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居候  作者: 椋原紺
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 それからというもの、私達はどことなくぎこちない関係になってしまった。早朝、食卓で顔を合わせても気軽におはようと言えない。目が合ったら目線を逸らして、脇へと去って行く。食卓でも、言葉を交わせなかった。席が隣同士で、いつもなら楽しく会話して笑い合えるのに、今はまるで二人の間を頑丈な壁で仕切られてるみたいに、通じ合わなくなっていた。

 何か言わなきゃ。頭では分かってるのに、なかなか口に出せなかった。そうこうしているうちにもう一週間も経つ。私達は幼い頃から滅多に喧嘩らしい喧嘩をした事がなかった。いつも笑顔が絶えなかった。私が泣きそうになったら、いつも莉奈が譲ってくれた。おやつのクッキーも、ブランコの順番も、みんなみんな、助けてくれた。

 どうしたの、大丈夫だよ、って私を気遣ってくれる。そんな莉奈―――――姉が好きだった。信じ切っていた。だから、一線を越えたくなかった。

 時折、姉の向けてくる目線が普通でないと意識はしていた。じっと、何かに取り憑かれたように見入るのだ。それは、例えば私がご飯を食べているとき、テレビを見て笑っているとき、相談事を打ち明けているとき。突然、降ってくるのだ。とろんとした瞳で、私を見つめる。

 その度、私は笑って誤魔化したけど、特別な視線である事も薄々分かっていた。







「今度の日曜、いつもの所でお茶しない?」

 先に壁を飛び越えたのは莉奈の方だった。いつもの所、というのは山を越えた隣町にある喫茶店の事だ。あの店を最初に見つけたのは私で、莉奈に勧めたら案外気に入った。それからというもの、二人だけの秘密基地になっていたのだ。

「うん。いいよ」

 莉奈はほっとした顔になって、「じゃあ、明日でもいい?」と訊いてきた。二つ返事で了承した。もう大丈夫だと思ったからだった。

 でも、今思えば私の思い違いだったのかもしれない。







 次の日、外は雨が降っていた。嫌な天気。梅雨に入ったからか、ここのところ雨ばっかりで気が失せる。傘を差して山道を通り抜け、隣町にある喫茶店へと歩いて行った。

 莉奈はその日部活の練習があったから、現地で落ち合うことになっていた。私は先に店に入って珈琲を頼んで待ってたのに、莉奈は一向に姿を現さなかった。約束の時間を過ぎても来る気配すらない。痺れを切らし、幾度となく電話を掛けてみたけど、一向に繋がらずに全て留守電に回された。

 何よ、もう。自分から言い出したくせに。置いてけぼりを食らったのはむかついたけど、正直に言えば莉奈が来なくて内心ほっとしていた。二人っきりになっても昔みたいに何気なく会話できるか、不安だったから。

 一時間ほど待っても全く進展がないので仕方なく家に帰ると、青ざめた顔の母と出くわした。一瞬で、何か良くないことが起こったんだと察知した。





「莉奈がね、車にはねられたみたいなの」





 一瞬、足元が揺らいだ。えっ、今なんて。そう聞き返そうとしたのに声が出てこなかった。頭の中にどんよりとした雲が立ちこめて、上手く思考回路が伝達しない。もう何も考えられなかった。

 母の運転する車に乗せられ、至急莉奈が搬送された病院へと向かった。車内でも、私は居ても立ってもいられなかった。意味もないのに、今すぐ車から出て走りたかった。一秒でも早く駆けつけたかった。もし莉奈に何かあったら、と考えると、息が詰まった―――――きっと、私のせいだ。私があんな約束をしたから。いや、私が莉奈の答えに首を振ったから。

 頻りに胸が痛んだ。この終わりなき罪悪感から、早く解き放たれたかった。

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