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はしゃぎたかった

 道路に踏み出し、アスファルトの熱さにビックリして、慌てて玄関に戻って靴をはいた。

 もう一度、外に出て、あたし達は手を繋いで走り出した。

 駅に向かって角を曲がった道の先に、チワワを連れたおじさんが居た。

 おじさんは目を丸くしてこちらを見て、あたし達の緊張した顔でも、こわばった裸の体でもなく、靴ばっかりをじっと見ていた。

 チワワがうなり声を上げていた。

 おじさんはあたし達の靴を遠巻きに眺めながら、曲がり角の奥の方を覗き込んだ。

 誰かがイタズラをして靴を投げたと思ったみたいだった。

 もちろん角の向こうには誰も居ない。

 あたしはおじさんの背中をトンッと押してみた。

 大した力じゃなかったのに、おじさんはひっくり返りそうになった。

 慌てふためいて振り返っても、おじさんの目に映るのはチワワだけ。

 チワワの前足でおじさんの背中になんて届くわけないのに、おじさんはチワワをまじまじと見つめた。

 チワワも不思議そうにしてた。

 あたしと月乃は声を上げて笑った。

 おじさんとチワワは震え上がって、お互いに相手を引きずるようにして逃げていった。

 あたし達は止まらなくなった。

 ママのことなんてどうでも良くなっていた。

 もっとおもしろいことを求めて、もっと大勢の人を驚かしたくて、あたしと月乃は商店街に駆け込んだ。

 真夏の真昼の日差しの中で、商店街は賑わっていた。

 靴だけが歩いているのに気づく人なんてほとんど居なかったし、居ても黙って目をこすったり、見てる方が自分がおかしくなったって思っちゃってるみたいだった。

 小さな子供があたしの靴を指差しながら母親の手を引っ張ったけど、母親は子供の示す先を見ようともせずに子供を連れて去っていった。

 何だかうちのママみたいだった。

 あたしはちょっとイライラして、ちょうどすれ違った人の帽子を掴んで投げた。

 あたし達はますます止まらなくなって、道行く人々をわざと突き飛ばしながら商店街を駆け抜けた。

 たどり着いた広場で噴水が夏の日差しを受けてキラめいてるのがとてもキレイで、それにとっても暑かったので、あたし達は噴水の縁に靴を脱ぎ捨てて、本当は入っちゃいけない噴水の水の中に飛び込んで、転げ回った。

 水が冷たくて気持ち良かった。

 不自然な水しぶきに大人達は、心霊だの、機械の故障だのと大騒ぎ。

 小さな男の子があたしの靴に気づいて手を伸ばしてきたので、あたしはその子よりも早く靴の片方を掴んで、遠くへ思い切りぶん投げた。

 あたしのと月乃の、二足で四つ。

 あたしが笑い転げてる間に、残りの三つを月乃が投げ散らかした。

 不意にお腹が鳴ったので、日陰のあまり熱くないタイルを素足で伝って商店街を物色して、あたしは生まれて初めて泥棒をした。

 サンドイッチやアイスクリームを、防犯カメラの真ん前で食い散らかしてみせた。

 洋服屋にも入った。

 月乃と繋いでいた手が外れて、ちょっと慌てた。

 呼んでもなかなか答えなくって、もしかして月乃は、今度はあたしを驚かすつもりなのかなって思った。

 でも月乃は、そんなのよりももっと楽しいことを企んでいた。

 試着室のカーテンがバッと開いて、真っ赤なワンピースが空中に躍り出た。

「見て見て! 似合う? うふふふふっ!」

 無人のワンピースがクルクル回って、スカートの裾がフワリと広がった。

 あたしは、月乃があんな血みたいな色の服を選んだことに驚いていた。

 すぐ側に、もっと月乃に似合いそうな、白いレースやピンクの花柄の服がいくらでもあったのに。

 クルクル……クルクル……

 回るワンピースに見とれていたら、店員がワンピースに飛びついた。

 若い男性店員の手が、わざとそこを触ったわけじゃあないだろうけど赤いワンピースの胸を掴み、勢い余って頭からスカートのひだの中に倒れ込んで……闘牛士に騙された牛のように、一人虚しく引っくり返った。

 空っぽのワンピースが床に広がって、月乃の笑い声がケラケラと響いた。

 月乃はワンピースを着ていたのではなく、手に持って操っていたのだ。

 あたしが月乃に呼びかけると、月乃は近くに吊るしてあったジーンズの裾を持ち上げて合図した。

 あたしはジーンズを伝って、月乃と手を繋ぎ直した。

 遊び疲れてお腹がいっぱいになるまで盗み食いもしつくして、そろそろ帰ろうってなって商店街の出口に立って、夕刻の冷たい風に吹かれてあたしは急に不安になった。

「もしも家に着く前に、薬の効き目が切れてしまったらどうしよう」

 そうつぶやいたのは、あたしだったか、月乃だったか……

 どちらにしても、二人とも同時に同じように考えて、裸で裸足のあたし達は、昼間の熱の残るアスファルトの上を震えながら走り出した。


『楽しかったのは、この時までだったね』


 画面の中の寂しげな月乃を、あたしはキッと睨みつけた。

 楽しかったのは……

 あたしは、確かに、この時がピークだった。

 けれど月乃は……

 アレが楽しんでやったことだったのかどうかなんて、考えたくもない。


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