はいろんな女子とフラフラ遊んでいた。あげくのはてに半年記念日もすっかり忘れて他の女の子とデートしていたらしい。


 結局それが原因で別れてしまって、以降、ほんの少しわだかまりがある。


 日向は知らないみたいだけど。


「へー、三年生なんだ」

「そだよー。雛子のお兄ちゃんと同い年」


 二人はまだ和樹の話を続けている。


「高校どこなの?」

「千崎。単願でさー」

「あっ、千崎? 私も滑り止めで受けたよ、家の近くだから」


 思わず、えっ、と知代と声が重なった。


 千崎高校は不良が多いこととガラが悪いことで有名だ。今は偏差値は蓮野と同じくらいだが、昔は「漢字で名前を書けたら入れる」とまで言われていたくらいだ。和樹は中学の頃だいぶヤンチャしていたから、内申点を考えると千崎しかなくて、そこを単願で受けたらしい。


 沙也加が蓮野に落ちていたらそんなガラが悪いところに行こうとしていたことも驚きだけれど(おまけに工業系の学科が多い高校だし)、一番の驚きは、その遠さだろう。


「沙也ちゃん家から学校まで何分かかんの?」

「家から車で駅まで十分、そこから電車で四十分、駅からチャリで二十分かからないから……一時間ちょい」


 平然と答える沙也加が恐ろしい。


「遠すぎ! 知代なんか徒歩五分だよ?」

「そう? 知代のお兄さんだってかなり遠いじゃん」

「兄貴バイクだもん、電車通の沙也ちゃんより楽チン」

「電車だって寝れるし楽だから」


 雨だから徒歩で通学するのが面倒くさい、だなんて言っている自分が少し恥ずかしくなった。沙也加、根性あるなあ。


 確か、沙也加の中学校から蓮野に来た人は沙也加しかいないって聞いた。私は知代がいるからっていうのと近いからっていう理由で決めたから、たった一人で片道一時間の高校に通学するなんてちょっと信じられない。沙也加はどうして蓮野を選んだんだろう。


「たぶん兄貴、千崎の友達連れてくると思うよ。沙也ちゃん彼氏できるといいねー」

「それは知代ね」


 さらりと受け流した沙也加の横顔は先ほどより少し硬い表情で、私はやっぱり聞くのをやめた。

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