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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第四章 君の心に触れた日
21/31

(2)



「……でさー。だよね雛ちゃん?」


 お昼休み、いつものように三人でお弁当を食べているとき、唐突に知代にそう話をふられた。


 びっくりした。


 ぼーっとしていて、知代の話をまったく聞いていなかったのだ。


 私は思わず「へ?」と間抜けな声をあげる。


「あーっ、雛ちゃん、また知代の話聞いてなかったでしょ」

「あ、うん」


 素直に謝ると、知代がぶつぶつと冗談めかしながら文句を言い始めた。


 最近雛ちゃん知代の話聞いてないよね、とか、口半開きで馬鹿の顔、とか、知代の話そんなにつまらないですかーそーですかー、とか。


 慌てて謝ると、知代は最近のばし始めた髪の毛を指先にくるくると巻きつけながら頬をふくらませた。


 だからごめんってば。


 沙也加がそんな知代を見てちょっぴり笑う。


「笑い事じゃないですよ沙也ちゃん、由々しき自体、これは由々しき自体」

「でもまあ、確かに雛子、最近ぼーっとしてること多いよね」

「そ、そお?」


 それは自分でも自覚はあった。


 何かに悩んでいるとか、ものすごく落ち込んで人の話なんか聞いていられない、っていうわけではない。何か考え込んでいるわけでもない。けれど、なんとはなしにぼんやりしていることが最近は多かった。前から知代の話を聞きそびれることは何回かあったが、ここ最近はそれがかなり顕著で、知代にすねられる回数もまた多い。


 原因はなんとなくわかっている。


 けれど、あんまり、認めたくない。


「いやー、日向がもーおベンキョおベンキョおベンキョおベンキョって感じで私まで息つまるんだよねー!」


 冗談めかして言ってみたら、知代に「出た、ブラコン」と笑われた。


「ブラコンじゃないですーっ。……あ、今日なんか日向が知代ん家泊まるって」

「あー、兄貴が言ってた」

「うちの日向が大変お世話になります」

「むしろうちの兄貴をお世話してもらいます」


 知代と頭を下げ合う。なんだかバカみたいでおかしい。


「いいなー、うちらもお泊りしたいよね」


 沙也加が頬杖をついてぼんやり宙を見上げた。


 そういえば、友達の家にお泊りなんてもうしばらくしてない。中一の頃、まだ和樹と付き合う前、夏休みの終わりに知代の家に泊まって一緒に宿題を終わらせて以来だ。知代も似たようなものだろう。中学生はたとえ友達の家であろうと外泊するにはいろんなステップをふむ必要があって面倒くさい。


 そうだよなあ、せっかく高校生なんだし、友達の家にお泊りとかしてみたいよなあ……。


「えー、沙也ちゃんお泊りとか好きじゃないと思ってた」


 知代が心底意外そうな声をあげた。


「そう? でもあんま友達の家とかに泊まったことないかも。けっこうみんなドライな付き合いだったからなあ」

「知代も似た感じだなー」

「知代は彼氏の家とか泊まってそう」

「なにいってんの、知代、長らく彼氏とかいないんですけど」

「それこそ嘘でしょ」


 沙也加の鋭いツッコミに、知代が苦笑いして「雛ちゃーん」と私に助けを求める。


 でも、知代の言うことは本当だ。知代は確かに男の子と自然に会話できるけれど、あくまでもそれは友達止まりの関係らしい。告白されることは何度かあるみたいだが、本当に好きになれるような人がいないとかなんとか……モテる自慢じゃんそれ。


 なんだかむかっときたので、私はにっこり笑って言ってやった。


「でも知代、モテたよね」

「なにそれー、告白されまくり? 知代様、さぞかしおモテになられたことでしょうねー」

「もー、雛ちゃんやめてよ」

「でも知代がモテるのは事実でしょ。……この前一緒に海に行った春村くんとは、どうなったの?」


 私が尋ねると、知代は照れもせずに答えた。


「んー、LINEは続いてるけど、全然そんな感じじゃないよ」

「いやLINE続いてる時点で“そんな感じ”だから」


 私は突っ込んだけれど、沙也加は賛同してくれなかった。もしや……と思って沙也加のほうを見たら、案の定、気まずそうな顔で恥ずかしげにもじもじしている。


「うちも、川田くんと、LINE続いてるんだよねー……」


 ……マジかよ。


 私は稲倉くんのLINEなんて全然知らないのに――って、まあ、知りたくもないけどさあ。知ったところで連絡する用事も、話す話題も、それを続ける甲斐性も、稲倉くんに対する好意も、どれも一ミクロンも持ち合わせていないけどさあ。なんでみんなそんなにうまくいくんだろう。


 私なんて、恋愛関係どころか稲倉くんとお友達になることさえできないのに――って、まあ、友達になりたいわけじゃないけどさあ。なったところで日向みたいに積極的にゲームに誘ったりするわけでもないし、学校も違うし、意味ないけどさあ。


 胸がつきんと鋭く痛む。稲倉くんのせいだ。


 ああやだなあ、この気持ち。罪悪感? 嫌悪感? ぴったり当てはまる言葉が見つからないけれど、よくない感じ。


「あー、また雛ちゃんお通夜の顔してる! 知代の話をぉ、聞けぇ」


 知代がパァンと自分で効果音をつけて、私の頬にゆっくりと平手打ちのモーションで触れた。私もゆっくりと顔を動かして、やられた振りをする。


 傍からみればすごくバカみたいだけど、こういうのはノリが大事なんだ。


「知代決めた」


 知代が一人で勝手にうんうん頷いている。


「……なにを?」

「今度お泊りしよう。この三人で」

「誰の家?」

「地理的に、知代んちが一番近いよ!」


 沙也加の家はすごく遠いから論外、私の家は学校から歩いて十五分くらい、知代の家は確かにすぐそこなんだけど。


 知代の家には、和樹いるじゃん……。


 抗議の思いをこめた目で知代を睨んでみたら、知代は案外真っ直ぐに見つめ返してきた。私の気持ち伝わってる? いくら別れたのが二年前とはいえ和樹と会うのだいぶ気まずいんだからね?


「雛ちゃん知代のこと好きでしょ? 超見つめてきてるし」


 全然伝わってなかった。


「あー、もうすぐ昼休み終わるじゃん。ウチもうもどるね、この話はそのうちLINEで」


 沙也加が教室の前方の壁にかかる時計を見ながら、手早く弁当箱をまとめ始めていた。


「はーいLINEで」


 返事をして、足早に去っていく沙也加の背中を見送る。


「まあ、泊まりじゃなくても、近いうちに三人で遊ぼうよ。夏休み以来じゃんか」

「……うん、そうだね」


 素直に喜べないのは、和樹のせいだ。


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