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しかし、そんな心配も杞憂に終わった。私の記憶通り、山を下ると確かに喫茶店があったのだ。古風めいた、昔ながらの喫茶店といった出で立ちだった。
だが、この喫茶店は行きに使った道にはなかった。住宅街とは丁度山を挟んで反対側にある港街に通じる方の道で、滅多に使わない。
どうしてこんな場所を知ってるんだろう・・・・・・。心当たりのある根拠がないので、大方デジャヴか何かだろうと自分に言い聞かせた。
店内に入って早々、冷房の恩恵を被った。先ほどまでぎらついた太陽の下を歩いていたのだから、大変心地良かった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席に」
カウンターに立っていた店員が声を掛けてきた。お昼過ぎだったからか、客足もピークは過ぎていて、まばらに散らばっている。私達は窓際の二人席へ腰かけた。
店内をぐるりと見回す。漆塗りの木製の床に、窓は格子状のステンドグラス。至る所にガラス細工の小物や陶芸品が飾られていて、壁には海を背景に佇む女を描いた油絵が一枚、掛けられていた。
私、前にここに来たことがある・・・・・・。確信は持てないが、さっきよりも既視感は強かった。
「うーん迷うなー」
セナは注文票と睨めっこしていた。何を頼めばいいの、と見せてくる。宇宙人だから喫茶店に入った事が無いのだろう。または、喫茶店の注文し辛さは銀河を越える普遍的なものなのかもしれない。
「私が頼んであげるよ」
と、私は注文票を取り上げた。そんなに高価な物を注文されては困る。
店員を呼び、エスプレッソとメニューの中で一番安かったエッグトーストを二つずつ頼んだ。注文をするだけでも、セナの事がおおっぴらにならないかと頻りに気を揉んでいた。
注文を反復し、ようやっと離れてくれると思ったのも束の間。店員は去り際に微笑みながら、
「今日はお友達を連れてらっしゃるんですね」
と気さくに話しかけてきた。
私は頭が真っ白になった。店員の言葉がスープに浮いている具みたいに、頭の上を漂っている。今日は・・・・・・って、どういう意味?
私が答え倦ねていると、横からセナが身を乗り出した。
「お友達じゃなくて、私―――」
「いや、その・・・・・・この娘は親戚なんです」
セナの口に手を押しつけながら、私はなんとか弁明した。
「あらそう。仲が良いのね。ゆっくりしていってね」
上品に笑みを浮かべながら、店員は去って行った。
「莉奈、今のって――――いたっ!」
セナの足を踏んづけ、ぎろっと睨んでやった。
「勝手に喋らないの。正体がばれると大変でしょ」
「ごめんごめん。分かったから踏むのなし!」
お冷を一口飲んで、椅子にもたれ掛かった。脳裏にはずっとあの言葉が流れている。今日はお友達を連れてらっしゃるんですね。
今日は、って事は、私は過去にこの店に・・・・・・いや、顔見知りだったとしたら常連客だったのだろうか。それも、大方一人で来ていたらしい。
でも・・・・・・ダメだ。やっぱり思い出せない。この店の内装を見た時に何となく一度来た覚えはあったけど、それがいつの事なのかさっぱり思い出せない。
後であの店員さんに訊いてみよう。ひょっとすれば、誰かと私を見間違えているのかもしれないし、もしかしたら、この疑問を解決してくれるかもしれない。




