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思い出のあの場所で

さて合格発表です。

 とうとう合格発表の日がやって来た。緊張してあまり眠れなかった。


 合格発表を見た後に龍と近所のみどり公園で待ち合わせ。私と龍の思い出のあの公園だ。

 幼い頃、よく一緒に遊んだ。かくれんぼしたり砂遊びしたり…。美衣子も一緒だったな。

 みどり公園の奥にある一本の桜の木。その木の下で交わした約束、龍は覚えてる? あの頃から私、ずっと龍のことが好きだったんだよ。


 緊張しながら大学へ向かう。合格発表は午前十時。祈りながらその時を待つ。

 十時になり、一斉に合格者の番号が掲示板に貼り出された。ドキドキしながら必死に自分の番号を探す。


 ―――――あった! やったわ! 私、合格したのね!


 嬉しくて思わず目頭が熱くなった。でも必死に我慢する。まだ泣くのは早い。泣くのは龍に想いを告げてから。


 私は大学を後にし、公園へ向かった。正直言って合格発表の時よりも緊張している自分がいる。私の気持ち、龍はどう思うだろうか。嬉しいと思ってくれる? それとも私はただの妹でしかない? 

 龍の気持ちを本当は訊くのが怖い。でも、ちゃんとけじめをつけるの。そのために、この日のために必死で勉強してきた。私は自分を奮い立たせた。


 公園に到着し、龍の姿を探す。待ち合わせの十一時にはまだ少し時間があった。ふとあの桜の木が見たくなった。あの木には桜が咲いているだろうか?

 その木の前には先客がいた。今、私が一番会いたかった人だ。木のそばで佇んでいる彼の後ろ姿はあの頃よりはるかに逞しく成長していた。私はゆっくり近づいた。


「桜が満開だな。例年よりかなり早いみたいだがな」


 気配で気づいたようで、後ろを振り返ることなく龍は私に言う。どうして見てもいないのにわかるのだろう。こんなことですら嬉しくて仕方ない。


「綺麗ね」


 龍の隣で立ち止まり、桜を見上げた。桜は私達を歓迎してくれているように風になびいて揺れていた。


 まずは結果を告げなければならない。正直その後のことで頭がいっぱいで、何て切り出せばいいのか考え込み、しばらく無言になってしまった。

 すると龍が口を開いた。


「おめでとう」

「え、知ってたの?」


 目を見開いて龍を見上げるとクスッと笑った彼の顔が目に入る。


「合格発表なんて今どきインターネットで見られるからな。ま、受験生は大学まで見に行った方が感動も大きいだろうが」


 そういえばそうだった。私は龍に言われるがまま、大学に見に行くことしか考えていなかったからそのやり方すら知らない。

 先に言われてしまったけど、次はちゃんと言わなきゃ。


「ありがとう。龍のおかげだね」

「いや、お前が頑張ったからだ。俺の自慢の教え子だ」


 笑いかけるその笑顔が眩しくて、私の胸が高鳴る。


「そういえば、勝負がどうとか言ってたな。お前の勝ちだが、一体何だ?」


 はっきり言わなきゃ。緊張で震える手をもう片方の手でギュッと握りしめる。決意して私は口を開いた。


「あのね、合格したら龍に言いたいことがあったの」


 龍は私をじっと見つめる。その顔が私をさらにドキドキさせるのに。


「私、その…」

「何? 言って」


 ああ、そんなに急かさないで。ちゃんと言うから。


「……好き」


 その言葉は小さすぎてそばを通った車の音でかき消されてしまった。


「…何? 聞こえなかった」


 せっかく勇気を振り絞って言ったのに! 車のバカ!

 私はもう一度あの言葉を告げる。


「好き」


 さっきよりは大きな声だったと思う。しかし…。


「え? ごめん。聞こえなかった。飛行機が…」


 私は上空を飛ぶそれをキッと睨みつけた。私の一世一代の告白を邪魔しないでよ! 気を取り直して言う。


「好き」

「ごめん、子供の声で…」

「好き」

「えっ、何?」


 もう何回言っただろうか。私は半ば自棄になって大声で叫んだ。


「もう! 好きだって言ってるでしょ!」


 龍はそんな私を見てクスクスと笑いだした。


 どんな神経しているのよ。人の告白を笑うなんて。

 怒って龍に背を向けて歩き出した。

 もういいわよ。私は試合に勝って勝負に負けたの。ああ、もう涙も出ない。


 すると突然後ろから抱き締められた。驚いて立ち止まる。


「笑ってごめん。まさかあんな告白されるとは思わなかった」


 龍の声が耳元で聞こえてクラクラする。ギュウっと胸が締め付けられる。


「『僕がそばにいる。大きくなってもずっと一緒だ』――――ここでそう約束したよな?」


 その言葉に目を丸くする。あんな昔のこと、龍はとっくに忘れていたと思っていたのに。


「覚えていたの?」


 ここからでは龍の表情が見えなくてもどかしい。ちゃんと顔が見たいのに…。


「ついこの間まで忘れていたのにな。美奈子から目が離せなくなってから思い出した」

「どういう意味?」


 その言い方ってまるで…。私、期待してもいいの?


「ずっとただの妹だって自分に言い聞かせていた。だけどそう思えなくなっていった。いつの間にか美奈子は一人の女になっていたからな」


 フッと笑った気がした。私から離れて、私の身体を龍の正面に向けた。見たかったその顔は真剣で、その力強い視線から目が離せない。


「美奈子が好きだ」


 その言葉に、気づいたら私はボロボロと涙を流していた。

 どうやら私は試合も勝負にも勝てたみたい。






次回本編ラストです。

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