15
早朝。目が覚めると、やはりセナの姿はなかった。体を起こすと、頭に鈍い痛みがある。それに、腰付近にずっしり重みを感じた。寝ぼけ眼で立ち上がると同時に、私のベットにもう一つ枕があるのを見た。
その瞬間、昨日何があったのかを鮮明に思い出した。私、セナと・・・・・・。ダメだ。翌日だと、恥ずかしくて死にそうだ。この場にセナがいなくて本当に良かった。羞恥で首をつりかねない。
「莉奈。今日はありがとね」
真っ暗の部屋で、私とセナは枕を重ねて一つの布団を掛けていた。顔を傾けると、すぐ側にセナの横顔があった。
「私も。ありがとうセナ」
そう言って頬に口づけると、セナは天井を見たまま微笑んだ。綺麗だ。胸の内側が愛を渇望し、切なくなる。私はまたキスしたい欲望に駆られたけど、この横顔をもう少し眺めていたいという願望の方が勝った。
――――この時間が永遠に続けば良いのに。
「ずっと、一緒にいてくれる」
「うん」
セナはそれっきり何も言わなかった。分かってる。セナにはセナの都合がある。そんな事は叶わないと分かっている。だけど、たとえ嘘でもこうして約束してくれた事が心から嬉しかった。
私もセナと同じように、天井を見上げた。暗闇に目が慣れてきて、月の光がうっすらと窓から差し込んでいるのが見える。薄い群青色の光は幻想的で、まるで夢の中にいるみたいだった。
セナの手が私の手に触れた。互いに指を絡め合い、固く結ぶ。どうか、神様。この夢を覚まさないで。
部活の最中は終始上の空だった。ラリーを続けていても、頭の中はセナの事ばかりで、シャトルに気が回らない。イージーミスを連発し、度々顧問の先生に注意された。だけど、その時でさえも、耳に入ってくる御託は全て脳内でセナの言葉に変換された。
昨日の今日で集中しろという方が酷だと思う。
「今日大丈夫? 熱でもあるの?」
練習の合間、理佳子が気遣って話しかけてくれた。額に乗せられた手の温もりも、セナのものとは別だ。
「平気平気。きっと、今日はダメな日なんだよ。理佳子だってあるでしょ、何やっても上手くいかない日とかって」
「アノ日?」
「違う、そうじゃなくて」
「まぁ、それくらいならいいけどさ。昨日用事があるっていってたし、莉奈が無理してるんじゃないかなって」
「無理だなんて、そんな・・・・・・」
そうだった。理佳子には嘘の用事を教えてしまっていたんだ。話題をさっさと変えようと、必死に頭の中から言葉を探し出す。
「えーっとその・・・・・・あ、そうだ。もし宇宙人が」
「宇宙人?」
しまった、と思った時には遅かった。ずっとセナの事を考えていたせいか、口に出たのは宇宙人の事だった。
理佳子が不審な様子で私をじろじろ見ている。今更なんでもないとは言えない雰囲気だ。ええいままよ、と私は話を続けた。
「――――そう。もしね、理佳子の所に宇宙人がやってきたらさ、どうする?」
理佳子は暫し苦笑して返答に迷っていた。
「どうするって・・・・・・そもそも、どうしてこんな話」
「いいからいいから。心理テストみたいなヤツだから」
うーんと唸り、「そうだなぁ、私なら」と言葉を繋いだ。
「私なら、とりあえず逃げるかな。もしくは、戦う」
戦うと答えた理佳子の妙に決まった顔がおかしくて、私は吹き出してしまった。
「でも、相手は戦う意志がないかも」
「例えそうだとしても、怖いしなぁ。見た目がグロそうだし、話し合いしたくても言葉が通じないだろうし」
「言葉・・・・・・」
盲点だった。今まで殊更思った事はなかったが、確かに初対面で言葉が通じないと考えるのは自然だ。
そういえば、セナは最初から日本語を話していた。どうしてなんだろう。地球の言語、それに世界公用語とはとても言えないような日本語を、どうしてマスターできたのか。それもまた、宇宙人的な能力なのだろうか。
「あ、雨だ」
理佳子の声につられ、私は開きっぱなしの通路口から外の様子を窺った。空には重苦しい雲が漂い、駐輪場のトタン屋根を打つ雨音が次第に大きくなる。昨日までの晴れ間が嘘のようで、湿った風が体育館の中へ吹き込んでくるのを受け止めながら陰鬱な気分に晒された。




