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居候  作者: 椋原紺
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 宇宙人との夕食は、思っていた以上にあっさりと終わった。口からおびただしい数の触手が伸びてきて捕食して口まで運んだり、はたまた箸の使い方が分からずに手で食べるかも知れない、などと密かに楽しみにしていたけど、実に平凡だった。箸で麺を摘まみ、口へと流し込む。一連の動作にたどたどしさがなく、むしろ手慣れてるようであった。聞く所によると、セナのいた星でも箸に似たような者を使って食べる習慣があるのだそうだ。そういや最初に出会った時も、私が買っておいたコンビニの素麺を難なく食べていた。

 なるほど。確かに納得はしたが、どこか腑に落ちないというか、裏切られた気分だ。知れば知るほど、セナは宇宙人らしくない宇宙人である。

「なに、私の方じっと見て」

 私の宿題に取り組んでいたセナが怪訝そうに訊いてきた。私は洗い物をしていたのだが、セナの事を考えていたせいなのか、いつの間にか手が止まっていたらしい。

「ちょっと考え事」

「ははーん。さては、乙女チックな恋のお悩みかな」

 セナが茶化したので、私は無視して食器洗いに没頭した。

「うーん。でも、莉奈は今気になる男性はいないのか――――現実には」

 手が滑ってコップを落としそうになった。心臓が高鳴っている。セナはどや顔で私の方を得意げに見ていた。

「そっから先、聞きたい?」

「いや、もういいから」

 漫画の主人公が好きだなんて、やはりロクではない。しかもその趣味を他人に透視されるなどもってのほかだ。体が熱くて堪らなかった。

 やっぱり、セナは人間ではない。人並み外れた予知能力を持っている。だけど、どこか違う。宇宙人というよりは超能力者に近い。何というか、人間寄りなのだ。

 あーもう。くよくよ悩むのは、私の性には合わない。セナも言ってたじゃないか。宇宙人と言う事は二人だけの秘密、お互いの詮索はしないって。困ってる人を泊めているだけ、ただそれだけなんだから。

 居間の方から無機質なアラームが響いた。「何か鳴ってるよ」と、セナの声が飛んだ。恐らく、バスタブの湯が沸いたのだろう。そう説明すると、セナは目の色を変えた。

「お風呂なんて聞いたことない! 面白そう!」

「え、じゃあいつも体とか洗ってないわけ」

「自分では洗わないけど、機械が勝手にやってくるの。カプセルの中に入れば、蒸気やら洗剤が勝手に出てきて綺麗にしてくれるし、私はその間寝ていればおっけー」

「・・・・・・洗車みたいだね」

 想像すると、ひどく滑稽に思えた。進んだ社会が決して居心地の良い未来とは限らないのかもしれない。結局の所、私の住む世界とセナの住む世界は違うのだ。

「ねーねー。折角だから一緒に入ろうよ!」

 セナがとんでもない事を提案したので、私は即座に頭を振った。

「やだ、絶対やだ」

「えーいいじゃん別に。女の子同士なんだからさ」

 セナの体が寄りかかってきて、腕を絡ませる。同性とはいえ昔からベタベタされるのが苦手な私は、やや強引に腕を振り払った。

「初対面の人間・・・・・・じゃない、宇宙人とは無理」

「でも、やり方とかわかんないしさ、近くにいてよ」

 私は介護士かよとつっこみたくなったが、言われてみればそうだなとさすがに折れた。







 脚が浴槽に沈む音の後、あっつ、という驚いた声が浴室を隔てる扉越しにも響いた。

「湯加減はどう?」

「んー・・・・・・相変わらず熱いけど、だんだん気持ちよくなってきたかも」

「そっ、良かった」

 セナが動く度に、ぽちゃんぽちゃんと湯の滴る音が聞こえてくる。それがいやに艶めかしい響きを持っていて、何か悪い事をしている気分になった。私の寄りかかっている扉の向こうに、裸体の女性が湯に浸かっている。セナは特別美少女ってわけじゃなかったけど、整った可愛らしい外見だし、余計に変な気分にさせる。出来ることなら即刻この場から離れたいけど、セナを一人にするのも可哀想。どっちつかずのまま、私は扉を背にして座り込むしかできずに時間だけが過ぎていた。

 ふわふわ、ふわふわと一向に落ち着かない。気を紛らわせようと、私はポケットから携帯を取り出した。メールが一件、送り主は温泉旅行に出かけている母からだった。

『莉奈、元気にしてる? こっちは楽しんでるよ。退院早々、家を空けて何かと面倒をかけてごめんね。何かあったら連絡くださいね』

 すぐにセナの事が思い浮かんだが、何も問題ありません。こっちは気にせずゆっくりして、と送ってしまった。今朝、空港まで見送りに行って家に帰ってくると宇宙人がいました、なんて知らせてしまえば折角の二人旅が台無しだ。

 それに、「退院早々」だなんて母は心配性すぎる。もう退院して二週間経つし、私自身その事を忘れかけていた。

 二週間前。私は登校途中に赤信号で突っ込んできた車に轢かれ、病院へかつぎ込まれた。とはいえ、脚や腕を骨折したわけでも肋骨が折れたわけでもなく、幸い軽傷で済んだ。ただ頭を強く打ったから、念のために入院しただけだ。周囲は殊更騒ぎ立てたけど、平穏無事だった当人にとっては逆に興ざめてしまって、どうでも良いことだと思っていた。だから、きっと忘れかけていたんだ。

 いや。でも、それだけじゃない。私はあの日のことを、実は今でもはっきりと思い出せないでいる。





「莉奈」

 はっと我に返った。続け様に、セナは私の名前を連呼していた。何かあったのだろうか。

「どうかした?」

 私が扉を開けて脱衣所に入ると、生まれたままの姿でいるセナが目の前にいた。

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