とられた
月乃が出ていって何日も経って、あたしは寂しくて耐えられなくなって、仕方なく自分の家に戻った。
家に着いたのは、ちょうど夕食の時間だった。
ママは台所に居た。
あたしはママのすぐ側に立って、けれど声をかけられなかった。
食事の支度ができて、パパとあたしの名前が呼ばれた。
あたしはグッときて泣きそうになった。
あたしが居なくなってても、あたしが居た時の癖が抜けないんだなって思った。
だけど、感動したのはここまでだった。
あたしの席に、あたしではない人が居た。
彼女はあたしのように振る舞っていた。
パパもママも、あたしではない透明人間を、あたしの名前で呼んでいた。
ああ、さすが、子役ってのも女優なんだなって思った。
声はもともと似ていたけれど、それだけじゃなくて、言葉遣いとか話すテンポみたいなのの真似方が見事で……
しかも、あたしが言いそうで言わないイイコな発言を、絶妙なところで心得ていて……
なんていうか……
あたしを除く三人の会話は、理想の家族そのものだった。
あたしの前では頼りないだけだったパパが、あの子に対しては頼れる感じで優しくて。
あたしには冷たいことばかり言ってたママも、言うことの一つ一つが正しくて。
家出のこと、透明化のこと、怒られるとか嘆かれるとか、あたしが怖がってためらってたものを、全て済ませた後みたいだった。
あたしに残された居場所は、誰も居ないおじいちゃんの家だけ。
その場所に帰ろうと、泣きながら駅まで歩きながら、あたしは、月乃の主演映画を観てやろうと思った。
この時までは、月乃のことを勝手に調べちゃいけないような気がしていたから。
いざレンタルショップに行ってみたら、どこも貸出し中だった。
何件目かで、ちょうどあたしの目の前で返却されたての一本を、いかにもバカっぽいカップルが借りていった。
あたしは二人にくっついて、勝手に車に乗り込んで、勝手に家に上がり込んだ。
このカップルは、月乃のファンでもなければ映画好きってわけでもなくて、ただ月乃失踪のワイドショーを観て興味を持っただけみたいだった。
映画の内容は……
月乃が演じる少女は、家族と東南アジアを旅行中に誘拐され、現地の子供達とともに人身売買にかけられる。
月乃を買ったのは、日本の大手製薬会社。
目的は、人体実験に使うため。
研究員は、癌を消滅させる薬を作ろうとしていた。
それは、病気に苦しむ人々を救うためでも、お金や名誉のためでもなくて、研究員自身を治療するためだった。
そのために異国の子供達をたくさん犠牲にしてきた。
月乃は実験をやめるように訴えるけど、日本語をしゃべって日本人だとバレたせいで却ってヤバイってなって、口封じで殺されてしまう。
結果、できあがった薬は、癌細胞が透明になって目に見えなくなるってだけで、癌がなくなるわけではなかった。
失意の中、研究員は、残されたわずかな時間を家族とともに過ごそうと、長年疎遠になっていた娘のもとを訪れる。
ここで出てくる娘というのが、映画の冒頭でチラッと出てきただけの月乃の役の母親で、つまり月乃は研究員の実の孫でしたというオチだった。
実話をもとにしたフィクションって売り文句で、カップルは「どこまで本当なんだろうね?」と、始めのうちはキャッキャしながら見ていたけれど、次第に月乃の演技力にのめり込んでいった。
あたしは愕然とした。
研究員の孫娘。
月乃が演じたのは、あたしの役だったのだ。
この映画のために、何をどれだけ取材したのかは知らない。
あたしはこうして生きてるし、映画のキャラともまるで違う性格。
あの映画は間違いなくフィクション。
ただ、月乃は、あたしのおじいちゃんのことを知っていた。
家出した月乃があたしのおじいちゃんの家に入り込んだのは、偶然なんかではなかった。
カップルのカレシがDVDの電源を切った。
テレビの画面にニュースキャスターの顔が映って、殺人事件が起きたと告げた。
殺されたのは、今観た映画のプロデューサー。
噂では……あくまでウワサでは、月乃のママの枕営業の相手……
現場は相当不可解な状況だったらしい。
目撃者のインタビューが流れた。
『透明人間の仕業としか思えない』
番組のコメンテーターは『犯人は小柄だから見えなかったんじゃないですかァ? 例えば子供だとかァ』と、ドヤ顔で、でもはっきりとは言わないで、月乃が犯人だという空気を作ろうとしていた。
とても馬鹿馬鹿しくて、とても胸が痛んだ。
月乃を助けたいと思った。
あんなことをしてしまう前に月乃を助けられなかったのが悔しかった。
今からでも月乃のために何かできることはないかと考えた。
そして気づいた。
月乃は今、あたしになってる。
なら、月乃の代わりに捕まるのは、あたし?