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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第一章 君がプールに落っこちた日
4/31

(4)


 今日も稲倉くんは来た。


 私が帰ったら、玄関の前で座り込んでいた。


「あ、ども」


 稲倉くんは私に気づくとぴょこっと立ち上がり、無愛想にそう言って頭を下げる。日向と話すときは大違いで、やっぱり私、嫌われているのかなあ。


「どーも」


 稲倉くんはびしょ濡れだった。ブレザーを脱いで手に持っている。一瞬、またプールに突き落とされたのかと思ってしまったが、ワイシャツはそんなに濡れていないので違うみたいだ。


「日向は?」

「あっ、少し用事があるみたいで、先に行っててって言われて……」


 当然だけど、家の鍵は私と日向しか持っていない。稲倉くんはいったいいつから待っていたのだろう。ふとスマホの時計を見たら、五時半を少し回ったところだった。四時半頃に雨が降り出したからやむまで私は学校で雨宿りをしていたのだけれど、稲倉くんがひとりぼっちで待ってるならはやく帰ってくればよかったと思った。


 稲倉くんは、へこ、と頭を下げる。


「なんか、頻繁に来ちゃって、すいません……」

「あ、ううん。どーせ日向に拉致られてるんでしょ?」


 どーせ、に力を入れて言ったら、稲倉くんは曖昧に笑った。どうやら図星らしい。


「雨濡れた?」

「ちょっとだけ」


 親指と人差し指で示した「ちょっと」という仕草のわりにブレザーはびしょ濡れだ。稲倉くんが「へっきし」と控えめなくしゃみをする。ポテトのサイズでいうならSサイズ、ブラのカップで言うならAAカップみたいなくしゃみだ。なんだか女子中学生みたい。


 私が見ていることに気づいたのか、稲倉くんと目が合う。彼は頭をかいて恥ずかしげに笑った。


 ……高すぎる、女子力が高すぎる!


「ごめん今開けるね」


 玄関の鍵を開けると、稲倉くんはまた「すいません」と頭を下げた。


「日向の着替え持ってこようか」

「えっ、あ、大丈夫です、ジャージあるんで。……居間で着替えても、大丈夫すか?」


 稲倉くんは、やっぱり私に対しては遠慮がちだ。


 私は廊下で稲倉くんと別れて部屋に向かう。日向が帰るのが遅いっていうことは、私が夜ご飯を作らなきゃいけない。買い物に出かけるのは面倒だなあ、台所に何があったかなあ、その前に少し寝ようかなあ……。考えが巡り巡る。稲倉くんは今日も夕飯を食べていくのだろう。


 うーん。


 部屋に戻ってスクールバッグを床に投げ、制服から私服に着替える。家の中だけれど部屋着じゃなくて、レモンイエローのニットにスキニーパンツだ。稲倉くんが来るようになってからいかにも「部屋着」っていうかっこうはやめるようになった。


 そういうかっこうをしていると、稲倉くんが見ちゃいけないものを見ちゃったかのように恥ずかしそうに目をそらすから。


「もういいかなあ……」


 一般的に、女子の着替えより男子の着替えのほうが早いだろう。おまけに私は部屋まで移動する時間もかかっている。そろそろ稲倉くんもジャージに着替え終わっただろうか。


 居間に向かう。一応、居間のドアをノック。返事はわかっているから聞かない。


「えっ、ちょっ、雛子さん!」


 下はジャージの長ズボンの裾を少しまくった姿、そして上は上半身裸の稲倉くんがいた。稲倉くんは今ちょうど上のジャージを着ようとしているところらしく、真っ白な半袖に半分腕を突っ込んでいる。ちょうど体がこちらを向いていたのでまじまじと見てしまった。


 稲倉くんがフリーズする。


 あ、やっちまった、と乾いた声が胸の中で響いた。バカだ、あたしはすごくバカだ。なんだこの乙女ゲーみたいな展開は……! ノックまでしたなら返事も聞けばよかったのに。


「あ……ごめっ」


 けれど咄嗟に部屋を出ていけなかったのは、“ヤバいもの”が視界に入ってしまったからだ。


「稲倉くんそれ」

「見っ、なかったことに、してください」


 稲倉くんは顔を真っ赤にしてガバッと半袖をかぶり、下まで引っ張るように下げた。必死で“それ”を隠しているみたいだがもう遅い。私はすでに見てしまった。


「なんでへそにピアスついてるの……」


 ガリガリの稲倉くんのおへそには、四つのピアスがついていたのだ。舌についているのと似ている銀色の小さいものが三角形に三つと、その真ん中にブルーのジュエリーがついた少し大きめのものという配置だった。ブルーのジュエリーみたいなものは光にキラキラ光って、よく目立っていた。


 舌ピアスの次はへそピアスか。本当に稲倉くんは何者なんだ。


「これは違うんです」


 稲倉くんはリュックサックからジャージの長袖の上着を取り出すと、私に背を向けるようにササッと羽織った。


「稲倉組、的な……?」

「いえいえいえいえそんなっ、俺、一般人ですから」

「いやいやいやいやそんなっ、一般人はそんなとこにピアスしないでしょ。耳はあいてないのに」


 稲倉くんはきょとん、としてそれから不思議そうな顔で顔の右側の髪の毛をかきあげて耳を示した。へそには四つも穴があいているくせに、耳は綺麗だ。


「耳もあいてますよ、軟骨のとこですけど」


 はい? 軟骨? 耳って穴をあけるの耳たぶだけじゃないの?


 ここです、と稲倉くんが指さしたのは、耳の上のほうのコリコリした軟骨の部分だった。透明の小さなピアスが二つ、ちょこんと鎮座している。髪の毛でちょうど隠れるし、透明だから見えないが、だからといって……!


 日向の高校はピアス禁止のはず。


「舌とへそと耳と……他にもあいてるの? その……乳首、的な?」


 稲倉くんは顔を真っ赤にした。


「そんなところあけませんよ痛そうじゃないですか」


 体に穴をあけるっていう時点で痛そうだと思うんですけどね。

 でもまあ、乳首はあいてないのか、よかったよかった。何がよかったのかわからないけれど。


「乳首はあいてなかったんだとか思いましたよね今」


 唐突に図星をつかれて思わず咳き込んだ。


「なんで。稲倉くんエスパーなの? 何者なの!」

「日向先輩から聞いたんですよ、先輩が俺のこと拾ってくれた日の雛子さんと日向先輩の会話」

「あああああ、日向から聞いたの!」

「俺、雛子さんがそういう方だとは思ってませんでした……」

「私も稲倉くんがそんなにピアスしてる人だとは思ってなかったから! どっちもどっち!」


 お互いにわーわー言い合って、少し休戦。息が荒くなっていた。


 顔を真っ赤にしたままの稲倉くんにじとっと睨まれる。私が話しかけると「えっとえっと」と口ごもっていた稲倉くんはどこかにいってしまったみたいだし、そんな稲倉くんにちょっぴり遠慮していた自分もどこかに行ってしまった。ドアを開けて罪悪感を抱いた自分ももういない。


 稲倉くんはジャージの前のチャックをジジッと勢いよくしめる。


「へそのこと、日向先輩に言わないでくださいね? 嫌われたくないんで」


 お前は片思い中の女子か。いちいち女子力が高くて腹が立つ。


「あと今日の夜ご飯、タコ焼きらしいです」

「……タコ、入ってる?」


 尋ねたら稲倉くんに蔑むような目で見られた。もう遠慮もクソもなかった。


「タコ入ってなかったらタコ焼きじゃないと思います」

「私タコ嫌いなんだよねー……」

「じゃあ俺と日向先輩でおいしくいただくんで雛子さんは隣で見ててくださいねー」


 にっこりと“いい笑顔”を向けられて、なんだかむかつく。


「ちょ、イカ入れるから! エビも入れるから! 稲倉くんはへそのゴマでも入れたらどーですか」

「俺、頻繁にへそ掃除してるんで、ゴマとかないですから。なんなら見ます?」

「露出狂! エッチ!」

「雛子さんに言われたくないですよ!」


 ちょうどその時日向が帰ってきて、私たちの声を聞きつけたらしく、


「なに、俺も混ぜて!」


 のんきにそんなことを言いながら居間に入ってきたものだから、よけいにむかついた。



(第一章 君がプールに落っこちた日 了)

次から二章です。

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