叫んだ
おじいちゃんの家に戻ると、窓ガラスが割られて、不良グループみたいなのが勝手に入り込んでいた。
彼らの会話を立ち聞きすると、この家は、幽霊が出る空き家として近所で有名になってしまっていたらしい。
床にはお酒の缶が散らばっていた。
それならばと、あたしはお化けのフリをして、こいつらを追い払おうって考えた。
そして……
…………………
……そしてどうなったのかは、思い出したくない。
ポルターガイストを演じても、不良達はちっとも怖がらなかった。
離れた場所で家具をガタガタ鳴らしても、彼らはゲラゲラ笑うだけ。
あの人達にはお酒の力があったし、大勢で居ることでの強気にもなっていた。
あたしは不良達に近づいて耳元で“うらめしや”ってささやいてやろうと考えた。
「うらめ………ゲホッ! ゴホッ!」
ささやきにもならない、かすれきった声しか出なかった。
月乃が出ていってから何日も、誰とも口を利いていなくて、ずっと声を出していなかったせいだった。
「ナンか居るぞ!」
不良達に気づかれた。
迂闊だった。
あたしは奴らに近づき過ぎていた。
声を聞いただけでは、正確な位置なんてなかなか掴めない。
街の中で人をからかった時はいつもそうだった。
だから油断していた。
だけど家の中では……
限られた空間では……
不良達が一斉に手を振り回して、その手の中の一本が、あたしがムセて動けずにいるうちに、あたしの腕にぶつかった。
「居たぜ! 捕まえた!」
その声を合図に、他の不良達がワッとあたしに襲いかかった。
「ナンだよ、このお化け! 触れんのかよ!」
「ナンか、ちっさくね? 腕、短けーし!」
不良達はまるで、おもちゃを与えられた赤ん坊のように、あたしの体をベタベタといじり回した。
あたしは悲鳴を上げようとした。
だけど、今度は恐怖で声が出なかった。
「髪、長げぇ!」
「服、着てねーぞ! ヘンタイかよ!?」
「てか、こいつ、女じゃね?」
今度こそ、叫べた。
だけどやっぱり、かすれ声しか出なかった上に、悲鳴の途中で口を塞がれてしまった。
「口、はっけーん!」
「こっち右足だぜ!」
「じゃー、これは左足か!」
「てことは、この辺が……」
外でパトカーの音がした。
不良が真っ昼間から空き家に入り込んで酒を飲んで暴れているのだから、近所の人が通報するのは当然だった。
あたしは、大嫌いな大人に……バカにしていた警察に……助けられた。
不良グループはあたしを警官の前に突き出したけど、警官の目にはこんなのはパントマイムにしか映らない。
不良達はお酒の他にも危ないハーブでもやってるんじゃないかって疑われて、パトカーに乗せられて連れていかれた。
パトカーが走り去るのを見送って、あたしは大声で泣き出した。
映画に出てくる透明人間は、その能力を活かして国家の陰謀を暴いたりとかしてるのに、あたしはなんて無力なんだろう。
姿が見えなくなったからって、腕力がつくわけでもなければ、頭が良くなるわけでもない。
単なる小学生なのだ。
あたしは泣きながら歩いた。
誰かに聞かれたって構わない。
怪談のネタが一つ増えるぐらい今更どうでもいい。
おじいちゃんの家にはもう居られない。
いつまた別の不良が入ってくるかわからない。
どこへ行こうか、あてもなく、ただその場所から離れたくって、ただただ歩いた。
とぼとぼと。
泣きながら。
時折、叫びながら。
あたしのすぐ脇を、車がものすごい勢いで通りすぎていった。
もう少しで撥ねられるところだった。
もしも撥ねられていたら……あたしが生きてても死んでても……
誰もあたしを見つけてくれない。
誰もあたしを助けてくれない。