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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第五章 君と坂をのぼった日
25/31

(1)


「知代、今日いい匂い? なんかフローラル系?」


 昼休み、いつものようにお弁当を持ってうちのクラスにやってきた沙也加がふとあたりのにおいを嗅いで、一言、そう言った。知代がえへ、と妙に可愛らしく照れ笑いする。なんだなんだ、知代らしくない。


「沙也ちゃんわかっちゃいますー?」

「待って、私、わからないんですけど」

「雛子の鼻、バカなんだよ」

「ひどっ!」


 私も沙也加にならってあたりの空気をすんすんと嗅いでみる。うーん、沙也加がいうようなフローラル系の香りは私には感じられない。周りのみんなもお弁当やら購買パンやらを食べ始めているから、そっちの意味での“いい匂い”はするんだけど。


 沙也加が近くの空いた席から椅子を引っ張ってきて座った。


「知代、今日なんかつけてるの?」

「朝髪の毛ブローするときのヘアウォーターを香り付きに変えたの」

「え、何、知代さん、恋しちゃってる系ですかー?」


 なわけないじゃん、という返しを期待していたのに、私の予想(というか願望?)に反して、知代はまた照れ笑いを浮かべた。えへ、なんて言っちゃって、お前誰だって突っ込みたくなっちゃう。


「え、だれ?」


 沙也加が尋ねると、知代が消え入りそうな声で、


「春村」


 まあ予想はしてましたけどね。


「いけそうなの?」

「脈アリどころの話じゃないかと」


 そう言いながら知代は、スマホを手に取る。何度かタップしてLINEのトーク画面を開き、それを私たちのほうに向けた。


 アイコンと名前からして、それは春村くんとのトークのようだった。スタンプを交えた、短文のテンポのいいトークが続いている。最後は知代が送った言葉とスタンプで終わっていて、ちょうど、時間は三時間目と四時間目の間の休み時間。知代が画面をスクロールしてトークを遡った。


 けっこうスクロールしたのに、それは一日前のトークだという。


『知代ちゃん好きな人いないの?』


「直球だなー春村くん」

「さすがチャラ男」

「沙也ちゃんチャラ男とか言わないで」


 春村くんのど真ん中ストレートに対しての知代の返球は、


『いたりしてー(笑)』

『あ、これはいるべ?(笑)』

『春村はどーなの?』

『そりゃいるっしょ!』


 こりゃ完全に知代狙いだわ。


 その後も、明らかに春村くんが知代を好きなことを匂わせる会話が続いていた。けれど、お互い核心を突くようなことは一言も喋っていない。


 春村くん、チャラそうに見えて意外とシャイなのかな? それともこれがチャラ男のテクニックだったりするんだろうか……。


「はやく付き合っちゃえってー」

「えーでもー」


 沙也加が肘で知代の脇腹をつついて、知代がもじもじと胸の前で指先をからめた。その昭和なアクションが二人らしくて、ちょっとウケた。


「まあそのうち付き合うだろーけどねー」


 知代がさらりと、自慢げな様子を欠片も見せずにそう言った。まるで、「地球は青い」とか「数学は難しい」とか、すごく当たり前のことを言っているみたいな口調だったから、不思議とムカつかない。だけど机の向こう側に回って脇腹は小突いてやった。女三人横一列に並んで小突きあっている姿はちょっと異様だろう。


 あーあ、別に彼氏が欲しいわけじゃないけど、私も恋したいなあ。


 高校に入ってからめっきり男子と話す機会が減った。いつも沙也加と知代と、固まっているからかもしれない。


「沙也加もこっち側の人間だよねー?」

「ちょっと雛子、こっち側ってどっち側よ」

「恋愛より友情側」


 知代ごしに話しかけたら、沙也加から最上級のドヤ顔が返ってきた。美人系の顔立ちの人がドヤ顔すると、うわ、超ムカつく。


「はい残念ー、ウチも好きな人くらいいますからー」


 今度は私と知代で沙也加を小突く番だった。


「知代わかった、川田くんでしょ」

「あ、この前、川田くんとLINE続いてるって言ってたもんね」


 サバサバしたクールな女の子に見える沙也加だが、中学の頃は陰キャだったと言っていた。だから、地味めな川田くんと気が合うんだろうか。沙也加の話には、ときどき川田くんが顔を出す。その他に特に仲のいい男の子の話は聞かないし、沙也加が好きになるとしたらきっと川田くんだろう。


 私は余裕ぶって、さっき自販機で買ったレモンティーを口に運んだ。


 けれど、予想に反して沙也加は首を横に振った。


「川田くんとはまだLINE続いてるし、いい人だとは思うけど、友達止まりかな」

「えー、じゃあ、沙也ちゃんどういう人が好きなの?」

「和樹さん」


 ……は?


 語尾にハートでもついていそうな口調が沙也加らしくなくて、耳だけじゃなくて現実も疑う。


「ウチ、この前の焼肉で和樹さんに一目惚れして……」


 頭がくらくらした。


「待って! 和樹って知代の兄貴のことだよね!」

「うん、そうだよ」


 知代がオーバーな仕草で白目をむいて机に突っ伏した。私も沙也加に顔を寄せて言葉を重ねる。


「あいつ女たらしだよ?」

「女嫌いよりはいいよね」


 ダメだこりゃ。


 わたしも白目をむいて知代の上に突っ伏した。ちょっとぉー、という沙也加の声が頭の上から降ってくる。


 沙也加が誰のことを好きでも応援したいけど、和樹だけは例外。


 それは私が和樹に未練があるからじゃない。むしろ元カノだからこそ全力で止めておきたい。だって和樹は女たらしだ。三ヶ月にいっぺんは彼女が変わるような男だし、なぜかモテるうえによさげな女の子がいればそっちにフラフラ浮気するし。沙也加が稲倉くんのことをヤバいって言った以上に和樹のほうがヤバい男だと思う。


 知代がむく、と動き出したから、私も体を起こした。


「マジで兄貴はオススメしないけど、でも沙也ちゃんが本気なら応援する」

「知代!」


 親友を地獄へ放り投げるのか。


「知代、雛ちゃんのときもなんだかんだ言いながらちゃんと応援したから、沙也ちゃんのことも応援する」


 そう言われると私も応援せざるを得ない。


 中二の時――、そう、私が沙也加の立場だったときも、散々知代に止められながらも結局和樹と付き合うことを決めたのだった。


「……私も応援するよ、沙也加」


 沙也加の表情がぱあっと明るくなった。


「ほんと? ウチ頑張るね! まずは手始めにクリスマス誘っちゃおうかなー」


 もう、どうにでもなれ。


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