表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

夢が教えてくれたもの

龍二視点です。

 幼い頃、俺はよく美奈子と一緒にみどり公園の奥にある桜の木の下で遊んでいた。

 美奈子は美衣子がいない時はよく泣いていた。どうしたかと訊けば両親となかなか会えずに寂しいらしい。当時、美奈子の両親は会計事務所を開いたばかりで多忙だった。幼い姉妹はよく俺の家にあずけられていた。美衣子がいる時は『姉だから』という理由で涙を必死に我慢していたようだ。

 俺は幼いながらも美奈子を泣き止ませたくて必死だった。


「なくな、みなこ。ぼくがそばにいる。おおきくなっても、ずっといっしょだ」


 そう言うと美奈子は泣きながらも俺に笑顔を向けたのだった。その笑顔がかわいくて仕方なかった。心の中で『美奈子は自分が守らなければ』と誓ったのだ。





 ――――目が覚めた。なんて昔の夢なのだろう。しかしそのおかげで思い出した。

 思えばあの頃から美奈子は俺にとって大切な存在だったではないか。いつの間に妹にすり替えてしまったのだろう。





 合格発表の日。午前十一時にあの公園で待ち合わせだ。しかし一刻も早く結果が知りたかった俺は、インターネットで美奈子の受験番号を探す。――――あった。合格だ。

 嬉しくてガッツポーズをした。すると部屋の入り口で呆れたような声がした。


「熱いねぇ。こんなに寒いのに」


 また勝手にあがり込んだのか、井上家の下の娘よ。


「お前も確認するか?」

「いい。そんなの受かるに決まってるし。わたしのお姉ちゃんだもん」


 合格して当然、という態度に苦笑してしまう。さすがシスコン。


「で、どうする、今日。アリバイでも作っとく?」


 美衣子の言葉にうろたえる。


「馬鹿か。いらねぇぞ、そんなもん」

「当り前。そう易々と手に入るなんて思わないでよね」

「じゃあアリバイとか言うなよ…」


 ふと美衣子が真剣な眼差しになる。俺はその表情に呆れ顔をただす。


「大事にしてよね。悲しませたりしたら、……潰すよ?」


 美衣子も美奈子を大切に思っている。その気持ちがひしひしと伝わる。俺は頷いた。


「ああ。大事にするよ」

「で・も、まだ嫁にはやらないから。龍ちゃんがお姉ちゃんに相応しくないと思った瞬間に引き離すからね」


 そう言い残して、美衣子は帰っていった。やれやれ、先が思いやられる。






 少し早めに家を出る。ポケットの中にある包みに手を触れ、確認しつつ公園に向かう。到着してふとあの桜が気になった。桜の木まで足を進める。

 桜の木はまだ時期が早いにも関わらず、満開だった。ぼんやり見上げて時間を忘れていると足音が聞こえた。自分に近づいてくるその音が俺にはなぜか美奈子だと確信が持てた。


「桜が満開だな。例年よりかなり早いみたいだがな」

「綺麗ね」


 やはり美奈子だった。しばしの沈黙の後、俺から話を切り出した。


「おめでとう」

「え、知ってたの?」


 美奈子の驚く様子に笑みが漏れる。インターネットの存在をすっかり忘れていたようだ。

 お礼を言う美奈子を褒める。本当によく頑張ったよ、お前は。

 それからずっと気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、勝負がどうとか言ってたな。お前の勝ちだが、一体何だ?」

「あのね、合格したら龍に言いたいことがあったの」


 美奈子の言葉の続きが聞きたくてうずうずする。俺の予想が正しければ、美奈子も俺と同じ気持ちでいるはずだ。自分の気持ちに気づいてだいぶ経った頃、自然と美奈子の俺への気持ちも何となくわかってしまったのだ。だから美衣子にも兄貴にも俺の気持ちはばれたようだ。知らないのは美奈子だけ。


「私、その…」

「何? 言って」


 言葉に詰まる美奈子を急かす。小声で何とか聞き取れたその言葉。


「……好き」


 嬉しかった。だけどもっとはっきり聞きたくて、少し意地悪をする。


「…何? 聞こえなかった」

「好き」

「え? ごめん。聞こえなかった。飛行機が…」


 飛行機を睨みつける美奈子がかわいくて抱き締めたくなったが我慢、我慢。

 なおも美奈子は告白を続ける。そのたびに俺は聞こえないふりをする。ちょっといじめすぎたかなと思っていると、顔を赤くした美奈子が大声で叫んだ。


「もう! 好きだって言ってるでしょ!」


 そんな美奈子が堪らなくかわいくて、クスクスと笑ってしまった。

 怒った美奈子が離れていこうとするので慌てて追いかけ、後ろから抱き締めた。美奈子が硬直するのが伝わる。美奈子の温もりや香る匂いに理性がぐらりと揺れる。持って行かれそうになるのをグッと耐える。


 それから桜の木の下での約束の話をする。やはり美奈子は覚えていた。忘れていた俺は馬鹿だ。そんな幼い頃の約束を覚えているほど昔から美奈子は俺のことが好きだったのか。

 今日はちゃんと伝えるよ、俺の本当の気持ちを。


「美奈子が好きだ」


 ようやく言えた。美奈子はボロボロと泣き出した。俺は指の腹で涙をぬぐってやる。それからポケットに入っていた包みを手渡した。


「合格祝い」


 美奈子は驚き、その後は泣き笑い。ああ、あの時と同じ顔だ。


「開けていい?」


 頷くと包みを開けた。箱の中身は美奈子の誕生石のペンダント。


「…嬉しい。ありがとう。大切にするね」

「着けてみろよ。貸せ」


 ペンダントを受け取り、髪を上げさせて着けてやる。その時、露わになった白いうなじにドキッとする。これはヤバイ…。着け終わり、平静を装って美奈子を見る。


「どう?」

「いいんじゃね?」

「えへへ」


 はにかむ美奈子の額に軽く口づける。その瞬間に茹でタコのように真っ赤になる。これ以上は抑えが利かなくなりそうだ。


「帰るか」


 コクリと頷く美奈子の手を取り一歩を踏み出す。すると急に強い風が吹き、まるでシャワーのように桜の花びらが舞い、俺たちに降り注ぐ。


「…フラワーシャワーみたい。結婚式の」

「まだ早いぞ。……まぁ、いつかな」


 照れ隠しにぶっきらぼうにそう言うと美奈子は小さく笑った。


「うん。いつかね」


 桜の木の下で交わしたあの約束、絶対守るからずっと俺のそばにいてくれよな。

 新たに桜の木の下で誓う、その約束は―――永遠。








  ☆おまけ 帰宅後




 公園の帰りに軽いデートをして美奈子を家に送ると井上家のポストにメモが入っていた。


「龍、これ」


 美奈子が差し出すとメモにはこう書かれていた。


『帰宅後、二人揃って松永家に集合』


 その言葉に怪訝な表情になる。一体何をやらかす気だ?


 メモに従い、美奈子とともに我が家へ入る。リビングのドアを開けるとパン! パン!

というクラッカーの音が聞こえた。その音に驚いて美奈子が俺に抱きついて来た。美奈子をかばいながら顔を上げると…


「「美奈子―! 合格おめでとうー!」」


 そこには俺の両親、美奈子の両親、美衣子、そしてまさかの兄貴家族が勢ぞろいしていた。


「双方の両親と美衣子はわかるけど、兄貴と義姉さん達はどうして…?」


 そう訊くと兄貴は苦い顔をして説明し始めた。


「美衣子が『全員集合だよ。来ないとどうなっても知らないよ』って脅すんだよ」


 おいおい。現職刑事を脅迫するなんて、恐ろしい奴。


「義姉さん、すみません」


 兄貴の奥さん、千絵さんに頭を下げる。千絵さんは笑って首を横に振る。


「ううん。久々に会えてうれしいわ。千佳も美衣子ちゃんと会えて嬉しいみたいだし」


 千佳というのは兄貴の一人娘。今二歳だ。美衣子は自分より幼い子が珍しいらしく、千佳が来るとかわいがっていた。あの自己中な美衣子にしては珍しい現象だ。


「あ、お姉ちゃん。そのペンダントかわいいね~。龍ちゃんからのプレゼント?」


 目ざとい美衣子が指摘すると美奈子が恥ずかしそうに頷いた。美衣子は面白くなさそうだ。


「い~な~。お姉ちゃんばっかり。わたしだって高校合格したのにさ~」

「お前は俺の教え子じゃない」

「ふ~ん。……ということは、龍ちゃんは教え子に手を出しちゃったんだ」


 美衣子の言葉にその場がシーンと静まり返った。しかしそれも一瞬。すぐに周囲は大騒ぎに変わる。


「それは美奈子が龍君と付き合い始めた、ってこと!?」

「まぁ! じゃあ美奈ちゃんは私の未来の娘になるのね!」


 母親ズが歓喜に沸きあがれば、父親ズは複雑な表情。


「…そうか。美奈子が龍二君と…。少し寂しいが、龍二君なら問題ない!」

「…飲もう! 今日は二人の合格祝いとカップル成立のトリプル祝いだ!」

「あらあら…。美奈子ちゃん、顔が真っ赤よ」


 義姉さんの言葉に美奈子は余計に赤面する。俺は美衣子を睨み付けて大声で怒鳴った。


「どうして言うんだ、この馬鹿娘!」

「だって報告は早い方がいいでしょ? それだけ早く家族ぐるみの付き合いしておいた方が何かと便利だよ。下手に隠して付き合うと、拗ねてこじれるよ」


 しれっと悪気のない様子で返事を返す美衣子。悔しいが、この中坊の言うことには説得力があり過ぎる。兄貴がポンと俺の肩をたたいた。


「やめておけ。百パーセント、お前の負けだ」


 返す言葉がなくて俺はガックリと肩を落とした。もう少し発表するのに時間が欲しかったのが事実だが、まぁみんな喜んでくれているし、いいか。




本編完結です。

ありがとうございました。


番外編に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ