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山の中腹まで来ると、あの神社に差し掛かる。セナは鳥居を潜って境内へと進んで行った。私も続こうと思ったのだが、一面に敷き詰められた砂利が厄介で、躊躇われた。鳥居に身を隠しながら、セナを見張ることにした。
この辺に宇宙船を隠しているのだろうか。そう思えばやけに緊張してきて、喉が鳴った。
雨の降り注ぐ神社はとても神秘的に見えた。竹林や森林、社殿の屋根に雨が打ちつけ、水しぶきが舞う。それらが薄い靄になって境内を覆っていた。ここなら宇宙船どころか、神様が舞い降りてきても何ら不思議ではない、実に神聖な場所だ。
私は額から流れる雨粒を拭いながら、目を凝らした。セナは社の前に立ち、じっとしている。
しかし、五分ほど経ってもまだ動かない。傘に隠れているせいで、セナが何をやっているのか見えなかった。見えるのはデニムのショートに、色白の太腿と、水色の皮製ミュール。
「・・・・・・何やってるんだろ」
思わず独り言を呟いてしまった。ここからじゃ傘が邪魔でセナの様子が窺えない。私は近づいてみる事にした。砂利を踏んでしまうとばれるだろうし、神社の端に生えていた木々の道を行くことにした。
しかし、私はすぐに後悔した。木々の後ろはちょっとした崖になっていて、底が果てしなく深く、口を開けて獲物を待っているように見えた。おまけにこの豪雨のせいでぬかるんで滑りやすい地面だ。足を取られたら生きては帰れないな、と警戒を払って進んだ。
途中、地面に落ちていた枝を二三本ほど踏んでぱきっと折ってしまった。気付かれたろうかと焦ったのだけど、セナは相変わらず田畑に備え付けられたかかしの如く、静かに佇んだままだった。ほっと胸をなで下ろし、先を急いだ。
ようやく拝殿の近くまでやって来た。だんだんとセナの横顔が見えてくる。セナは手を合わせ、器用に傘を肩にかけ、深々と項垂れているようだった。
参拝、お祈り事をしているように見えた。だけど、待って。宇宙人であるセナが地球の、それも日本の伝統的作法を知っているはずがない。それとも、これも予知能力の賜物なのだろうか。初っぱなから日本語が話せたのも、人知を遥かに超越した能力で、全てを理解していたからなのかもしれない。
しかし、いずれにせよ、宇宙船を直しているようには思えない。第一、宇宙船など、どこにもなかった。
「・・・・・・します・・・・・・きお・・・・・・」
雨音にかき消されてはいるが、セナの声が途切れ途切れ聞こえてきた。唇を頻りに動かし、呪文でも唱えているようだ。私は目を閉じ、耳を澄ませた。
すると、豪雨の雑音の中に、セナの声が鮮明に浮かび上がった。
「――――お願いします、どうか莉奈の――――」
今、なんて・・・・・・?
私は暫く雨に打たれながら、何も考えられなかった。セナの呟いていた言葉の意味を探ろうにも、上手く頭が回らない。
困惑している私に、さらに追い打ちを掛けるようにして不運な出来事が起こった。セナが私を見つけてしまったのだ。セナは信じられないといった顔をして唇を戦慄かせた。
「・・・・・・え、なんで」
黄色の傘が力なく地面に転がった。セナが一歩、二歩と近づいてくる。
「来ないで」
私がそう言うと、セナはぴたりと足を止めた。私も、セナも、雨に打たれて髪を濡らしながら、言葉を失っていた。セナは怯えているのか、怖い顔をしたまま硬直し、体を震わせていた。
隙を見計らい、私は境内の砂利の上を走り出した。待って、とセナの声が飛んできたけれど、振り向く余裕などなかった。
私は、とんだ勘違いをしていたのかもしれない。もし、私の考えが当たっていたら・・・・・・。
だとしたら、時間が足りない。今すぐに家へ帰らなきゃダメだ。




