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セナは思い出し笑いをするように、突然腹を抱えて笑い出した。
「面白い事言うね。そんな証拠なんて」
「あるよ」
莉奈は小脇から分厚い冊子を取りだした。どうやらアルバムのようだった。
「これ。私の小さい頃の写真がたくさん載ってるアルバム。長い間見てなかったけど、さっき見つけたの。セナの泊まっていたこの部屋で」
そう説明すると、莉奈はぺらぺらとページを捲り始めた。可愛らしい赤ちゃんのソロ写真がページを埋め尽くす。次第に揺りかごで眠る姿から、廊下を這い出すようになり、両親の手に引かれながら歩いていく姿が見られた。人形のような柔らかい髪、あどけない仕草、可愛さの滲み出る衣服から女の子だと分かる。
「これは私だよ。懐かしい・・・・・・」
感嘆の息を漏らしながら、とあるページで莉奈はぱったり手を止めた。
そのページの中央には、一枚の写真が差しこまれていた。父、母、そして幼稚園児ほどの莉奈に囲まれるようにして映る揺りかご。その中には、莉奈とよく似た赤ちゃんがすやすやと指を丸めて眠っていた。
「で、ここからね。私とは違うもう一人の赤ちゃんが出てくるの」
莉奈は再びアルバムを捲りだした。莉奈が怖々赤ちゃんに触れ、一緒に積み木で遊ぶようになり、次第に二人は成長していく。
最後のページには、入学式というプラカードが下がった校門の前で、莉奈ともう一人の成長した赤ちゃんが、同じ制服を着てピースしている。両脇を彩る桜の木から、祝福するような花弁の雨が降り注ぐ。
二人の胸には色違いの名札が提げられている。一つは水色、一つは桃色で造花が添えられていた。それぞれ、よねだりな、よねだせな、と平仮名で書かれていた。
「知らない」
セナは表情一つ変える事なく、淡々と述べた。
莉奈は暫く黙っていたが、やがて立ち上がり、部屋の中を彷徨き始めた。
「さっき、どうしてこの家に入ったの?」
「どうしてって、それは・・・・・・」
「宇宙の神秘?」
茶化すように笑ってから、莉奈がセナのパンツのポケットに手を伸ばした。セナは反射的に避けようとしたが、それでも莉奈は強引にある物を抜き取った。先が尖っていて、ノコギリを思わせる形状の金属体。
「違うよね。これは鍵、私も同じ物を持っている」
そう言って、莉奈は小脇から別の――――しかしセナが持っていたのと全く同じ形をした――――鍵を取りだし、両方をセナの前に突き出した。二つの鍵が隣り合って並んでいると、全く判別がつかない。
「これをどうしてセナが持っているのか。簡単だよ。私の妹、家族だから。スペアキーを持っているのは何ら不思議じゃない」
それだけじゃない、と莉奈は立て続けに舌を回した。
「この部屋。私が倉庫だと思っていたこの部屋には、至る所に米田瀬奈の私物がある」
莉奈は向かい側の勉強机の方へ歩み寄った。ブックスタンドには教科書や参考書が並んでいる。莉奈はその中から一冊引っ張り出した。中学化学Ⅲ。おそらく、中学校の化学の教科書と思われるその裏面には、油性ペンで持ち主の名前がくっきり記されてあった。
米田瀬奈。
続いて、莉奈は引き出しを開けた。中には大学ノートがびっしりと詰まっている。適当に数冊取り出すと、それらの表紙には先ほどの教科書同様、「米田瀬奈」と、しっかり署名が施されていた。
「それでも、別人って言い張るの」
セナは何も答えなかった。怒っているとも、哀しんでいるともとれるような表情で、莉奈をまんじりと見つめていた。放っておいたら、何時間でもその状態のまま佇んでいると思わせるくらいの、頑なな強情さが窺えた。




