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それから程なくして莉奈は退院になった。頭部を強く打った以外に、目立った外傷が見られなかったからだった。でも、私の記憶はどうしてだか一向に戻らなかった。
お母さんが昔のアルバムを持ち出してきて私の写真を見せたり、お父さんが私と莉奈の昔話を話してくれたりもしたけど、莉奈は申し訳なさそうに首を横に振り続けた。それを見るのが嫌で、私は少しずつ莉奈を避けるようになっていた。
また、一番厄介だったのが、一日ごとに私の事を忘れているという事だった。つまり、お父さんやお母さんに言われてから初めて私を妹と認識する。誰かが瀬奈は妹なんだと言わない限り、私は常に赤の他人のままだった。
そして、莉奈の中で作り込まれた"米田瀬奈"という妹は、砂の城が風化したり波に飲み込まれてただの無尽の砂に戻るように、明日になれば莉奈の記憶から綺麗さっぱり忘れ去られていた。
夏休みが始まる頃には、お父さんもお母さんも次第に何も言わなくなっていた。私が影で泣いていたのを辛く思ったのかもしれない。それに、私の事を忘れている他は元の莉奈と何ら変わらなかったし、日常生活にも支障はなかった。
――――――ただ、妹のいない一人っ子の米田莉奈に生まれ変わっただけなのだから。
ご飯の時間も、私は自分の部屋に籠もって一人で食べるようになっていた。廊下から漏れる莉奈の笑い声を聞くと、無性に胸が痛んで涙が止まらなかった。
でも、これは自分への罰なんだと言い聞かせた。莉奈が私の事を本気で想っていたのに、無下にしてしまったから。踏みにじってしまったから。当然の報いなんだ、って。
そうでもしないと、自分が自分でなくなってしまいそうだった。
その頃から神社へお参りに行くのが習慣になっていた。お願いします。どうか莉奈の記憶を蘇らせて、私のお姉ちゃんに戻させてください、お願いします。そう心の中で何度も暗唱して、祈るように手を合わせた。
これまで十四年間生きてきて神様に頼った事なんてお正月くらいしかなかった。莉奈が絶対いるんだって言い張っていたサンタクロースの存在だって、子供の時から薄々勘づいていた私だ。神様なんて当然信じなかった。だけど、毎日毎日通った。雨が降っても通った。嘘でも良かったのかもしれない。神様がいてもいなくても、関係なかったのかも知れない。
ただ、胸に付きまとうこの罪悪感から解き放たれるのであれば、私は何だってする。莉奈のためなら何でもする。だからどうか――――
「どうか莉奈の記憶を蘇らせて、私のお姉ちゃんに戻させてください」
* * * * * * * * * * * * * * * *
その日、私は莉奈が部活へ行った間を見計らい、部屋の掃除をしていた。棚の整理をしていると、偶然棚の奥に挟まっている見知らぬ漫画を見つけた。
「何だろう、これ」
表紙を見る限り少女漫画のようだったが、見覚えがありそうでなかった。後ろのページを見ると、カラーペンで「米田りな」と署名されている。
あ、もしかして。私は咄嗟に思い出した。これ、昔に莉奈から借りていた漫画だ。懐かしい。ぺらぺらとページをめくると、どうやらヒロインの彼氏候補は宇宙からやってきた美少年だった。莉奈って昔からこういうの好きだよね。
くすっと笑えてすぐに、雷にでも打たれたみたいに妙案が舞い降りてきた。
宇宙人・・・・・・。そうだ、この手があった。たまたま閃いたにしては、我ながら巧妙な作戦に思えた。
記憶を取り戻す事ができないなら、新しい記憶を作ればいいんだ。




