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「ごめんね。全部、私が悪かったんだね」
ぎゅっと抱き締めてやると、セナの体は思った以上にすんなりと受け入れてくれた。胸の辺りが熱く湿っていくのも、分かった。
だったらいっそ言って欲しい。私はあなたの妹だって、米田瀬奈だって。
「ねぇ、もう一度答えて」
私はセナを体から離し、目を見つめた。
「あなたは、誰なの」
「私は・・・・・・」
セナは肩を竦めてしばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。充血した瞳の脇には涙の雫が今にもこぼれ落ちようとしていた。それでも、その視線は強く訴えかけていた。答えはもう、決まっていると。
「私は――――」
* * * * * * * * * * * * * * * *
「ほら、朝ご飯よー」
そんな声がした気がした。ベッドから体を起こし、寝ぼけ眼で時計を見た。八時・・・・・・十分。急に眠気が飛んでいった。
「え、なんでこんな時間!?」
急いで服を脱ぎながら制服に着替え、部屋を出る。猛ダッシュで食卓に着いてトーストを頬張りながら制服のボタンを止めた。
「こら、なんて事してるの女の子が!」
「ほにゅあ、ほごほご」
「食べながらじゃ、何て言ってるか聞こえないわよ」
母は苦笑してお弁当の包みを結んでいた。
「これ、あの娘の分。忘れていっちゃったみたいだから」
「えー!」
面倒だったけど、渋々受け取って玄関へと駆け足で向かった。
「いってきまーす!」
勢いよくドアを開け、自転車に跨がって玄関から飛び出ようとすると、
「わっ!」と、急に背後から声がした。
私はバランスを崩しながらも、何とか立て直した。しかし、口に挟んでいたトーストは反動で地面に落ちた。
「わ、私の朝食が・・・・・・」
「驚いた?」
ふふふっ、と笑みを浮かべるショートボブの女の娘。私のよく知っている女の子だった。
「・・・・・・あんた、わざとでしょ」
「毎日寝坊するお姉ちゃんのためを思って、私は"わざと"忘れたふりをしてるんだよ」
「なーにがわざとだよ」
こいつめ、ただ嫌がらせをしたかったくせに。私はお弁当を突き出すと、その娘はありがとうと嫌みたらしく言って受け取った。
「それにさ、その"お姉ちゃん"って言うのをやめなよ。セナ」
私が不機嫌そうに言うと、セナはにやっと笑った。
「えーいいじゃん? ね、お姉ちゃん」
「―――――セナが実は宇宙人で、宇宙船が直るまで私の妹になりきって生活してるって言いふらしてやろうか」
「別にいいけど、誰も信じないと思うよそんな話」
セナは惚けた風に言った。「記憶を改ざんさせてもらったし、皆、最初から莉奈に妹がいるって信じ切ってるから」
それに、と付け加えて、「宇宙人がいるだなんて、頭がおかしいとしか思われないよ」
私は溜息をついた。こいつの宇宙船っていつ直るんだろうな。そういや宇宙船の在処なんて、今まで一度も聞いた事も見たこともない。何かそんな話を昔していたような気がするような、しないような・・・・・・ダメだ、思い出そうとしても後一歩の所で分かんない。まさか、これも記憶改ざん?
そう考えると、背筋がぞくっとした。
「というか、もう急がないと間に合わないと思うんだけど・・・・・・」セナが神妙そうに言った。
「げ、そうだった。ほら早くいこ」
私がそう言うと、セナは満面の笑みを浮かべて頷いた。こういう時だけ妙に良い顔するんだよな、セナって。
「ね、帰りに"いつもの場所"寄らない?」
「知るか、それより今は急ぐの!」
私達は冗談を言い合いながら、並んで自転車を漕いでいった。本当に世話の焼ける妹――――居候だ。




