さまよって、たどりついた
日が暮れる頃になって、寝る場所を探さなければいけないと気づいた。
公園で眠るのは、無防備すぎて嫌だった。
あたしはたまたま目についた学校の保健室のベッドで横になった。
不良達に手荒にされて、車を避けてアスファルトに倒れて、体中が痛んだ。
見えるなら全身アザだらけだろうし、血が出ている感触もあった。
注意しないで歩いていたから、足の裏もボロボロのはずだった。
だけどシーツには、土の汚れしかつかなかった。
ベッドに横たわったまま目だけ動かすと、棚の中に薬が並んでいるのが見えた。
けれど棚の鍵を探すのが億劫で、あたしはそのまま目を閉じた。
なかなか寝つけなかった。
昼間の恐怖が頭から離れなかった。
それに……
保健室に二つあるベッドのもう一つの方に、誰かが居るような気がしてならなかった。
きっと夜の校舎が持つ独特の雰囲気のせいだと思った。
自分が通う小学校でも保健室なんて滅多に行かないのに、知らない学校の保健室なので緊張しているのだとも思った。
だけど、怖かった。
それと……
もしかして、月乃が居るんじゃないかなんて考えが頭をよぎった。
そんなわけないのはわかっていたけど……
翌朝。
夏の朝だけどまだ暗いってぐらいの時間。
あたしは警報ベルの音で目を覚ました。
薬棚の扉が、どう見ても鍵を使っていない感じでこじ開けられていた。
泥棒が入った?
あたしが寝ぼけてやった?
とにかくあたしは棚の中から、自分で使う分だけ盗って、外へ逃げた。
それからいろいろなところを転々と渡り歩いた。
夏休みでも空きのあるような寂れたホテルの一室だったり、旅行中の民家だったり。
一ヶ所では落ち着けなかった。
どこへ行っても誰かの気配がした。
最初はしなかった場所でも、しばらくしたら、するようになった。
だけど本当に誰かが居るのかどうかは、確かめることができなかった。
そんな暮らしをしている間も、テレビは月乃絡みの殺人事件のニュースを流し続けていた。
というのも……殺されたのは、プロデューサーだけでは終わらなかったのだ。
月乃がスターになるために力を貸したとされる人物……
それと引き換えに、いやらしい要求をしたとされる人物……
月乃が所属する事務所の社長。
月乃と共演したベテラン俳優。
月乃が受賞した映画賞の審査員。
月乃のママだけでなく、月乃自身にも手を出したと噂……あくまでウワサ……される人々。
その人達が次々と殺されていった。
目撃者は口をそろえる。
『犯人は透明人間だ』
ここ数日は、大型リサイクルショップの家具売り場に潜り込んでいた。
そこではたくさんのベッドを選び放題で、あたしは毎日違うベッドを使っていた。
“今夜”は、昼間に入荷されたばっかりの真っ赤なベッドで眠っていた。
広々とした、大きなベッド。
とても寝心地が良くて、これはすぐに売れちゃうだろうなと思った。
寝返りを打った弾みで、手に何かがぶつかって、目が覚めた。
すぐに気づいた。
“何か”じゃなくて“誰か”だった。
「「誰!?」」
あたしともう一人は同時に叫んだ。
「「月乃!!」」
あたしともう一人は同時にその答えを言った。
「この……っ!」
あたしは月乃が居るはずの場所に掴みかかった。
途端にアゴに衝撃が走った。
あの子に蹴飛ばされたのだ。
「許さないっ! 何でこんな……!」
「誰か居るのか!?」
警備員の野太い声が響いた。
懐中電灯がフロアを照らし出す。
そんなことをしたところで、警備員にはあたし達の姿は見つけられない。
それより月乃を捕まえないと……
走り去る足音に、警備員が、何も見えない空間にライトを向ける。
バカな人だと思いつつ、足元を照らしてもらえるのはありがたく、あたしは光の筋の中を走った。
向かった先は、家電売り場だった。
警備員は応援を待つ体勢で、追いかけては来ない。
あたしは闇の中、鳴り響く非常ベルに耳まで塞がれたような状態の中を、手探りで進む。
通路の両側の棚いっぱいに、中古のテレビが積み上げられてる。
月乃の気配は感じられない。
突然、フロア全体が光に包まれた。
天井で照明が点くのと同時に、全てのテレビに月乃の顔が映し出された。
『噂の動画の真相を追う!!』
朝のワイドショーの宣伝だった。
ソレの放送時間まで、のんびり待ってなんかいられない。
あたしは夜中でも開いているネットカフェに駆け込んだ。