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セナは自分が宇宙人だと語ったが、見た目は日本人女性そのものであった。宇宙人というのはグレイ的な薄気味悪い怪物だと勝手に思っていたので少し拍子抜けしたのだが、彼女は確かに地球人離れしている能力を持っていた。それが、透視能力やら予知能力である。
私が居間に寝転がって再放送されていた刑事ドラマを何気なく見ている時だった。
「あーこの人が犯人だよ、間違いない。動機は自分の妻が寝取られたから。殺害に使ったナイフは屋根裏に隠してある・・・・・・」
などと、セナが自らの推測を誇らしく語るので、鬱陶しくていい加減に聞いていたのだが、面白いようにセナの予言通りの展開になった。犯人の男は刑事に崖まで追い詰めると、セナの語っていたとおりの供述をした。
「ほらね。私は何でも見えるの。宇宙人だから」
そう得意げに笑って、セナはカップアイスを一口頬張った。美味しい、と笑うその姿からは、どこにでも居そうな少女しか連想されない。この外見だけを見たとしたら、誰がこの娘を宇宙人だなんて信じるだろうか・・・・・・。先ほどは認めたけど、正直半信半疑だった。
「えーっと、あんたは宇宙船で来たって言ってたよね?」
「あんたじゃなくて、セナだよ。セ・ナ」
テレビがよほど気に入ったのか、セナは画面に食い入ったまま訂正を促した。
「その・・・・・・宇宙船ってのはどこにあるわけ? ちょっと見てみたいなーと思ったんだけど」
セナは私の方を振り返り、じっと見つめていたが、やがてまた視線をテレビに戻した。
「機密事項だから、いくら莉奈のお願いといっても見せられないなー。もし莉奈が宇宙船を撮って、それをこの星中にばらまくかもしれないでしょ? そうなったら、私は星屑になって永遠に宇宙空間を漂う事になっちゃう」
「ふうん。そっか」
「莉奈」
やけに深刻なトーンで、セナが私の顔をのぞき込んでいる。畏まった心地になって、どうしたの、とこちらも真面目に返すしかなかった。
「私が宇宙人だって事は、他の人には話さないで欲しい。二人だけの秘密にして。宇宙船が直ったら素直に帰るから、それまではお互い干渉なし。約束してくれる?」
つぶらな瞳は、まるで主人の帰りを従順に待つ子犬みたいに見えた。自分が思っているよりも、セナは悪いヤツじゃないのかもしれない・・・・・・宇宙人だけど。
「分かった。約束する」
すると、セナはぱあっと顔をほころばせ、「そ・れ・よ・り、お腹空いた!なんか食べ物ないのー莉奈」と、甘えた声を出して強請ってきた。前言撤回。やっぱり我が儘な世間知らずのおてんば娘にしか思えない。
ちょっと待って、とセナに言い残し、私は台所の奥に向かった。
昨日の夜から両親が夫婦水入らずの三泊四日旅行に出かけているから、当分は一人で過ごすことになっていた。その間の食費を前もって貰っていたけど、まさか二人分になるだなんて想定していなかった。
冷蔵庫の隣にあるラックの箱の中に、食費の入っている茶封筒が隠されている。私は茶封筒を開いて中を覗いた。樋口さんが一人と野口さんが一人・・・・・・。ため息をつかずには居られない。折角一人っきりの夕食を満喫しようと思ったのに、これじゃ到底足りっこない。
そんな内情など知る由もないセナは、相変わらずお気楽な調子で様子を伺いに来た。
「どうしたの? 眉が引きつってるよ」
あんたが原因だよ、とでも言ってやろうかと思ったが、すんでの所で何とか止まった。
「地球の食べ物は口に合わないと思うから、セナの分はいらないよね」
「ううん。凄く美味しいよ。私、気に入ったかも」
ふふふ、と笑う無邪気な横顔を無性につまんでやりたくで仕方が無い。
「確かに居候してもいいとは言ったけど、食事の面倒までみるとは言ってないし」
「えーやだよ。お腹空いたぁ」
駄々をこねる子供みたいに、なかなかセナは引き下がらない。頬をぷくっと膨らませ、口を尖らせている。
「そう言われてもなぁ・・・・・・」
「お願い! ねぇー何でもするからさぁ。頼むよー」
袖をぐいぐい引っ張られるのがまどろっこしくて、半ばやけくそに私は渋々了承した。
「分かった、分かったってば。その代わり、私の宿題手伝ってよ」
そう言うと、セナはきょとんと居座って、「宿題? 何それ」と、怪訝そうな顔になった。
「あーそっか、分かんないだよね」
ついセナが宇宙人であった事を忘れてしまう。そもそも、宇宙では夏休みなんてものが存在するだろうか。実物を見せた方が早いな、と私は一旦自室へ引き返し、つい先日学校で配布されたテキスト、プリント類一式を持って居間に戻った。
「はい、これ全部」
どさっと机の上に置くと、平積みにされた夏の宿題が高層ビルのように見えた。セナが呆気にとられた顔で、「え、これ全部?」と、思わず聞き返した。
「いつも溜め込んじゃって困るんだよね。でも、今年は丁度適任者が来てくれて助かったわ」
「いやーさすがにこの量は・・・・・・」
「何でもするって言ったじゃん」
「まぁそうだけども――」
「ほら、宇宙の最先端のテクノロジーを駆使すれば、こんなの楽勝でしょ? 居候期間中までに全部終わらせてね」
当てつけだ、とセナが恨み言を呟いたが、私はにこにこ笑いながら聞こえない振りを決め込んだ。少し胸の内にあった靄が晴れた気がする。まぁ、急に押しかけられたんだし、これくらいやってもらってもバチは当たらないでしょ。
私は留守番をセナに頼み、近場のスーパーへ出かけた。