感じる視線
しばらく経って、2人は喫茶店[Grazze]を出た。そして、その足で商店街を歩き回る。
「あのぬいぐるみ可愛い。あ、あのカバンも」
ショーウィンドウを眺めながら愛耶は次々と目に入るものを可愛いと褒める。
「そんなに気に入ったなら買えばいいじゃないか」
と、結斗は思ったが口にはしなかった。答えは分かっているからだ。前に訊いたとき、
「分かってないなぁ、ゆっくんは。こういうのは買わないで見てるから楽しいんだよ」
と言われた。
正直、見ているだけなら意味がないと結斗は思っているのだが、考え方は人それぞれだと、そう理解していた。それに、見ているだけでとても幸せそうな表情をする愛耶を見ていると、気にならなくなってしまうというのもあるのだが。
「そういや、愛耶、雑貨屋の方に行きたいとか言ってたけど、何か理由があるのか?」
結斗は思い出したように愛耶に問う。
「うん。ちょっと帽子みたいなのが欲しいなって思って」
「雑貨屋でそんなのが見つかるのか?」
「うん。あのお店はなぜか可愛い帽子がいくつかあるの」
「へぇ。ってことはもう狙いは付けてるってことか?」
「うん……大体はね。けど、自分で絞った中からゆっくんに決めてもらおうと思って……」
「俺が…?別にいいけど、何選んでも文句言うなよ?」
「うん、大丈夫。ゆっくんはセンスいいもん」
愛耶が結斗にプレッシャーをかけるようなことを言うから結斗は内心ドキドキだった。
「…ま、任せとけ」
けれど、卑怯なくらいにとびきりの笑顔でそう言われてしまっては下手なことを言えない結斗であった。そのまま2人は目的の雑貨屋に到着した。
その途中、結斗は自分たちを見つめる視線を感じていた。
ただ、愛耶と歩いているとよくこちらを、もっと言えば愛耶を見つめている視線を感じることがある。まぁ、愛耶は正直、かなり可愛い。だから周りの目を集めないはずないのだ。そして、いつもはそれとなく、結斗がプレッシャーを放って、そういった視線の持ち主を威嚇しているのだが、今回感じる視線はどちらかと言えば、愛耶ではなく自分を見つめるもののように結斗は思った。
しかも、その視線からは悪意のようなものは感じなかったし、さらに言えば善意すらも感じなかった。だから単なる「観察」のように感じ、結斗はその視線を無視することに決めた。
「ゆっくん、どうしたの?」
少しばかり周囲に意識を向けていたのに愛耶が気付き、訊ねてくる。
「ん?何でもないぞ。それよりとっとと店に入ろうぜ」
「……うん。そうだね」
結斗は適当に流して、店へと促す。愛耶はそんな結斗の様子を訝しむような表情を作っていたが、追及しても答えそうにはないと感じ、それ以上は何も訊かなかった。そして、そのまま店に入る。
結斗はもう一度、辺りを見渡す。そのとき、「少女」と目が合った、そんな気がした。だが、その少女はそのまま身を翻し、街中の喧騒に溶けて見えなくなってしまう。結斗は彼女のことが多少気にはなったが、あまり愛耶に気遣わせるのは悪いと感じ、愛耶に続いて店へと入った。
────このとき結斗は、自分を見ている別の視線に気付いてはいなかった。
「へぇ、この店ってこういう風になってたんだな」
店に入った結斗は、その印象を呟いていた。
「なんか、雑貨屋っていうよりはアクセサリーショップみたいな?」
「ああ、ゆっくんの言いたいこと分かるかも。ちゃんと雑貨品もおいてあるんだけど、可愛いアクセが多かったりするから」
愛耶も結斗に同意する。
「でも、店の外も店の中もなんだか落ち着いてて、女の子じゃなくても入りやすく感じるな。これだったら彼女とかへのプレゼントを選ぶのにも重宝がられそうだ」
「か、彼女………!?も、もしかして……で、でも訊いたらダメ…だよね」
結斗の何気ない一言は愛耶を何故か落ち込ませていた。
「ん?愛耶、どうかしたのか?」
結斗は愛耶の様子に気付いて声をかける。
「ううん、何でもない」
「そうか。で、狙ってんのはどの帽子なんだ?」
「えーっとね………これとこれとこれなんだけど」
結斗に訊かれ、店内を回りながらいくつか帽子を手にとって、結斗に見せる。
「この中からか…………だったらこれ、かな」
結斗が選んだのは、つばの広めな麦わら帽子。
「これからどんどん暑くなるし、これとワンピースとか着れば涼しげじゃないかとも思うぞ」
「うん。これにする」
愛耶は結斗の言葉を素直に受け入れ、即決する。
「じゃあ、私、買ってくるね」
愛耶はそう言って、レジに向かった。
「お、これは……」
愛耶が会計している間を手持ち無沙汰にし、店内を回る結斗の目にとまるものが。結斗はそれを手にとり自分もレジへと向かった。
「これください」
「プレゼント用に包みますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
店員は手際よく包装して、会計まで済ませる。
「ありがとうございました」
結斗は、包みを片手に愛耶を探して店内を回る。
「あ、ゆっくんいた。どこに行ってたの?」
愛耶を見つけると無言でその場を離れたことを逆に怒られてしまった。
「いや、待ってる間は暇だなと思って色々見てた」
「もう、ゆっくんいなかったから心配したよ?」
「悪かったって」
「……別に怒ってるわけじゃないからいいけど」
「じゃあ、帰るか。家まで送るぞ」
「本当に?ありがとう」
愛耶は満面の笑みを浮かべ、感謝する。2人はそのまま店を出て歩き出した。
「そうだ。明日の放課後は一緒に勉強だからね。忘れちゃダメだよ」
商店街を抜け、愛耶の家に向かって歩いていると、試験勉強のことで釘をさされる。
「あ、ああ。覚えてるよ。天地がひっくり返るようなことが無けりゃちゃんと勉強するって」
「ああ、楽しみだなぁ」
勉強ということで少しばかり憂鬱な上に、ノリノリな愛耶の様子に困惑気味の結斗とは対照的に、愛耶は心底幸せそうな表情を浮かべていた。そして、そんなこんな話をしている内に愛耶の家まで着いた。
「じゃあ明日ね」
愛耶は結斗に手を振って家の中へと入って行こうとする。
「あっ、愛耶ちょっと待って」
結斗は愛耶を止め、引き戻す。
「ん?何?」
愛耶は何故呼び止められたか分からず、頭に疑問符を浮かべていた。
「さっきの店でこれ見付けたからさ」
そう言って差し出したのは先ほど買っていたプレゼント。
「えっ、もしかしてくれるの?」
愛耶は嬉しさよりもまず驚きが先立って、思わず聞き返してしまう。
「バカ、そう言ってんじゃんかよ」
正直、プレゼントなんて恥ずかしすぎるために、結斗は多少ぶっきらぼうな感じで愛耶の言葉に答える。
「そ、そうだよね。でもいいの?」
プレゼントが突然過ぎたのか、それでも愛耶はすんなり受け取ろうとしない。
「何がだよ」
「だって、プレゼントしてもらうようなこと何もしてないし……」
「別に大したもんじゃないし、理由も大したことねぇよ。単に、勉強教えてもらうだけじゃ申し訳ないからな。そのお礼だよ」
「でも、それは明日のことだし……」
「だから言ったろ?たまたまさっきの店で見付けたんだって。良さげなもんが目に入ったから買っただけだよ。変に気にしたりすんなよ?」
「うん、分かった。ありがと」
愛耶はようやく素直に受け取った。
「じゃあ帰るから。また明日な」
「うん!」
結斗は、愛耶が家に入って、扉が閉まるところまで見届けてその場を離れる。
「……今は、6時か。まだ時間あるな。まぁ、早く着いて困ることもないけど、荷物だけでも家に置いていくとするかな」
携帯で時間を確認して、これからどうするか考え、家に向かって歩き出す。
だが、そのとき、またしても「視線」を感じた。結斗は、その視線に意識を向けつつ、歩き出した進路を変更して、人気のない、見張らしのよい公園へと足を運んだ。
「……いつまで見ている気だ?」
そして公園に着き、周囲に「誰も」いないことを確認して、けれど、そこにいる「誰か」に向かって声をかけた。
「……………」
しかし、当然ながら言葉は返ってこない。傍目から見たら、無人の公園で喚き散らすアブナイ人である。
「さっきからずっと俺らを尾けていたのは分かっているぞ」
しかし、それを気にすることなしに、さらに言葉を続ける。
「俺が当てずっぽうに言っていると思っているのか?だったらそれは間違っているぞ」
そう言葉を続けて、結斗はある一方向を強い眼差しで見詰める。
するとそのとき、突如としてバリバリと空気を切り裂くような音が上空で響き始めたかと思うと、次の瞬間、眩いばかりの雷光が辺り一面を覆い尽くした。
そして、その光が収まり、改めて結斗が視線を向けるとそこには先ほどまでいなかったはずの、少女が立っていた。いや、「いなかった」というのは間違いだろう。その少女は、結斗が言葉を発している間もずっとそこに───結斗が今向けている視線の先に──いたのだから。むしろ、雷光に包まれたことで「見える」ようになったと言った方が良いだろうか。
「正直、見付かるとは思ってなかったわ。それで、さっきのがあなたの『能力』かしら?」
その少女は、美しい銀の髪を手で鋤き、その場に立ったまま、結斗によく分からない言葉をかけてくる。その表情は純粋な驚きといったものだろうか。
「……なんのことだ?」
結斗は少女の言葉の意味を理解しかね、正直に、そのことを訊くことにした。
「……そう。あなたは何も知らないのね。だったら今は用はないわ。まだ時間はあるもの。じゃあ、また会いましょう」
しかし、その少女は結斗の質問に答えることはなく、「また会いましょう」などと意味深な言葉を残して、姿を消して(・・・・・)しまった。
「……どういうことだ?『今は用はない』、『また会いましょう』っていうのは……それに『能力』ってのが一番意味不明だ。ああ、くそっ。気になるようなことばかり言いやがって。次会ったら根掘り葉掘り訊いてやるからな!」
結斗は誰もいないことは分かっていたが、目の前の虚空に向かって怒鳴っていた。
「……って、バイト急がないといけないんだった」
結斗はしばらくして、今日がバイトの日だと思い出して、急いで向かうのだった。