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ぽっかり口を開いた、という表現があるが、今の私を一言で表すには実に相応しい表現だと思う。漫画みたいなお話だが、本当の話だ。私はそれほどまでに驚いた。おったまげた。
「・・・・・・・・・・・・」
目が合った。先ほどまでずるずると小気味よく素麺を啜っていた娘が、ぴたっと口に素麺をくわえながら箸を止めていた。肩で切り揃えられたセミショートの黒髪、丸くてつぶらな愛嬌のある目と、子犬みたいな鼻。半袖のTシャツにショートパンツといった出で立ち。年は十五、十六といった所だろうが、外見や仕草からは年齢以上の幼さを感じる。何か、母性本能を擽られるような可愛さを兼ね備えているのだ。
しかし、手放しで褒めている訳にはいかない。重大な問題が生じていた。
「だ、誰・・・・・・?」
私は恐る恐る尋ねた。まるで、お化け屋敷の中を歩くみたいな、そんな雰囲気である。勝手に人の家に上がり込んで、呑気に素麺啜ってやがる見知らぬ娘は一体誰なんだ。しかもそれ、私の素麺なのに!
娘は急きも騒ぎもせず、残りの素麺を平らげて麦茶を流し込んだ後、静かに口を開いた。
「聞いて驚かないでね――――私は、宇宙人」
「うちゅ・・・・・・え?」
「宇宙人。聞こえなかった?」
こいつ、正気じゃねぇ!
私が反応できずにいるのを見かねたように、宇宙人を名乗る娘はぺちゃくちゃと語り始めた。
「実に不運な出来事に見舞われてね。私の乗っていた宇宙船が飛行中にトラブルを起こして、仕方なくこの星に降りついたんだ。生憎、食料も残っていなかったから、適当な家を探し出して拝借しようと思ったのだけれど・・・・・・実に不運だ」
そこまで言い終えると、娘は席を立ち、パンツのポケットから銀色の銃を取りだした。
「この銃は私の星で生産されている特注品でね。撃つと、あんたの体は忽ち灰になって散る」
呆れた。不法侵入、物色、その次は口封じのために脅し。急に興ざめてきて、「そろそろ冗談はよしないと、警察に通報するよ」と冷たく言った。
「あ、さては信じてないな?」
「私はねぇ、自分の目で見たモノじゃないと信じないタチなの。宇宙人なんて生まれて十七年間一度も見たことないし、これからもないの」
「――――米田、莉奈」
「えっ」
私は思わず息を飲んだ。自称宇宙人の娘は不適な笑みを浮かべた。
「あんたの名前。ははーん。何でも見える、見える」
「・・・・・・表札か、どっかに書いてあるの見たんでしょ」
心臓が激しく鼓動しているのが嫌でも分かった。ひょっとして、知り合いなのかも。宇宙人なんて、いるわけ・・・・・・ないんだし。
「年齢は十七歳。生年月日は六月十五日、血液型はA型。高校は西山第一高校に通っていて、成績はそこそこといったとこかな。え、あんたバトミントン部に入ってんだ。えーっと・・・・・・スリーサイズは上から」
「ストップ!」
私は手を広げ、言葉を制した。「もういい、もう十分だから」
「じゃあ、信じてくれるの?」
私はこくりと小さく頷いた。認めたくないが、初対面の人間に自分の個人情報を意図も容易く語られたのは初めてだった。実際に見てしまったのだから、信じるしかない・・・・・・認めたくはないが。
憎たらしい笑顔を振りまきながら、宇宙人の娘は「じゃあ、これからもよろしくね」と握手を求めてきた。
「宇宙船が直るまでここに居候する事に決めたから」
「や、ちょ、ちょっと待った。私の拒否権は」
その瞬間、宇宙人の女が銃を構えて、私は反射的に息を飲んでしまった。
「逆らうなら・・・・・・」
「わ、分かった。どうにかする」
「そっ、物わかりのある人で良かった。私はセナ、改めてよろしくね莉奈」
けろっとした顔でセナは言った。その切り替えの速さに、私は恐怖を抱かずにはいられなかった。とんでもない奴が来た。これからどうなるのか、正直考えたくない。
こうして、私の一生忘れられない奇妙な夏休みが幕を開けたのだった。