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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第二章 君がお化けになった日
12/31

(8)



 お化け屋敷にはずいぶんと長い列ができている。


 最後尾、というプラカードを掲げた「1A」というクラスTシャツの人のところに並ぶと、「めっちゃ怖いですよ」と笑顔で話しかけられた。確かに怖いらしく、中からは女の子の殺人事件の第一発見者ばりの悲鳴に加えて、男子の野太い叫び声も聞こえてくる。


 私に見える範囲に稲倉くんはいなくてほっとした。


「やだあ、怖そうじゃん」


 知代がニヤニヤしてこっちを見てくる。


 いやあのね、私は別に怖いのが苦手なんじゃなくてね……。


 お化け屋敷は三クラス分の教室を使った大きなもので、窓という窓には暗幕がひかれていて、中は真っ暗みたいだ。壁も黒いビニールで覆われていて、無数の手型と「呪」や「殺」といった物騒な文字に加えて、やけにリアルな藁人形がところどころにはりついていたいた。


 そういえば、カースドストロードール、って「呪いの藁人形」って意味だって稲倉くんが言っていた。


「すご、本格的」


 壁の手形を見つめて沙也加が笑う。頬が引きつっていて少し余裕のない笑みだ。


「はいっ、知代はすでに怖いです、雛ちゃんバカにしてごめんなさい」


 知代はすでに降参モードだ。


 スタッフの手際がいいのか、それとも中を進む人たちがあまり立ち止まらないのか、列の進みはかなりはやかった。随分長い列だったのに、待ったのは三十分ほどだろうか。


 いよいよ次の次に入れる、となったときに、受付にいた生徒にスマホの画面を見せられた。


 どうやら入る前にあらすじを知っておくためのオープニングムービーらしい。セピア色のエフェクトをかけられた画面も、おどろおどろしい字幕も、手がこんでいて、知代が腕にそっとしがみついてきた。


 ストーリーはベタだったが、だからこそ怖かった。


 私たちお客とムービーの中の男子は幼馴染という設定らしい。マスクと黒縁メガネが印象的な幼馴染だ。ある時、一緒に遊んでいると、その男子が「お化けが出ると噂の康徳神社の奥の鳥居には、五寸釘が打ち込まれた藁人形があって、その五寸釘をとんかちで四回叩くと人を呪い殺せる」という都市伝説を教えてくれた。


 もうこの時点で、左腕に沙也加、右腕に知代がしがみついていた。


 都市伝説の話を終えたあと、その男子が「実際に行ってみよう」と言い出した。私たちは止めたが、彼はその忠告も聞かずに行ってしまって……帰ってこない。幼馴染の私たちは心配でいてもたってもいられなくなり、夜の康徳神社に彼の様子を見に向かう。


 というのがオープニングムービーの全容だ。


「奥の鳥居までたどり着いたら、懐中電灯を藁人形の五寸釘に向かって四回カチカチと点けたり消したりしてください。そしたらミッションクリアとなり特別企画のチケットがもらえますよ。……怖かったら、そのまま通り抜けちゃっても構わないんですけどね」


 ムービーを見せる係の生徒が、知代と沙也加の怖がりっぷりを見て苦笑いする。私も苦笑いを返した。歩きにくいったらありゃしない。


 その時ふいに、お化け屋敷の出口に近いほうの壁を教室の内側からたたくような音がして、知代が「きゃあ!」と悲鳴をあげた。


「おい! 藁人形! やばいぞ誰か両面テープ!」


 内側から聞こえてきたのは、そんな声だ。どうやら演出上の音ではなく、内装で何か不具合が起きたらしい。テープを求めているということは、大方何かがはがれたとかそんなところだろう。


「両面ねえよ! 昨日使い切ったよ」

「隣から借りてこようか!」

「ガムテでよかったらあるけど!」

「バカ、外まで聞こえてる!」


 中から聞こえてくる怒号に、ムービー係の生徒が「すみませんね」と困ったように笑った。大掛かりなお化け屋敷も大変なんだなあ。


 いよいよ私たちの順番がきて、中に入ると、ドアのすぐ内側にいた人に懐中電灯を渡された。それは女子の手にもおさまってしまうくらいの小さな携帯用のもので、その分光も小さく、真っ暗な通路を照らすにはいささか頼りなかった。私の右と左は知代と沙也加にがっつりホールドされていたので、懐中電灯は沙也加が持つことになった。


 真っ暗な道がまっすぐ続いて、突き当たりで左に折れている。特に床に何かおいてあるわけでもない、シンプルな通路だ。


 しかし、だからこそ何があるのかさっぱり予想できなくて怖い。壁から手が出てくるのかもしれないし、足をつかまれるのかもしれない。


 へっぴり腰の二人を引きずるように進む。


「もー、帰りたいぃ」

「ちょっと知代、まだ入ったばっかりだから」

「雛子雛子、これ雛子?」

「雛子だよ、沙也加腕引っ張りすぎ」


 その時ふと顔にべちゃっと何かが当たって、私は思わず知代みたいな悲鳴をあげた。


 それからはもう、大パニック。


 顔に当たったのはただのコンニャクだったんだけど、頼みの綱だった私が悲鳴をあげちゃったせいで知代も沙也加も半泣きだった。私と知代と沙也加はがっちり腕を組んで、お互いを引きずりながら右に左にくねくね曲がる通路を進んでいった。


 途中でお地蔵様の下から手が出てきて足首を掴んでくるしかけがあったんだけど、もしかしたらお化け役の手の踏んじゃったかもしれない。


 後から思えば本当に申し訳ないんだけど、その時は、そんなこと気にしている余裕は微塵もなかった。確かに一般の高校生がつくったただのお化け屋敷なんだけど、なんていうか……その、すごく、クオリティが高くて。稲倉くんが自信満々にあんなことを言うのも少しわかる気がした。本当に手がこんでいる。


 そうこうしているうちに、一番大事な五寸釘の打ってある藁人形のところについた。


「か、い、ちゅうでんとう、四回だっけ?」

「四回、うん四回だよ沙也ちゃん」


 懐中電灯で右に左に光を当てる沙也加の手が震えている。


 通路はすごくせまくてくねくねしていたが、そこは少し広くなっていた。暗くてよく見えないが、出口は左手側だろう。真正面のロッカー側の壁際には真っ赤な鳥居があって、鳥居の右の柱にも左の柱にも何かがついているように見えたが、沙也加が光を動かすからよくわからない。


 私は沙也加の手首を掴んで、動き回る懐中電灯のまあるい光を止めた。


「ちょっと雛子、突然掴まないでよ」

「沙也加光動かしすぎだってば、藁人形どこよ」

「鳥居? 沙也ちゃん光、光、鳥居に」


 沙也加が鳥居の左の柱、続いて右の柱へとゆっくり光を当てる。


「きゃあああっ!」


 私たち三人の悲鳴がミックスされて不協和音を奏でる。耳にキーンときた。


 左の柱にも、右の柱にも、これでもかというほどの藁人形がついていた。血の演出で真っ赤に染まっているものや、風化されてボロボロになっているものもあって、いやにリアルだった。この中のいったいどれに懐中電灯の光を当てればよいのだろう。どれにあててもいいんだろうか?


 沙也加が私の腕に顔をうずめて前を見ないので、私が沙也加の腕を掴んで光を動かす。


「待って雛ちゃん! これ、ほとんど両面テープで藁人形くっついてる」


 知代が意外に冷静に言った。


「あっ、じゃあ、この中から五寸釘のやつ探せばいいのか」

「おっけー、まず左から」


 左の柱についている藁人形を一つ一つチェックしていく。ざっと数えて二十個以上はある。


「うわ、ガムテむき出し」


 知代が顔ほどの高さを指差したから、私は慌ててそちらに懐中電灯の光を向けた。


 確かに輪っかになったガムテープがむき出しになっている。もしかしたら、お化け屋敷に入る前に聞いた怒声はここの補強をするためのものだったのかもしれない。足元を見たら、藁人形が一つ落ちていた。


 ちょっぴりずさんで、笑えてくる。


「あっ……」


 沙也加がガムテープの近くを指さした。


「あったよ雛ちゃん、これこれ」

「――ほんとだ、五寸釘!」


 むき出しのガムテープから十センチほど離れたところにある藁人形はほかのものより一回り大きく、中央に深々と五寸釘がささっていた。


「じゃあいきまーす」


 沙也加が宣言して、懐中電灯の電源に親指をかける。


 消してつける。カチカチ……、一回目。


 カチカチ……、二回目。


 見れば見るほど不気味だ。


 カチカチ……、三回目。


「よしラスト」


 カチカチ……、四回目。


「おっけ?」

「オッケー」

「意外とらくしょー?」


 思わずふふっと笑いが漏れた。あとは外に出るだけ――。


「……てよ」


 声が聞こえた。


「沙也ちゃんなんかいった?」

「いや、なんも言ってないけど……」

「でも今なんか聞こえたよね?」


 嫌な予感がする。だっておかしい。この鳥居の広場に出てきてから、まだ何も仕掛けにあっていない。


 私は二人が怖さでろくすっぽ聞いていなかったオープニングムービーの内容を思い出した。一つ、まだ回収されていない伏線がある。そうだ、確か私たちは、一人で康徳神社の噂を確かめにきた幼馴染を探しにきたっていう設定のはずで……だとしたら……。


 幼馴染は、どうしたの?


「待てよ! おい待てよ! 置いてくなよ! 俺を置いてくなよ!」


 ガラガラ声が聞こえて、唐突に入口脇の掃除用具入れのロッカーから人が出てきた。知代と沙也加が甲高い悲鳴をあげて私の腕にすがりついてくる。困る、困るって、私も怖いのに!


 沙也加が振り回した懐中電灯がその人を照らす。


 ロッカーから出てきたのは、どうやら幼馴染の設定の男子生徒らしい。マスクと黒縁メガネをしている。マスクは血がにじんだように端が真っ赤にそまっていて、額からは血が流れていた。背はそれほど高くなかったけれど、少し猫背でじっとりと睨むように私たちを見ているから迫力があった。


「俺のことおいてくの? ねえ」


 一歩、一歩、こちらに近づいてくる。


「行くなよ、ねえ、ねえ、ねえ!」


 さらに近づいてくる。


 男子生徒の声はガラガラで、少し呂律がまわっていなくて、より幽霊っぽい。


 私は沙也加と知代を引きずって後ずさった。


「きゃあっ」


 からん。懐中電灯が地面に転がる。


「ちょっと沙也加ぁっ」


 背中と頭に何かがあたった。ほんの少しだけ振り返ったら、それは鳥居のあの左の柱だった。私がこれ以上後ろに下がれないとわかっても、男子生徒はこちらに歩むのをやめないのがゆっくりとした足音でわかる。知代と沙也加は役にたたない。状況が絶望的で、ちょっと涙が出てきた。


 とりあえず出口は目の前にある。彼さえかわせれば外に出られる。知代と沙也加を引きずって鳥居から離れよう。


 鳥居から体を離した瞬間――ぐい、と頭皮に衝撃がはしった。誰かに髪の毛を引っ張られたのだろうか、視界の端にぴんと張った私のうねりヘアが見える。


「ちょ、雛ちゃん? 雛ちゃん逃げよう、逃げよう」


 知代はそう叫んでるけど、髪の毛が……。


 引っ張られている髪の毛の先を見たら――なんと、あのむき出しのガムテープにくっついていた。


「待って待って待って待って! ガムテ! 髪の毛!」

「はあ? 雛子、髪の毛うねってるからじゃんっ」


 顔をあげた沙也加が男子生徒のほうを見ないようにガムテープから髪の毛を剥がそうとしてくれているけれど、先ほど貼られてたものらしいそれはまだ粘着力が強く、おまけに私の髪の毛はさらさらヘアじゃないので、なかなか剥がれない。


 男子生徒が懐中電灯を拾ったらしい。こちらに光がぱあっと向けられて、眩しい。


「……あっ、あのっ、えっと、ろうされましたか?」


 どうやらこちらの非常事態を察してくれたらしく、幽霊モードではないみたいだ。けれどもガラガラ声と呂律のまわらない話し方は変わらないので、それは演技じゃなくて素らしい。風邪でもひいているんだろうか。


「あの、髪の毛が、ガムテープに」


 私の代わりに知代が答えた。


「あっ、さっき貼ったやつかも……。えっと、ご迷惑おかけして、その、すみません。とれますか?」

「んー、暗くて、うまくいかないです」

「あっ、わかりました」


 何がわかったんだろう。


 そう思った次の瞬間には、男子生徒がガムテープごと柱からはがしていた。


「えっ、そんなことして大丈夫なんですか?」

「えっ、あ、はいらいじょーぶです。控え室、来ていたらけますか?」

「はい」


 彼はガムテープが他の髪の毛にくっつかないように、私の髪の毛から離すように持っている。私は改めて自分のうねった髪の毛を恨んだ。


 連れられるようにして出口から外に出る。お化け屋敷の順番待ちをしていた人たちがいっせいにこっちを見てきて、なんだか恥ずかしい。見られていることに変わりはないけど、気休め程度に深く俯いて髪の毛で顔を隠すようにしたら、それに気づいてくれたらしい男子生徒が私と順番待ちをしてくれる人の間にすっと入ってくれた。


 日向のイメージが強くて、男の子ってデリカシーがなくて粗雑な人ばっかりだと思ってたけど、意外と気が利く人もいるのね、なるほど。


 知代と沙也加は私のあとを並んでついてくる。


「雛子さん、来ないって言ってたのに……」


 男子生徒がボソッと呟く。


 ん?


 何かが心にひっかかる。風邪をひいているみたいなガラガラ声、私の名前を知っていること、それから今の言葉……もしかして……。


 ガバッと顔をあげて、隣を歩く“彼”を見る。


「稲倉くん!」


 マスクは顔の半分を覆っていたし前髪もかなり長かったけれど、彼は間違いなく稲倉くんだった。そういえばこのクラス、稲倉くんのクラスだし、彼がお化け役をやっていたっておかしくはないのだ。うん、おかしくない。


 けど、けど……。


 こんな偶然って、あるもんか。さいてーさいあくだ!


「ちょっと稲倉くん髪の毛さわんないでよ」

「離してもいいれすよ、れもガムテープに髪の毛くっつきまくりれやばいことになりますから」

「もー、誰のせいよー」

「雛子さんがビビって柱に激突するかられす」


 そう言いながらも、稲倉くんはガムテープを持ち上げる手を離さない。このうねった髪の毛を触られるなんて……最悪。気が利くだなんて思った私をぶん殴りたい。


 稲倉くんなんか、日向と同じ気のきかないデリカシーなし男だ。ピアス野郎だ。稲倉組だ。無駄に女子力ばっか高くて根暗だ。便所飯だ、このやろー!


「稲倉くんが襲ってくるからじゃない!」

「ロッカーから飛びらしたらけれすよ、俺」


 しれっと稲倉くんがそう言い放つのでよけいに腹がたった。


「あれ、雛ちゃん、知り合い?」


 後ろを歩いていた知代がお化け屋敷でのビビリっぷりはどこへやら、軽快に口をはさんでくる。


「日向の友達の、稲倉くん」


 答えたけど、でも、知代は私の話なんて聞いちゃいなかった。


「夫婦漫才だね!」


 何いってるんだバカ知代。


 対して、沙也加は真顔だ。まじまじと稲倉くんを見上げている。お化け屋敷からようやく出られたから呆然としているんだろうか。


「まさか彼氏だったりして?」


 違うって! という言葉が稲倉くんとハモった。「ゆず」並みの綺麗なハーモニーだ。


「雛子さんなんか」

「なんかって何? 私、前髪長い人はごめんだわー」

「人が着替えてる時に突然入ってくるような女の子は俺もごめんれすね」

「目の前で着替えちゃう仲なんだ。付き合って何ヶ月?」

「だから知代、違うってば」


 思わず大きな声が出てしまって、沙也加に小突かれる。


 まわりを見れば、順番待ちをしていた人たちが無遠慮にじろじろとこっちを見ていた。お化け屋敷から出てきたガムテープを髪の毛につけた女子高生が突然お化け役を言い争いを始める、というシチュエーションは思えば確かに奇妙だ。私が並んでいる側の人だったらきっとじろじろ見てしまうだろう。


 なんだか急に恥ずかしくなってくる。


 それは稲倉くんも同じみたいで、彼はふいっと顔をそらして隣の教室の扉をガラッと開けた。そこが控え室らしい。


 彼に続いて慌てて中に入る。本当なら視線を避けたいからすぐにでも扉を閉めるはずなのに、なかなか稲倉くんは扉を締めない。


 どうしてだろう……と思って振り返ってみたら、知代と沙也加が廊下に立ったままだった。控え室に入ろうとする気配はない。


「はやく入りなよ」


 私が言うと、知代はニヤッと笑って沙也加の腕をとった。


「私と沙也ちゃんで、ちょっとイケメンハンターしてくるね」


 そう言うや否や、知代が沙也加を引っ張るように走り出す。止める間もなかった。


「ちょっと待ってよ!」


 もちろん待ってくれるはずもなく。


 おそるおそる、隣の稲倉くんを見上げる。すごく嫌そうな顔をしていた。


 私も嫌じゃい!

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