5
「ああっ! ご、ごめん」
反射的に扉を閉めた。何焦ってるんだろう、同性の娘の裸なんだし。でも、セナの裸体――――程よく引き締まった体躯と、シルクのように張りのある色白な肌を滑り落ちていく水滴――――が、絶えず脳裏でフラッシュバックしていて、私の心拍数を加速させた。
普通に人間の体だった。ただ、それだけなのに。喉の奥が潤いを求めてやまない。
「えっと・・・・・・タオルの場所を聞きたかったんだけど」
セナが困った風に笑った。
「・・・・・・タオルは、洗面台の隣にある引き出しの中」
「あーあった、ありがと莉奈」
「どう、いたしまして」
胸が詰まったように痛む、不思議な感覚。扉を隔てた先で、体を拭くセナがいる。息苦しい。変だ、私。どうかしてる。
「なんか、ごめんね。間が悪かったというか・・・・・・ああ、私は全然気にしてないから」
「うん、こっちこそ・・・・・・ごめん」
急に脱衣所から笑いが起きた。
「な、なに?」
「や、何でもない。思い出し笑い」
「なにそれ」
つられて私も笑った。セナのお陰で少し気が楽になった。次第に動悸が収まっていくの感じながら、深い息を吐いた。
寝る場所は別々にしてほしいと頼んだ。
セナは不服そうにしていたが、これできっと良いのだ。セナに近づきすぎちゃいけないんだと、本能が感じ取っていた。ある程度距離を置かないと、あっちのペースに引きずり込まれてしまう。
人懐っこくてちょっとうざかったりするけど、それくらいが人見知りの私にとっては丁度良くて、可愛げがあって愛くるしい。表情がコロコロ変わって、天真爛漫な子供そのものだ。彼女は本能で生きていて、私にはきっと真似できない。
だけど、ウェットめいたミステリアスな所が見え隠れして(それが宇宙人たる所以なのかもしれないけど)、油断したらそのギャップにはまってしまいそうだった。大人なのに、子供。宇宙人なのに、人間。セナという存在は、実に不可思議だ。
それに、あの身体。今もまだべったりと頭の片隅にこべりついている。腕も、脚も、腰回り、胸元、首筋。全て綺麗だった。特別スタイルが良い訳でもないのに、胸が痛んだ。理由が分からない。第六感が反応したとしか思えなかった。
布団を被り直して、頭を振った。どうして、セナの事が頭から離れないのだろう。あの浴室での一件があってから、頭が変になったみたいだった。今までにこんな経験をした事が無い。やっぱりおかしい。セナとは今日会ったばかりなのに、なぜこんなに惹かれるのだろうか、前世で深い縁でもあったのか・・・・・・。
セナは一体、何者なんだろう。
真夜中の薄闇にぼんやり浮かぶ白い天井の壁を、ただじっと私は見つめていた。家中が静まりかえっていて、逆に目が冴える。一向に寝付けそうに無かった。
セナは右隣の部屋で寝ていた。どこでも使って良いと言うと、セナはその部屋を指名した。八畳半ほどの物置部屋で周囲を家具で固められているが、布団を敷くくらいのスペースはあった。しかし、どうしてわざわざあの部屋で寝たいと言ったのだろうか。どうでもいい事のようには思えなかった。
私はベッドから這い出ると、静かに自室を出た。トイレへ行ったように見せかけ、物置部屋の前で様子を窺った。
―――――静かだ。ひっそりしている。まるで、人里離れた森林の早朝みたい。
悪いとは思いながらも、私は部屋の扉に手を掛けてそっと開いた。首を伸ばして、中を覗く―――――誰もいない。先ほど、押し入れから運び出した布団が野放しにされているだけで、そこにセナの寝顔はなかった。
どこに行ったの。
私は扉を閉め、居間へと踵を返した。足音を忍ばせ、そっと近づく。電気は点いていないし、人の気配もしない。念のために中へ入って調べてみたが、やはりセナの姿は見当たらなかった。
「セナ」
心持ち大きな声で呼びかけてみる。しかし、返事はない。水を打ったように室内は沈黙している。急に寒気がしてきた。セナ、セナ。歩き回りながら声を掛けるが、全く反応がない。嫌な胸を騒がせる。
そうだ、玄関に戻ろう。靴があるかどうか。
私は居間を出て、廊下を早歩きで進む。玄関には靴が三足。私の、父の、そして・・・・・・母の。
「莉奈」
「わあっ!」
私は飛び上がって躓きそうになった。振り返ると、目の前にはセナが立っていた。彼女の着ている淡い水色の寝間着は、替えの服を持っていなかったから先刻私が貸したものだ。
確かに、セナだ。私はほっと胸をなで下ろした。
「良かった・・・・・・いなくなっちゃったかと思った」
「私、どこにもいかないよ」
「居候、だから?」
「そっ」
「でも、宇宙船が直ったら帰るんでしょ?」
そう言うと、セナは顔を綻ばせ、うん、まぁね、と申し訳なさそうに笑う。えも言われぬ悲しみが、瞼の裏に潜んでいるように見えた。
「ねぇ、セナ」
「うん?」
「あなた・・・・・・一体誰なの」
沈黙が流れた。セナは丸くて大きな目を瞬かせ、暫く桜色の唇をきゅっと結んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「ずっと言ってるじゃん。私は宇宙人だって」