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沸騰

#6「沸騰」カルロス・アラガキ

バルベルデ共和国/ルット・デ・エスペロ県/オーラ・オーンド草原

2031年2月11日

#6「沸騰」カルロス・アラガキ、オスカル・エンリケ・マエムラ

バルベルデ共和国/ルット・デ・エスペロ県/オーラ・オーンド草原

2031年2月11日


 絶え間ない銃声、爆発音、叫び声、そして悲鳴が草原にこだまする。我々第410特務小隊「マローンガ・マニーコ」隊の上官、フェルナンド曹長がコルト・ガバメント拳銃を手に、隊員たちに指示を飛ばしている。

「モーティーギ! モーティーギ・フラーヴァ・シミーオイン!(殺せ!黄色いサルどもを殺すんだ!)」

 それに反応して、隊員たちも口々に叫ぶ。

「モートゥ! ヤパーナ!(死ね! 日本人どもめ!)」

「モーティーゴス・ヴィン・ティウーイン!(ぶっ殺してやる!)」

 その空気にどうしても慣れない私は、足取りもどこかためらいがちになる。そんな私に、フェルナンド曹長が檄を入れる。

「ネ・プロクラーストゥ、カルロス!(遅れるな、カルロス!)」


 私が陸軍に入隊したのは、愛国心のためでも、自分の能力を試したかったためでもなかった。ただ、そこに仕事があったから。


 私の曽祖父は、20世紀なかばに日本からバルベルデに開拓移民として渡ったあまたの日本人のうちのひとりだった。当時の日系移民とその子孫は、勤勉さと教育程度の高さから、南米諸国で「日本人は勤勉」「日本人は信用できる」という評価が定着していた。バルベルデ各地に日本人街が栄え、日本語のみでの生活が可能なほどであったという。その後、移民の間で日本語会話が衰退したのちも、子孫はバルベルデ社会の中枢へと入りこみ、日本とバルベルデの関係は地理的に遠く離れていても、非常に密接なものとなっていた。


 この構図が変わったのは、2015年以降の“大脱出”による世界各地への日本人拡散以後のことだ。「勤勉さよりも個人主義を尊重する当時の若年層が、日本人移民に対する評価をガタ落ちにした」と、よく日本人の間で語られるという。この言葉の真偽のほどは、私にはわからない。


 2011年3月11日生まれ――そう、「はじまりの日」生まれ――の私の幼少期は、かろうじて、日本人に対する風当たりは、未曾有の大震災を経験した民族に対する憐憫の念からか、腫れ物に触るような扱いであった。しかし、私が物心ついてからのバルベルデ社会は、私たち日系人に対して、決してやさしいものではなかった。

“大脱出”以後、多くの“親族”をかかえることになった私の家族だが、日系人ということによる就職差別は厳しく、まともな働き口といえば、コネを生かした公務員――もちろん、汚職まみれ――の道か、人間として最低限の待遇ではあるが、衣食住と給与が保障されている軍隊しかなかった。


 陸軍に入隊した後も、思い浮かびうるあらゆる差別を受け、やっとのことで軍曹まで昇進したのち、新たに結成される特務部隊の話が私たち日系人兵士にやってきた。話の真偽はわからなかったが、その部隊の待遇は原隊とは比べ物にならないほどの高待遇だった。家族を支えるためには、この話を断ることは、できなかった。


 特務部隊での訓練は、何もかもが原隊の訓練とは違った。基礎体力をつけること、いわゆる根性をつけることに重点が置かれる原隊のものとは違い、良く言えば非常に合理的そのもの、悪く言えば“効率的に殺す”訓練。しばしば怒鳴る年かさの上官に代わり、奇妙なライフルの構え方をする、“合衆国”から来たというヒゲ面のインストラクターが射撃訓練を担当した。あらゆる姿勢、あらゆるシチュエーションに備えて、確実に敵を殺す方法を、私たちは教え込まれた。


 6ヶ月後、我々は実戦に投入された。上官の説明では、作戦はバルベルデの反政府組織の一派「落日旅団ブリガード・デ・オプツィーオ・スーノ」の掃討作戦。敵はすでに政府要人までも手にかけ、バルベルデ北西部に位置するオーラ・オーンド草原の旧政府施設廃墟を本拠地とし、そこで頑強な抵抗を続けているという。ゲリラ戦術をとる彼らに対しては、旧態依然とした訓練を受けた正規軍では対応できず、我々第410特務小隊が投入されたという訳だ。


 背の高い草が生い茂る草原。草が不意に途切れ、轍が現れる。この車輪幅は、だいたいピックアップトラックくらいのサイズ――そう考えた刹那、腹に響くエンジン音が一帯に響き渡り、それに加えて重機関銃の掃射が始まる。悲鳴を上げて事切れる友軍兵士。

武装車両テクニカル!」

「伏せろ! 伏せろ! クソ野郎ども伏せろ!」

 頭上を重機関銃弾がかすめて飛ぶ。敵はピックアップトラックの荷台に据え付けた重機関銃で掃射を行っているようだ。伏せ体勢からの射撃も訓練されてはいるが、トラックの荷台の上にいる敵を狙うには分が悪い。

爆弾発射銃ランザグレナーダを使え! 射手、前へ!」

 小隊に配備されている爆弾発射銃が一斉にトラックに向けて放たれる。連続して起こる爆発。

 トラックごと敵兵を吹き飛ばす。炎上するトラック“だったもの”の周囲に、虫の息の敵兵と、敵兵“だったもの”が散乱する。

「武装車両撃破!」

「前進! 前進!」

 小隊はトラックの周囲を包囲する分隊と、敵本拠地の廃墟を狙う分隊に分かれる。私の分隊の分隊長、フェルナンドはトラック包囲に向かう。火薬の臭いと血の臭いの元に近づいていく。

 分隊が草むらを抜けた直後、敵兵の生き残りと遭遇、私も反射的に引き金を引く。崩れ落ちる敵兵。行動能力は奪ったが、致命傷ではなさそうだ。これならば早く止血を――。


 そう思うよりも早く、フェルナンドが拳銃を抜き、敵兵の頭部に2発撃ち込んだ。敵兵は一瞬ビクリと身体をはねさせ、二度と動かなくなった。

「なぜとどめを? 彼は無抵抗でした」

 分隊長に問う。

「わからないのか、カルロス?」

 怪訝な顔で聞き返す分隊長。

「部隊の顔ぶれを見てみろ。みな日系人だ。政府にとって、奴らも我々も同じ黄色いサルだ。奴らを皆殺しにすれば、我々は英雄だ。やっとバルベルデ人民として認められる」

「しかし……」

 続ける言葉に迷っていると、廃墟から何かの発射音が聞こえた。

「RPG(ロケット砲)!」

 吹き飛ぶ廃墟包囲部隊。

「彼らはもうダメだ、我々が廃墟も落とすぞ」


 訓練された通りに、戦術的な動きで廃墟に近づく。お互いに死角を作らないよう、射角をカバーしあう。廃墟で何か動くのを目にし、発砲しようと指を引き金にかけた瞬間、敵は先手を取って発砲してきた。腹の底にズシリと響く、重い発射音。

畜生メード!」

 弾はフェルナンドの肩をかすり、彼は拳銃を落とす。


 廃墟から出てきたのは、草原に場違いなスーツ姿の男。非常に大きな銀色の拳銃を、右手で片手撃ちしている。記憶が確かならば、イスラエル製の大口径自動拳銃。まともに食らえば頭ならはじけ飛ぶくらいの代物、先手を取って無力化すべく、右肩を打ち抜く。

 そのタイミングを見計らって、フェルナンドは男に飛びかかった。2人の激しい徒手格闘。この混戦では撃てない。

 男ははフェルナンドの腹部に後ろ回し蹴りを入れる。吹っ飛ぶフェルナンド。その隙をついて男は大口径拳銃を左手で拾った。女子供が撃てば肩が外れるとも言われる銃だが、この距離なら利き手でなくとも身体のどこかに当てるくらいはできるはずだ。私はライフルを男に対し構えなおす。

 男は不敵な笑いのまま話し始める。

「日系人狩りに日系人部隊を使うとはな。お前はバルベルデ生まれか? 震災移民か? 日本語は?」

明確な日本語。バルベルデ語か日本語か逡巡するが、片言の日本語で返す。

「お前に答えない。答えることはない」

拍手する男。笑顔を崩さない。

「結構。よく訓練された軍人だ。素晴らしい」

その間に、フェルナンドは姿勢を立て直すが、銃を撃てるまでには回復していないようだ。

「キーノ・ヴィ・ファーラス、カルロス! モーティーギ・リン!(何してるカルロス! 奴を殺せ!)」

 男の挑発的な態度にいらだちを感じながら、さらに日本語で続けて話しかける。

「お前たちのせいで我々までもが反乱者扱いだ! 日系人部隊は最前線で、泥や草にまみれ、血や火薬にまみれ、そして死んでいく!」

「それは非常に悲しい事だ。だが、お前はそれでバルベルデに忠誠を誓えるのか? 本当に?」

「黙れ!」

 ライフルを構え直す。この距離なら外しはしない! だが、男はそれに動じることなく続ける。

「我々に、劣悪な環境、劣悪な土地しか与えなかったバルベルデ。影でバルベルデと結託し、国民に『一獲千金の機会』と吹き込んで、バルベルデへの移民を奨励した日本。どちらの国も、私には許すことが出来ない」

「それは……」

「君にも経験があるだろう。日本人の血が入っているというだけで差別されたことが。2015年の大脱出以降、バルベルデ人民からは、我が物顔でバルベルデをのし歩く日本人たちと同一視され、劣等民として差別された思い出が。日本人からは、かつて日本を捨てて未開国に逃げた者たちの子孫として軽んじられた思い出が」

 フェルナンドは日本語を解しないようで茫然としている。

「キーノ・ヴィ・ファーラス! モーティーギ!(何してる! 殺せ!)」


「我々はバルベルデも、日本も許さない。我々が黄色いサルではなく、意志を持った弾丸だということを思い知らせてやろう。人の顔をした人狼どもに銀の弾丸を撃ち込むのだ」


私の心は、その言葉で決まった。


 ライフルをフェルナンドに向ける。

「キーオン・ヴィ・インテーンカス・ファーリ!?(何のつもりだ!?)」

「あなた、名前は?」

「オスカル。オスカル=エンリケ=マエムラだ」

 男も名乗りながら、拳銃をフェルナンドへと向ける。

「オスカル、あなたを信じてみる」


 私たちは決断的にトリガーを引き絞った。銃口が黄色い炎を舌なめずりする。鉛玉はフェルナンドに突き刺さった。


 フェルナンドの死亡で、小隊の最上位階級者は私になったため、作戦後の報告書で、私はマエムラの死を偽装して提出した。大きな戦果となった。内務省テロ事件の犯人が殺害されたとあっては、国民挙げての祝勝ムードがバルベルデに、そして日系人社会に漂った。


 そのムードの名残りの時期、私は軍を退役した。

 これで親族たちに残すものは残した。

 ここからは、自分の信じるものを突き詰める番だ。

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