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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第四章 君の心に触れた日
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第四章 君の心に触れた日



 夏休みはなんの面白みもなく過ぎて行き、あっという間に秋がやってきた。


 日向の受験勉強もそろそろ本格的になってきた。日向は難関私立大学の法学部を目指しているらしい。化物みたいな偏差値のところだ。毎日毎日勉強ばかりしていて頭がおかしくならないのか私は不思議でならなかったけれど、本人は相変わらず「肉肉」って騒いでいて、いたって元気だった。


 でも、稲倉くんはぱったり家に来なくなった。日向はたまに「ゲームやってかないか」と誘っているらしいが、ことごとく断られているそうだ。


 日向の受験があるから遠慮しているのか、それともこの前のことがあったからか……。


 日向はちょっと寂しげだ。


「にくっ、にーくっ、ベーコン、たまごっ、タンパク質ぅ」


 前言撤回。日向はいつだって楽しそう。


 今日だって、起きてくるなり朝ごはんのメニューを聞いてきて、ベーコンと目玉焼きだと答えると突然機嫌がよくなってそう歌いだしたのだ。


「日向、ご飯盛って」

「アーイアイ」


 あの有名な童謡のリズムで日向が返してくる。……ため息が出た。


「アーイアイ、アーイアイ」


 私が無視していたら、日向は一人で歌いだした。人の気も知らないで。


 あの日以来、私の気分はずっと落ち込んだままだ。どうしてだろう? 稲倉くんに好き勝手言ってしまった罪悪感があるのだろうか。でも、私にだって意地があるから謝ろうにも謝れないし、それに私は稲倉くんの連絡先を知らない。稲倉くんが我が家にやってこない以上、たとえ私がどんなに謝ろうって思って至ってそれは無理だ。


 稲倉くんは怒ってるんだろうか?


「すべての恵みに感謝してー、いただきまーす」

「……いただきます」


 日向がガツガツとご飯を口に運ぶのを見ながら、私は目玉焼きの黄身を箸でつついてかき回した。うーん、悩み事があるとあんまり食欲が出ない。


「あっ、はい! 俺、今日晩飯いらないから」


 日向が授業中の小学一年生のごとく高々と手をあげて宣言した。今日、外で食べてくるんだろうか? うるさいと集中できない、という理由で日向はマックやスタバなんかのお店で勉強するのを嫌うから珍しい。


 ……ていうか、こうやって朝に宣言していくことがあまりない。たいていはどこかで話しているうちに「じゃあ夜どこかで食べていこうぜ」とか「誰々の家で晩飯ご馳走になるか」ってなって、連絡が来るのはご飯の直前だったりするからだ。


 なんで、と聞くと、日向は嬉しそうに話しだした。


「なんかさー、和樹が就職決まったらしくてさ」


 へえ、和樹、就職決まったんだ。女たらしだから上司の嫁と不倫したりしなければいいけど。


「そんで、中学の時のメンバーであいつん家泊まってお祝いすることになったから。湯浅と、関根と……」


 日向がつらつらと数人の名前をあげた。それは日向が中学生の頃に何度も何度もうちに来たことがあるメンバーで、日向と和樹以外は蓮野高校に進学した人たちだった。


 おいおい、そのメンバーで、日向、大丈夫なの?


「みんな今年はクラス離れちゃったみたいでさー。……あ、知代ちゃんに会うのは文化祭ぶりだな」

「知代、イケメンハンターやってるみたいだからイケメン紹介してあげて」

「わかった俺を推しとく」

「顔面凶器がなにいってんの」

「ゴメンナサイ」


 自然と笑いがこみ上げてきて、私はニヤッとしながら日向に「バーカ」と言った。日向もニヤッとした。


 ああ日向マジックだと思った。


 日向ならきっと大丈夫だろう。みんなが就職を目指す中で一人大学進学を目指していたって、受験勉強真っ只中で余裕がなくたって。ちょっと安心して、嬉しくなる。やっぱり私はブラザーコンプレックスだろうか。


「ごちそーさま」


 律儀に手を合わせてそう言って立ち上がった日向は、そのまま台所に向かう。


 ……と思ったら、リビングを出る前にちょっと立ち止まった。


「なあ雛子」

「なに?」

「想太に、何か伝えておこうか」


 どきりとした。


 この前あったことを見透かされたような気がしたからだ。


 私はできるだけ平静を装って答える。


「……ううん、特に、何もないけど」

「そう。ならいい」


 日向はあっさり引き下がってリビングを出て行った。

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