表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第三章 君を許せなかった日
17/31

(3)



 近美駅から十分も歩かないところにビーチがあった。近美町はかなり広い範囲が海に面しているけれど、砂浜があるのはわずか十数キロほどの範囲だけで、しかもそのほとんどは遊泳禁止となっており、本格的に「海で遊ぶ」となるとわずかな区域に限られる。


 それに加えて夏休みの昼間ということもあってか、浜はそれなりに人がいた。中でも特に親子連れと二十代のカップルが多い。


「海うれしいなー、康徳、プールないんだよね」


 春村くんが小学生みたいにはしゃぐのがおかしかった。


 私たちは駄菓子屋みたいな古めかしい売店でビニールのボールとビーチサンダルを買った。男子たちは少し離れたところにある海の家で適当に食べ物を買ってくるらしく、私たちは荷物を置いたりビーチバレーをするスペースを確保しておくことになった。


 幸いなことに、少し広いスペースがすぐに見つかった。


「はい、ここにけってーい!」


 知代がそう宣言してスクールバッグとローファーと紺ソを放り出し、ビーチサンダルをつっかける。私と沙也加もそれに続いた。沙也加が青で、知代が黄色で、私が赤……やっぱり信号機トリオだ。


 スカートのお尻が汚れないようにローファーの上に腰を下ろす。足の指を広げると、すーっと潮風が通って気持ちよかった。


「日焼けするーっ」


 顔の前に手をかざして、沙也加がむっと眉根にしわをよせる。


 確かに、真夏の太陽は冬とは別人かと思うくらい凶暴化していて、何万キロ離れてるんだかわからないけれど、そんな距離なんか感じさせないくらい強くジリジリと肌を焦がしてきている。暑い、よりは痛いに近い。


「こんがりベーコンや沙也ちゃん、中まで火を通すんや!」


 真ん中に座っている知代が茶化した。


 そういえばこの前も似たようなことをしていたな……。知代の中では関西弁が流行っているみたいだ。


 茶化したものの日焼けは知代も気になるみたいで、知代がスクールバッグからSPF50(一番強いやつだ)の日焼け止めを取り出して、ドラえもんみたいに自慢げにかかげた。


「てれてれっててーん、日焼け止めぇ」

「見たらわかるわい」

「ん? 沙也ちゃんそんなこと言っていいのかな?」

「……わけてください」


 差し出された沙也加の両手に、知代はこれでもかというほどの量の日焼け止めを絞り出す。知代の日焼け止めはジェル状の柔らかいテクスチャだからすごく伸びるはずなのに、ひどい嫌がらせだ。


「もー、知代!」


 沙也加は腕や足にそれを塗りながら、余ったやつを私の腕になびってきた。


「ちょっと沙也加ぁ」

「雛子も焼けないように塗ろうねー」

「紫外線はシミとシワの敵や雛ちゃん!」


 腕にびいーっと大量の日焼け止めをなびられる。私はあまり日焼けを気にしないほうだけど、こんなにつけられたらもう塗るしかない。あーあ、腕にも足にも顔にもつけても絶対余るわ。


 ……思ったとおりだった。耳の裏にも足の甲にもたっぷり塗ったのに、けっこう余った。もったいない。


「なにやってんのー」


 ちょうどその時、両手に焼きそばのパックを持った男子三人が帰ってきた。どうやら日焼け止めのなびりあいをしているところから見られていたらしく、先頭の春村くんが顔をくしゃくしゃにして笑っている。


「みんな焼きそばでいーい?」

「もちろん! ありがとねー春村」


 知代が春村くんが渡してくる焼きそばのパックを私と沙也加にまわしてから、「いくらだった?」とスクールバッグをたぐりよせてさりげなく聞いた。春村くんは、とんでもない、というように首をふる。


「いーよいーよ、かわりにあとでジュースおごってくださいな」

「そこは俺らのおごり、ってかっこつけるとこだと思うんですけどー?」


 冗談っぽく言って知代はその場を終わりにしたけれど、私はなんだか申し訳なくて居心地が悪かった。知代と違って、私は男の子からおごられ慣れていないのだ。


 男子たち三人もビーチサンダルに履き替えてから、六人で輪になって焼きそばを食べた。暑いのに熱い焼きそばってなんだかナンセンスだ。でもおいしかった。


 焼きそばを食べ終えてから、春村くんが、


「おっしゃ、ビーチバレーしようぜ」


 と言い出した。


 先ほど売店で買ったビニールのボールは空気でふくらませるタイプで、爽やかなトリコロールカラーが夏っぽくて海にぴったりだ。最終的には大きめのスイカくらいのサイズになるらしく、息をふきこんでふくらませるのは少したいへんそうだった。


 六人の輪の真ん中に、ぺったんこのビニールくさいそれが生贄みたいに置かれる。


 さあて、誰がふくらませますかね……。


 真っ先に手にとったのは、川田くんだった。


「俺、陸上部だから今から肺活量自慢しまーす」


 おおっ、と春村くんが盛り上げる。


「川ちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい、ハイッ」


 立ち上がって、ビニールにあいた小さな穴に口をつけた川田くんは、胸をそらすように大きく息を吸って、そして一気に吹き込んだ。もう一度吸って、ふきこむ。だんだん大きくなってくる。春村くんに合わせて手拍子をすると、川田くんは照れたように微笑んだ。


 薄っぺらだったものが、川田くんの呼吸のたびにむくむくお腹をふくらませていく様子はまるで生き物みたいでなんだか面白くて、思わず見入ってしまった。


 きっとすごくたいへんなはずなのに、川田くんの顔は涼しげだ。さすが男の子、だなあ。


 川田くんがボールをふくらませてから、簡単にルールを決めた。ルールは体育でやるバレーボールと基本的に一緒だ。


 ただ、一チームは男女一人ずつの二対二で、残りの二人が審判になる。総当り戦で行い、十点先取。最下位のチームはみんなにアイスをおごるっていう罰ゲームが科されることになった。


 一番大事なその「男女のチーム」は、砂浜の上に書いたあみだくじで決められた。沙也加と川田くん、知代と稲倉くん、それから私と春村くん。


 川田くんと春村くんがワイシャツを脱いで、中に着ているTシャツ一枚になったりと準備万端なのに対し、稲倉くんはさらさらやる気がなさそうだ。かろうじて、ワイシャツの袖とスラックスの足元は軽くまくっているが、マスクをはずす気配は微塵もない。


「稲倉くん、マスク外さないの?」


 知代が尋ねると、稲倉くんの肩がびくっとはねた。


「あっ、えっと、その、はい」

「暑くない?」

「あっ、大丈夫、です」


 ダメだこりゃ。


 最初は、沙也加と川田くんチーム対、知代と稲倉くんチームの対戦になった。私と春村くんは砂浜に書いたラインの外側で体育座りをしてそれを眺めることとなる。


「じゃあいくよー。沙也ちゃん川ちゃん準備はオッケー?」

「オッケー!」

「いいよー」


 知代のサーブで試合が始まった。


 沙也加と川田くんのチームはそれなりに息が合っていた。お互いそこそこ運動神経があるからなのだろう。ちゃんと声を掛け合っている。


 稲倉くんは、ダメダメだった。


 何がダメってもう全部ダメ。両手を前に持ってきて組んで、かろうじて「バレーやりますよ」っていう姿勢はとっているが、へっぴり腰だしボールがどこに飛んでいっても仏像のごとく固まって動く気配がない。時々息でメガネが白く曇るから、一応、仏像ではないみたいだけど。


 知代がスライディングする勢いで走り回っていてかわいそうだ。


「ちょっと稲倉くん! 動いてよー」


 知代が冗談っぽく言うのにも、肩を縮こまらせて「ご、ごめんなさい」なんてきょどきょどしている。


 春村くんが、それを見て、隣でふきだした。


「稲倉おもろい」


 春村くんみたいなイケイケ男子が稲倉くんみたいな根暗をそうやっていうときは、たいてい馬鹿にしている時なんだけど、春村くんの口調にそういうものは含まれていない。どちらかというと、球技大会で友達がヘマをしていたときに「あいつ何やってんだよ」ってそう茶化すのに似ていた。


 びっくりして私が春村くんのほうを見ると、春村くんもびっくりしたように私を見た。


 彼は、顔の前で手をぶんぶんふる。


「あ、今の馬鹿にしたわけじゃないかんね。誤解しないでね」

「誤解してないよ。びっくりしたの。二人、友達みたいだなって思って」


 春村くんはけらけらと軽やかな笑い声をあげた。


「なんでよ、ふつーに見て、友達じゃん」

「いやいや、ふつーに見たら、稲倉くんいじめられっ子だから」

「まあ見た目はね。でもあいついいやつじゃん。そう見えないけど性格はけっこー明るいし」


 どうやら二人、ううん川田くんも含めて三人は、本当に友達らしかった。


 それはつまり、稲倉くんが高校デビューをとがめられて内部進学組の人にいじめられている、と日向に言ったのは紛れもない嘘だっていうことだ。


 いじめられるどころか好かれているし、こうやって今日会ったばかりの私に照れることなく「いいやつじゃん」って言ってくれるような、素敵な友達だっている。


 きっと他の人が稲倉くんをいじめてなんかいたら、守ってくれるだろう。


 ……じゃあ、稲倉くんは、あの日誰にプールに突き落とされたの? だれに顔を殴られたの?


 私がよっぽど難しい顔をしていたのか、春村くんがまた顔の前で手をぶんぶんふった。


「マジだよ、ほんとほんと」

「疑ってなんかないよ。春村くんみたいな友達がいて、稲倉くん幸せだね」

「……雛ちゃんさ、稲倉のこと好きなの?」


 むせた。


 一瞬本気で考えちゃったからだ。


「いやいや、あのね、何度も言うようだけど、私と稲倉くんそういう関係じゃないからね」

「うん、知ってる」


 意外にも春村くんはあっさりと引き下がった。


「稲倉は女の子と付き合わないんだよ」

「……それはつまり、男の子が好きなの?」

「えっ?」


 私のその言葉は春村くんも予想していなかったみたいで、目をまん丸にしてびっくりしていた。


「初耳なんだけど」

「えっ? 女の子と付き合わないってそういうことじゃないの?」


 一瞬の沈黙の後、私たちはどちらからともなく吹き出した。何がおかしいのかわからなかったけれど、なんだかおかしかった。


 私たちが笑っている間に、四人の試合は終わった。


 もちろん言うまでもなく沙也加と川田くんチームの圧勝で、稲倉くんは最後まで仏像のスタンスを崩さなかったらしい。知代が「もー、稲倉くん動いてよー」と稲倉くんの猫背をバシン、とたたいて、稲倉くんがびくっとはねるのがなんだかおかしかった。


 次は、私と春村くんチーム対、沙也加と川田くんチームだ。


「じゃ、次だ」


 春村くんが立ち上がって私に手を伸ばしてくる。私はその手につかまる。


「いくよ、せーの」


 春村くんに引っ張られて立ち上がったとき、ふいに稲倉くんと目があった。けれどすぐにふいっとそらされる。気まずそうな顔。もしかして、さっきの話聞かれたのかな?



 ――実は春村くん、中等部の頃バレー部だったらしくて、私はむしろ動くと邪魔になった。稲倉くんのことを仏像仏像って笑っていたけれど、結局私も仏像みたいに固まっていることしかできなかったから、ちょっと恥ずかしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ