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はしゃぎ終わった

 おじいちゃんの家に戻って、まっすぐお風呂場に駆け込んで、あたしと月乃は二人一緒にシャワーを浴びた。

 体が暖まったらまたテンションが上がってきて、お互いの体に石鹸を塗り合ってキャッキャと笑った。

 石鹸の泡がキラキラふわふわ、月乃の体を伝って流れて月乃の形を浮き上がらせて、妖精が本当に居るのならきっとこんな感じだと思った。

 お風呂場から出て、玄関の据え置き電話に留守電が入っているのに気がついた。

 メッセージは三件。

 一件目は、パパからだった。

 もしも聞いているならすぐに返事をよこすように。

 六時までに家に帰ってこなければ警察に連絡する。

 確かそんな内容だった。

 時計を見たら、とっくに八時を過ぎていた。

 二件目もパパから。

 言ってることは一件目とほとんど同じで、変わっるのは一ヵ所だけ。

 七時までに帰ってこなければ……

 三件目では「八時までに」になっていた。

 パパはいつもそうだ。

 優柔不断で、ことなかれ主義。

 あたしとママがケンカをしてても見て見ぬフリ。

 終わるのを黙って待っているだけ。

 中断はあっても終わりなんてないのに。

 電話機の画面を良く見たら、発信元があたしのスマホになっていた。

 サイアクだって思った。

 勢いで家を飛び出して、スマホをランドセルに入れたまま置いてきてしまったから。

 きっとパパは、あのスマホに登録してあるあたしの友達にも、片っ端から電話をかけて回ってる。

 あたしはおじいちゃんの電話の受話器を取って、非通知であたしのスマホにかけた。

 パパは最初の呼び出し音が鳴ってるうちに出た。

 後ろで水の音がした。

 サイアクの上にもう一つサイアクが乗っかってきた。

 パパはあたしのスマホをトイレに持ち込んでいたのだ。

 あたしはひとしきりパパを怒鳴りつけた。

 今夜は友達のところに泊まる。

 これ以上あたしのスマホに触ったら死んでやる。

 そんな風にわめき散らして、あたしは受話器をガチャンと叩きつけた。

 月乃があたしに、地下室に来るよう促した。

 落ち着いた穏やかな声だったけど、感情を隠しているような気がした。

 あたしは月乃があたしのことをどんな風に思っているのか気になった。

 さっきのパパとのやり取りを聞いて、恐い子とか悪い子とか思ったかな、って。

 月乃の表情が見えないのが、もどかしかった。

 おじいちゃんの地下室は、昼間に比べて涼しく感じた。

 透明人間になれる薬は、二人で一回使ってオシマイ。

 もう残っていない。

 元の姿に戻る薬も、グラス二つに注ぎ分けてお仕舞い。

 どちらも多分、大人一人分にいくらか余裕を持たせたぐらいの量だったんだろうなと思う。

 月乃はまだ元に戻りたくないみたいだった。

 あたしは自分が抱えたイライラを、そのまま月乃にぶつけてしまった。

「早く帰らないと月乃のスマホも月乃のパパにメチャクチャされちゃうよ!」

 月乃のパパは、離婚していて、家に居ない。

 月乃のママは、月乃がスマホを持つことを許してくれない。

 それを聞いてもあたしは自分の気持ちを押しつけるばかりで、月乃と一緒じゃないのが嫌で、月乃に無理やり「わかった」って言わせた。

 それどころじゃない大きな事情を月乃が抱えて、それを言わずにいたなんて、この時のあたしは考えもしなかった。

 乾杯をして、あたしはイライラを飲み干すみたいに一気に薬をあおった。

 すぐに自分の手を見たけれど透明なままだった。

 元に戻るのには少し時間がかかるのかな、と、この時はそれぐらいにしか考えなかった。

 唇をぬぐって月乃の方を見ると、月乃のグラスは空中でピタリと止まったままで、薬は一口も減っていなかった。

 明日になったら飲むって言って、月乃はグラスにラップをかけた。

 あたしと月乃はおじいちゃんのタンスからぶかぶかのパジャマを引っ張り出した。

 月乃はやっぱり赤いのを選んだ。

 下着は、なくても今更、気にならなかった。

 あたし達は二人で一つのベッドで眠った。

 朝が来たら、月乃だけが透明なまま、あたしは元の家に戻る。

 そうなることを疑わなかった。

 夜が明けても、あたしは透明人間のままだった。

 どうしたらいいのか。

 待つ以外はどうにもできない。

 少しあせったけど、きっと待ってれば薬の効果が出てくるはず。

 月乃がコンビニに朝ごはんを盗みに出かけて、あたしはいつ元に戻るかわからないので留守番してた。

 昼食も夕食もそうして過ごした。

 夕食の後で、パパに電話をかけた。

 こっちは寂しさと気まずさと心細さでいっぱいだったっていうのに、パパの無神経に根掘り葉掘り訊いてくる態度は結局あたしをカッとさせて、あたしは前の日と同じように受話器をたたきつけた。

 寝る前に月乃に、月乃の分の薬を飲むように言われた。

 月乃は本当に本気でこのままずっと透明人間でいるつもりだって……

 あたしは少しためらったけど、月乃がそういうならって感じで、それをもらった。

 そうして訪れた三日目は、二日目と何も変わらなかった。

 あたしは透明なままで、月乃が食べ物を盗ってきて、パパに電話してケンカして……

 寝る前にもう一度、地下室に下りて、おじいちゃんの日記を読み返した。

 あたしにはチンプンカンプンだった。

 月乃はいきなり泣き出した。

 見落としていた記述があった。

 元の姿に戻る薬は、量が少しでも足りないと効果が出ない。

 薬は空気に弱くって、瓶を開けたらすぐに使わないと効果を失う。

 日記にはそう書いてあった。

 月乃は、自分が日記をちゃんと読まなかったせいだって言って泣きじゃくった。

 あたしは、わざとじゃないんだし月乃は悪くないって言った。

 いつからだろう。

 わざとだったんじゃないかって疑い出したのは。


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