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居候  作者: 椋原紺
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 住宅街の裏手に、森林の茂った標高三百メートルほどの山があった。その山の中腹には平安時代から伝わる由緒正しき神社があって、神聖かつ厳かな雰囲気を醸し出していた。

 その神社を突き抜けて竹林を通り過ぎると、一面が原っぱの小高い丘に出る。小学生の頃、遠足で何度か訪れた事のある場所だった。

 




 私達はその丘の端にそびえていた大木の下に腰掛け、日陰に涼んでいた。周囲を遮るものは何もない。雲一つ無いお天気だったから、隅から隅まで眼下に広がる街並みを見渡せた。近くで見ると見上げなければならない建造物も、ここから見れば矮小な粒にしか過ぎない。何もかもが小さく思えて、巨人にでもなった気分だ。

「綺麗だね」

 ふっと心に湧き出た感想が言葉に出ていた。隣に腰掛けていたセナが手を握り直し、そうだねと呟いた。

「でも、どうしてわざわざこんな所に?」

「今朝、たまたま見つけてね。綺麗だったから莉奈にも見せてあげたいなって思ったの」

「なにそれ」

 らしくないなと思い、私は吹き出してしまった。が、セナは何も言わず、ただじっと目下の景色を眺めていた。その横顔が凜々しくて、思わず笑いを飲み込んでしまった。

 耳鳴りのように油蝉の鳴き声が反響し、からっと乾いた真夏の風が吹く度に、足元に映っている大木の影がちらちらと揺らめいている。私達は特に言葉を交わす事なく、ただぼうっと物思いに耽るように景色を眺め続けていた。繋いでいるセナの手に、自分の心拍数が伝わらないかと気が気でなかった。

 ちらり、ちらりとセナを横目で盗む。木陰のせいで表情が見えにくい。でも、艶のある切り揃えられた黒髪といい、遠い彼方を眺める瞳といい、首から肩にかけての曲線といい。全てが麗しく、愛おしく見えた。

 まただ。またセナの事を見ていると、胸が痛んで仕方ない。常時、という訳ではない。口うるさく我が儘言い放題している時のセナは、ただのまどろっこしい女の子としか見えないのに、今のように押し黙ったり服を着替えたりしている、つまり自然体でいるような時は必ず心臓が高鳴った。まるでセナが二人いるみたいだった。






「莉奈。飲み物欲しくない?」

 セナが思い立ったように私の方を見た。

「それより、ご飯食べるんじゃなかったの」

「あーそういやそうだった。近くにお店とかないのかなぁ。あーお腹空いたー」

 セナが背後に寝転び、大きく伸びをした。さっきまで喉渇いてたんじゃなかったのか、あんたは。

 お店、お店、お店ねぇ。そんな事より、さっさと家に帰った方が無駄に食費を使わなくて済む。早く帰ろう、とセナに言いかけた瞬間、すっと頭の隙間から何かが横切ってきた。

 そういえば、この山の麓に喫茶店があったような・・・・・・。

 覚束ない記憶。どこから湧いてきたのだろうか。忘れようにも、忘れられない気持ちの悪さ。

「・・・・・・実は、麺類に飽きてきたんだよねー」

 胡麻をするような顔で、セナが上目遣いで見てきた。

「この近くに、喫茶店があったような気がするんだけど・・・・・・」

「おーいいじゃん! そこにしようよ!」

 セナは上機嫌になって私の腕を引っ張ったが、私は半ば信じられなかった。

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