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ブラックホールをふさいだ日、  作者: 村崎千尋
第二章 君がお化けになった日
11/31

(7)



 夜になってからメールを見たらしいママが帰ってきた。そこで私は日向の監視をママにバトンタッチして、普通にご飯を食べて、普通にお風呂に入って、沙也加と知代と明日の待ち合わせのことを話した。兄が風邪をひいたから、と今日学校を休んだ理由を沙也加に話したら、沙也加もブラコンだって言った。


 ブラコン、という文字を見ると、夕方稲倉くんに余計なことをしてしまったのがどうしても頭に浮かんでしまう。やっぱり私はブラコンだろうか。


 一晩経って、日向の風邪はすっかりよくなって、朝早くにスキップでもしそうな勢いで家を出ていった。私にはお礼の一言もなしだ。バカやろう。


 ママは日向の熱が下がるとまた仕事に出かけた。日向のために休んだことを話したらママは「バカね」と日向と同じことを言った。「子供じゃないんだから」と。


「雛ちゃんのお兄ちゃん、大丈夫だった?」


 待ち合わせ場所の蓮野駅の改札前で会うなり、知代が聞いてきた。沙也加はまだ来ていないみたいだった。


「大丈夫。今日はふつーに出かけてった」

「よかったねー」


 沙也加は、と尋ねると、知代は「次の電車で来るって」と答えた。


 知代は気合バリバリだった。制服のスカートはいつもより短いし、ブラウスはお腹のあたりで前結びにしてあって、いかにも「遊んでそうな女子校生」だ。よく見ればうっすら化粧もしている。知代いわく、蓮野はただでさえバカなんだからこうでもしないとなめられる、ということらしい。


 いつもの膝上十センチのスカート丈にすっぴんで来た自分が、知代と並ぶと急にダサく見えて恥ずかしかった。


 しばらくして駅に着いた電車から出てきた沙也加も、こころなしかいつもよりスカートが短く見えた。細い太ももがすらっとスカートから伸びているのがうらやましくて、私も慌ててスカートをもう一度折り返す。足元がスースーして、後ろからパンツが見えてるんじゃないかって思って落ち着かない。


「雛子、いつもに増して髪の毛うねってるわー」

「雨ふってるからね」


 言い訳すると、沙也加と知代に両脇から小突かれた。


 今日は早朝から空がどんより曇っていて、先ほど雨が降り出したところだ。気温はちょうどいいくらいだが湿度が高いみたいで、じめじめしている。そのせいか髪の毛はヘアアイロンをあててもオイルをつけてなだめても暴走気味で、仕方なく私は髪の毛をどうこうすることを諦めたのだった。


 せっかくだから巻いてくればよかったな、と思っても時すでに遅し。


「梅雨は、やだねー」

「あー、雛ちゃん、天気のせいですかー」

「だって天気のせいだもーん」


 私は開き直って、持ってきた折りたたみ傘をボッ、と開く。ボッ、ボッ、ボッ……三人分の音が駅の屋根の下に響く。私が赤いギンガムチェックの傘で、知代が黄色の水玉、沙也加が青緑の無地だったから、なんだか三人並んで歩くと信号みたいでおかしかった。


 信号機トリオのまま、康徳に向かっての道を歩いていく。


「康徳はいいよねー、駅からすぐそこじゃん」


 沙也加が道の先に見え始めた康徳のきらびやかなゲートに目を細めてぼやいた。そっか、沙也加、駅から自転車で二十分かけて蓮野高校まで来てるもんね。康徳は駅から歩いて五分だから、そりゃぼやきたくもなる。


「沙也ちゃん康徳入っちゃえばよかったじゃん」

「あ、それいいね。男子校入っちゃう系の少女漫画とか流行りじゃん」

「あー、あったねそんなの。でもウチ、康徳入れるほどの頭がない」


 バカだからしゃーない、と首をふる沙也加に腕をからめて知代が不自然なアクセントで言った。青緑と黄色の傘がぶつかって、鈍い音をたてる。


「裏口入学や、沙也ちゃん、金を積むんや」

「知代さん、我が家はお金持ちやない。一般庶民や」

「ちょっと二人とも、エセ関西弁やめてよ」


 前を歩いていた人たちがくすくす笑うのが見えた。こちらをちらりと見たから、おそらく私たちの会話に笑っているのだろう。本当に恥ずかしい。蓮野の品性が疑われる。由々しき事態だ。


 そんなバカな話をしているうちにあっという間に康徳についてしまった。


 康徳学院高校と黒い石に掘られた門扉は立派で、いかにも私立といった感じ。校門を入ってすぐに据えられている文化祭用に特別に作られたゲートは、今年はペットボトルで作られた三メートルくらいのお城で、晴れた日に見たら光が差し込んできらきらしてさぞ綺麗だろうなあと思った。


 今日が雨なのが本当に残念だ。


 傘をたたんで校内に入ると、「康徳祭スタッフ」という腕章をつけた人たちがパンフレットをくれた。動物たちが「康」「徳」「祭」と書かれたバルーンを抱いている表紙のイラストはいかにも男の子が書いたものらしく線が粗雑で、そういえば日向がこんなものを書いていたなあと思い出した。美術部とかに頼めばいいのに。


 昇降口は随分と混雑していたから、スリッパに履き替えて少し進んだところまで言ってから、知代がパンフレットを広げた。冊子のようになっているパンフレットは、ほかの学校のものより随分と分厚い。


「うわ、いろいろあるんだね。康徳の文化祭は初めて来た」

「康徳は毎年派手だよねー」

「去年知代がはぐれちゃってさー」

「いや、はぐれたのは雛ちゃんだから」

「あっ、メイドカフェあるよ」


 知代がぺらぺらとパンフレットをめくっていく中、沙也加がその中のページの一つに指を差し込んで止めた。行き過ぎたメージを知代がめくって戻して、そのメイドカフェのページを開く。


 それは、日向のクラスのメイドカフェ、「スリーシーカフェ」のページだった。A棟二階一年A、B組教室でやっているらしい。消しゴムで消したあとの残るイラストはパンフレットの表紙のイラストと同じで、ああこれも日向が書いたんだなとすぐにわかった。


「スリーシー。キュート、カフェ……これ、なんだろ、あと一つ」


 しー、ゆー、でぃー、でぃー、と一つずつアルファベットを読み上げていく知代。あ、稲倉くんから教えてもらった単語だ、と思った。確か――。


「カドルサム」

「え? 雛ちゃんなんて言った?」

「カドルサム、抱きしめたいほどかわいいって意味だよ」

「うわ、雛子超頭いいじゃん!」

「日向が言ってただけー」


 そう謙遜してから、あ、と気づいた。知代と目が合う。知代はパンフレットを握り締めてニヤニヤしていた。


 わからないふりをして「なんだろうねこれ」と私も話を合わせればよかった。それか、かっこうつけて頭いい子ぶるなら、中途半端に謙遜しないで冗談っぽく自慢すればよかった。私はどうしてバカなんだろう。これでは墓穴を掘ったようなものだ。


「へえー、雛ちゃんのお兄ちゃんのクラス、ここなんだ」


 知代のニヤニヤに耐え切れない。


「いやいやいやいや、ダメだよ。いかないよ?」

「えっ、雛子のお兄さんメイドカフェ?」


 沙也加もニヤニヤしだす。


「いやいやいやいや」

「雛ちゃんに拒否権はない」

「やだ日向のメイド姿なんて見たくない」

「ふーん、雛ちゃんのお兄ちゃん、受付とか呼び込みじゃないんだ、メイドさんなんだ」


 さらに墓穴を掘ってしまって、死にたくなった。


 私は知代からパンフレットをひったくるように受け取り、何か救いはないかとページをめくっていく。


 アリーナでのバンド演奏、三年A組ミュージカル、二年B組映画上映、物理実験部ショー……、それから、特別企画。


 私はああっと声をあげてその企画のページを指差す。


 それは、指定された七つのクラスや部活の出し物の中から三つ回って、それぞれある条件をクリアするともらえるチケットを集めると、カフェや食べ物屋の一品無料券がもらえるというものだった。


 もちろんメイドカフェもカフェだから無料券の対象に入っているだろう。うん、これで時間稼ぎできる。これを回っているうちに日向にメールしてシフトを聞き出してシフト外の時間に行けば……あ、でも文化祭中はスマホなんて見ないかな……。


 かつてないスピードで頭がフル回転する。


 日向のメイド姿だけはダメ、絶対!


「えーっ、面白そう」


 知代がパンフレットを食い入るように見つめている。よし、成功だ!


「沙也ちゃん、沙也ちゃん、指定クラスまわって条件クリアするとカフェとかの無料券くれるって」

「あ、いいじゃん。これ回ってから雛子のお兄さんのクラス行こうよ」


 沙也加も乗り気でパンフレットを覗き込んでくる。知代にパンフレットを手渡して、私はスマホに視線をうつした。


 日向にメールしなきゃ、シフト何時から何時? って。きっと日向のことだからうまく勘違いしてくれるだろう。シフトの時間帯さえ回避できれば別に恥ずかしいことなんて何もない。別にその時間に行くなんて一言も言っていないから、嘘をつくことにはならないし……。


「知代、指定クラス、何がある? 三つ選ぶんだよね?」

「そー。生き物体験コーナー、占いの館、お化け屋敷、クイズ大会、漫研、のど自慢、人間バッティングセンター、の七つの中からだって」

「人間バッティングセンター面白そうなんだけど」

「じゃあそこ決定。知代はお化け屋敷行きたいかなー。――雛ちゃんは?」


 すっかりメールに夢中になっていたから、知代の問いかけにすぐ反応できなかった。


「もー、雛ちゃん聞いてなかったでしょ? 人間バッティングセンターとお化け屋敷は決定で、あとこの五つの中から一個選んで!」

「パンフレットみーせて」

「いいよー」


 知代から受け取ったパンフレットを覗き込んで、また頭を抱えたくなった。


 掘った墓穴を埋めようとして間違えて落ちてしまったような気分だ。それか、書き間違えた文字を消したあとにまた同じ文字を書いてしまったような、何やってんだ私、バカ、と罵りたくなるのに似ている。とにかく私はバカなのだ、大バカなのだ。


 指定クラスの、知代が行きたいと言ったお化け屋敷。それは、一年A組の、カースドストロードールという出し物で――間違いなく、稲倉くんのクラスだった。


『来ないほうがいいですよ。たぶん雛子さん怖くて泣いちゃうと思いますからー』


 稲倉くんの鼻で笑いながらそう言ったのが頭に浮かんで腹がたってくる。


「ねえ知代お化け屋敷はやめようよ」

「なんで? 雛ちゃん怖いの苦手だっけ?」

「なに、雛子、まさか怖いのはダメな感じ? 泣いちゃう? お化け屋敷とか入ったら泣いちゃう系?」


 私の提案に二人がすぐさまバカにしたように反応してくる。


 そうなんだよねー、と同調して取りやめにできればよかったものの、私にも意地がある。


「泣かないもん!」

「じゃあいいよね、決まりだね!」


 やっちまった。


 私は大馬鹿どころじゃなく、大・大・大バカやろうだ。


 ただでさえ昨日の件のこと、ちょっとまずかったなあとか思って反省しているのに、なんでわざわざお化け屋敷に会いにいかないといけないのだ。別に怖いのは苦手じゃないけど、きゃーきゃーいってるところを稲倉くんに見られたら絶対馬鹿にされるに決まっている。


「じゃあ、知代、まずはお化け屋敷や」

「沙也ちゃんレッツゴーや」


 知代と沙也加の笑みが悪魔の笑いに見えた。


 ……さいあく。



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