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居候  作者: 椋原紺
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 外に出ると、蜩の悲しげな鳴き声が聞こえてきた。夕陽が西方に連なる山々の影へと沈みゆく所で、空は薄黒く燃えているように見えた。自転車を引っ張り出して漕ぎ出すと、夏の夜風が頬をさらって気持ち良い。

 やっと一人きりになれた。落ち着いて考えてみると、今、自分はとんでもない状況も出くわしているんだなと痛感した。突然自分の家に上がり込んできたのが実は宇宙人の女の子で、しかも宇宙船が直るまで一つ屋根の下で過ごさないといけないとは。今思えば、なんで引き受けちゃったんだろうと後悔が立った。家に帰れば、またあのお転婆娘が待っている。そう考えると若干気が滅入って、帰りは本屋にでも寄り道しようかなとぼんやり思いながら、ペダルを踏んでいた。

 近場のスーパーマーケット「スマイル次郎」は、家から自転車で十分圏内の所にある。国道から住宅街に入る道の角に店を構えている。一階層しかなくて平たく横に広い作りで、駐車スペースもほどほどにある。食品や日用品が大方網羅されているので、駅前のショッピングモールに行くまでもなく買い物はここで済ませられる。今は頻繁に利用しなくなったが、幼い頃は友達と遊ぶ時の集合場所にしたり、何かと重用していた記憶がある。

 店の入り口前に設けられている駐輪スペースに自転車を停めて、私は店内に入った。入ると直ぐ、スーパー特有の青魚や野菜の入り交じった何とも言えない濃厚な香りが鼻をつく。店内は主婦や仕事帰りのサラリーマン達で賑わっていた。

 カートを押しながら、適数のカップ麺と二リットルの水を入れた。他の食品にも目移りしたが、あの食費だけで三日分の二人の食事代を賄おうとするならこれしか手が無かった。いや、普通に安価な食材を買い込んで野菜炒めなり、うどんなり、何かと方法があるのでは無いかと思われるかも知れない。でも、手料理なんて時間がかかるだけだし、おまけに面倒だ。断じて料理ができない訳ではない。そう、断じて。







「ただいまー」

 レジ袋を両手に提げて帰宅した頃には、もう七時を回っていた。居間に入ると、セナがソファに横たわりテレビを見ている。彼女の手前にあるテーブルの上には先ほど私の託した夏の宿題の山があったが、私が買い物に出かける前とちっとも様子が変わっていない。

「あ、おかえり」

 思い出したように、セナは体を反転させて私を見上げた。

「おかえり・・・・・・じゃない。何くつろいでんだよ。宿題は?」

「あーそれねぇ」

 シャツから見える脇腹を掻きながら、セナは欠伸した。

「全然内容が分からなくてさー」

「そんなの答え見て映せば良いんだよ。ほら、巻末にあるから」

 私が引っ張り出して見せると、セナは不服そうな顔で、「ダメだよ。ずるしちゃ」とか、やけに高尚な事を語った。

「じゃあ言わせてもらうけど、あんたのやってる事は不法侵入に、脅迫して宿泊と食事を要求。ずるって説明しても、警察のお偉いさんは納得できるかな」

「はいはい、すいませんでした」

「ちゃんと反省してる?」

「深く反省しておりまーす」

 さっさと話を切り上げると、セナは私からレジ袋を引ったくって中身を取りだした。薄いセロファンに包装されたカップ麺達がごろんとテーブルの上に投げ出された。

「これ・・・・・・?」

「そう。お湯を使うだけで誰でも簡単に作れる、地球の誇る立派な食品」

「ふうん」

 おそらく初めて目にするのだろう。セナは不思議そうにパッケージを見比べていた。そして、ある一つの銘柄を手にして固まった。

 緑を主体にしたパッケージが特徴的で、お揚げの入ったうどんである。驚くほど美味しいわけではないが、無難な味なので私は嫌いじゃなかった。

「それ食べる?」

 答える代わりに、セナは黙って頷いた。まるで、何も知らない幼い子供が小動物を見つけて観察しているみたいだな。ああやっていると、こっちも和むんだけど。

 私は湯を沸かしに台所へ立った。

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