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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第一章 君がプールに落っこちた日
3/31

(3)

 それ以来、日向は三日に一回くらいのペースで稲倉くんを学校からお持ち帰りしてくるようになった。


 いじめている人たちに、「稲倉くんは三年の俺と友達なんだぞ、コネがあるんだぞ」ってわからせるためらしい。


 日向は稲倉くんがまた殴られたりプールに突き落とされたりしないようにって、すごく心配していた。だって日向、弱いものいじめと暴力が一番嫌いだもん。


 拾い物の天才で、マジシャンで、おまけにヒーロー。それが日向だ。


 そのせいかわからないけれど、あれから稲倉くんはプールに突き落とされたり顔をぼこぼこに殴られたりすることはないみたいだ。


 顔の腫れがすっかりひいた稲倉くんの顔を、日向は「イケメンだ」とはやしたてた。イケメンというほどではないけれど、綺麗な顔だと私も思う。よく見たら目は二重だし、歯並びもいいし。あと、「あ」の形に口を開いたときに銀色のピアスが見え隠れするのもすごくいい。セクシーだ。


 でも、私がそんなことを言ったらきっと稲倉くんが俯いちゃうだろうから、黙っておく。


 今日も家に帰ると、稲倉くんの真新しいローファーが、日向の履き古した汚いスニーカーの脇にちょこんと並べられていた。お風呂のほうから水音が聞こえてきたから、稲倉くんはシャワーでも浴びているのかもしれない。


「想太、スーパーファイターズやるからはやく出てこいよー」

「そーたー? コントローラー、雛子のやつでいいよなー」

「お前風呂長すぎんだよ」


 居間では日向がわーわー言いながらテレビゲームの準備をしていた。


 対戦型の某格闘ゲームをやろうとしているらしく、用意されているコントローラーは二つだ。元はといえば私用だったコントローラーは幼い頃の私がつけたハートや猫のキャラクターのシールでファンシーに飾られていて、稲倉くんに使わせるのが申し訳ないくらいだった。


「私このゲーム嫌い」


 ローテーブルの上に置かれたパッケージを手に取る。赤や緑の色とりどりの衣装を着たキャラクターがカンフーのようなポーズを決めていて、いかにも男の子が好んでやりそうなゲームだ。


 テレビの前にあぐらをかいた日向がじとっとした目で私を見上げて「おかえりライオン」と言いながら、私の手からパッケージを抜き取った。


「ただいまモンキー」


 なんでモンキーとライオンなのかはわからないが、この二つは昔からの日向と私の合言葉みたいなものだ。


「稲倉くんとやるの、これ」

「お前とはやってやらないよ、弱いもん」

「私も日向となんかやらないよ、日向、ボムボムしか選ばないじゃん」


 ボムボムというのはお饅頭みたいな丸い体型が特徴の宇宙人キャラ。素早く動くのには技術が必要だけれど、当たれば体力ゲージが大幅に減る。私はできるだけ素早いキャラを選んで戦っているのに、なぜだかいつも日向のボムボム当たってしまう(日向が言うには、私は自分から当たりにきているのだそうだ)。


 だから私は最近、日向と格闘ゲームをしない。代わりに最近の日向の相手はもっぱら稲倉くんだ。


「あっ、雛子さん、おかえりなさい……」


 稲倉くんは? と日向に聞こうとしたら、ちょうど稲倉くんが居間に入ってきたところだった。


 どうやら予想通りお風呂に入ってきたらしく、Tシャツにハーフパンツで首からタオルを下げている。出てきてほやほやらしく、黒縁のメガネがくもっていた。それにちょっと長めの髪の毛がまだ濡れたまんまだった。なのにゴムで一つにくくっていて、せっかくさらさらの髪の毛が傷んでしまいそう。


 でもまあ、男の子だから別にいいのか。


 稲倉くんは私の脇をすっと抜けて真っ直ぐに日向の隣へ向かうと、二人で格闘ゲームを始めた。


「今日DS持ってきた? これ終わったらポケモンやりたい」

「持ってきましたよ。俺が勝ったら、日向先輩がこっそり育成してるあれくださいね」

「なんで想太知ってんの」

「秘密です」


 なんか、楽しそうだ。


 私は歪んだスカートのプリーツを直して立ち上がった。着替えてくるね、と誰も聞いていない宣言して居間を出る。


 稲倉くんと日向はいつも、飽きもせずにポケモンと格闘ゲームばかりしている。あ、たまに勉強も。


 最初は夕飯の前までだったのが、いつからか夕飯も一緒に食べるようになり、最近はお風呂に入ってゲームをしてから帰っていくようになった。たまに泊まることもある。うちの親は仕事大好きでおまけに激務だからなかな帰ってこないため、そういうのに甘いのだ。


 お腹がぐうーっと鳴った。


 そういえば下校時刻ぎりぎりまで友達と学校でお喋りして、それからすぐに帰ってきたからご飯を食べていない。あの二人は夜ご飯に何を食べたんだろうか。日向は料理ができないから、きっと出来合いのものなんだろうな、だとしたら私も何か買ってこなきゃ……。


「雛子さん」


 ドアの外から声をかけられる。稲倉くんだ。


「えっと、あのっ、今日、おにぎりなんで、居間にあるんで、えっとその、お腹すいてたら、食べてください……」


 声は徐々にフェードアウトしていく。


 稲倉くんは家に出入りするようになってから一ヶ月近く経つのに、いまだに私と話す時に「えっとえっと」星人になってしまう。同い年なのに私を「さん」付けで呼ぶし、日向と話すときと同じ敬語だ。目が合えばそらされるし必要があって話しかければ俯かれる。


 今まで家に来てた日向の友達は、年上ということを抜きにしても、私のことを「雛子」と呼んだり足をつっかけてきたりと、無駄にちょっかいを出してきたりしていた。


 だから、稲倉くんみたいに扱われると私はどうしたらいいのかわからない。


「うん、ありがとう」


 返事をすると、とたとたとドアの前から足音が離れていった。階下から日向が稲倉くんを呼ぶ声と、稲倉くんの笑い混じりの返事が聞こえる。


 本当に二人は仲がいいなあと思った。

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