二人の間で
美奈子の妹&龍二の兄視点です。
わたしは幼い頃から間近で二人を見てきた。姉が隣の龍ちゃんにべた惚れなのは見ていればすぐにわかった。でも龍ちゃんはどうなのだろうか。昔は姉を大切にしてくれたけど、成長するにつれ距離が離れていく気がした。
わたしができるのは姉の恋を応援することだ。自他ともに認めるシスコンであるわたしは姉の幸せが自分の幸せだと思う。そのためなら何だってできるだろう。
龍ちゃんが大学に入って彼女ができたと耳にした。姉の様子を気にしたが、特に変化は見られなかった。どういうことだろう。もっと落ち込むと思ったのに。もしかしたら姉はこの恋を諦めてしまったのだろうか? それは悲しいが、姉が決めたことなら仕方ない。
しかしそうではなかった。急に姉の様子が変わった。ある日食事もせずに部屋に閉じこもった。
次の日、姉の目は赤く腫れていた。泣いたことが容易に想像がつく。しかし理由がわからなかった。必死に誤魔化す姉に、それ以上追及することができなかった。
その数日後に理由が判明した。テスト勉強をしていたわたしは英語の辞書を学校に忘れたことに気づいた。姉に借りようと部屋を訪ねた時、幸い姉は不在だった。
目的の物を手に取り、部屋を後にしようとした時だ。たまたま窓に目を向けると向かいの部屋で龍ちゃんと女の人がキスをしていた。何度もキスを繰り返して、龍ちゃんの手が彼女の服の中に入っていき、まさぐっていたのだ。
ああ、これか。姉の涙の原因は。
しかし龍ちゃんも爪が甘い。この部屋からは情事が丸見えだ。きっと二人の世界に入っていて周りが見えないのだろう。もし知っていてやっているならなんて露出狂なんだ。
今すぐに部屋に行って邪魔してやろうかとも思ったが、さすがにそれはまずいと思いとどまる。でもすぐにいい考えが浮かんだ。
龍ちゃんには無自覚で彼女に嫌われてもらいましょう。姉を泣かせた罪は償ってもらわなければ。
一週間後、松永家に誰もいないところに龍ちゃんと彼女が入っていった。今日も恐らくいちゃつくつもりだろう。計画を実行する。
二人が家に入って少ししてからわたしは松永家に侵入した。親同士の仲が良く、よく勝手に上がらせてもらっている。ここでもやはり龍ちゃんは爪が甘い。玄関に鍵がかかっていないのだ。閉まっていたところで協力者である龍ちゃんの兄、恭ちゃんから鍵を拝借していたので問題はない。
中学生の無邪気さを前面に押し出すようにわざと大きな音をたてて階段を駆け上がり、勢いよく龍ちゃんの部屋のドアを開けた。正直行為が始まっていたらどうしようと思っていたが、二人はきちんと服を着ていた。わたしは安堵しつつ、泣きそうな顔で叫ぶ。
「助けて、龍ちゃん! このままだと義務教育で留年しちゃう!」
龍ちゃんは邪魔されたことで不機嫌、彼女は相当驚いた様子でわたしを見ていた。
ごめんね、龍ちゃん。これも運の尽きだと思って諦めて。
二人はわたしの話を聞いてくれた。数学で三点を取り、明日追試で合格点を取らなければ夏休みに補習だと。彼女は快く勉強を教えてくれると言ってくれた。いい人だ。何で龍ちゃんなんかと付き合っているんだ。
根気よく教えてくれる彼女、どんどん不機嫌になる龍ちゃん。全ては計画通りに進んでいた。
テストで三点を取ったのも、教えてもらった端から問題を間違えるのもすべてわざとやっています。正直満点取れるテストだった。むしろ三点取ろうとして取った自分を褒めてやりたい。
罪悪感がないわけではない。この彼女はいい人だ。でもわたしには姉が一番大切だから、龍ちゃんにはこの優しい彼女に振られてもらいましょう。
ちなみに数学を選んだのは彼女が数学教師を目指していると聞いたから。情報提供者の龍ちゃんの親友・石川君、ありがとう!
そして待ちに待った時がやって来た。我慢の限界を超えた龍ちゃんが暴言を吐きながら丸めた教科書をわたしの頭上に振り下ろした。わたしは大げさに泣き叫んだ。しばし呆然としていたが、我に返った彼女はすごい剣幕で龍ちゃんを怒っていた。完全勝利だった。
程なくして二人は別れた。その後彼女には同じ学部の優しい彼氏ができたらしい。どうぞ、お幸せに!
それからまた龍ちゃんは彼女を作った。前の彼女とは正反対の性悪女。これならわたしも遠慮なく潰せる。こんな男の前で態度が変わる女など龍ちゃんには似合わない。徹底的に排除する。まあ、一番の悪はわたしだけど。
今回も空気を読まずにずかずかと上がり込む。居座るわたしにあからさまに敵意を向ける彼女。いい度胸だね、このわたしに牙を向けるとは。でももう先は見えた。わたしが自ら手を汚さずともこの女が自分で転がり落ちていく様が目に浮かぶ。
龍ちゃんが席を外した途端に化けの皮がはがれた。わたしに罵詈雑言をぶつけてきた。しかしどうやら立ち聞きしていた龍ちゃんにその二面性がばれて即振られていた。前の彼女はいい人だったのに、今回の女はひどいよ龍ちゃん。
それからも気を抜かずに龍ちゃんの周囲の女に警戒する。牽制もした。努力の結果、龍ちゃんの周りに女の影はなくなった。グッジョブ、わたし!
* * *
幼い頃からじれったい二人だった。好きなのは見え見えなのに、それを知られていないと信じて疑わない隣の家に住む美奈子。美奈子を大切にしているくせにそれを恋だと微塵も感じていない弟の龍二。双方の親だって「後々結婚かも」なんてはしゃいでいたぐらいなのに、しぶとくくっつかない二人。俺と美衣子はそんな二人をずっと見守っていた。
しかし龍二が大学に入って少し経った頃、美衣子からの電話で二人に暗雲が漂っていることを知った。龍二と交際している彼女の情事を、どうやら美奈子が目撃してしまったようだ。愚弟よ、カーテンを閉めろ…。
二人の姿が見えなくなるまで見ていたという美衣子を叱りつける。中学生が見ていいものではない。すると美衣子は反論した。
『じゃあ龍ちゃんを逮捕してよ。わいせつ物陳列罪。恭ちゃん刑事じゃん』
「馬鹿か。ならお前は覗きだ」
『覗きじゃないもん。見えたから見ただけだから不可抗力。超エロかった』
「今すぐ忘れなさい」
そんなやり取りをした後、美衣子は美奈子のために龍二が彼女に振られるように仕向けると言い出した。その計画を聞いた俺は顔をしかめた。
「それは駄目だろう。どうしてお前はそういう悪知恵が働く」
『わたしにはお姉ちゃんが一番だもん。協力してよ。恭ちゃんは“二人を見守る会”の副会長でしょ?』
十五歳も離れた子と話すと疲れる。しかし俺はこの子にめっぽう甘い。仕方なく実家の鍵を貸した。鍵を悪用する奴ではないし、言い出したら聞かない性格も嫌というほど理解していた。
その後の報告で鍵を使うことなく計画は成功したと聞かされた。美衣子のしたたかさに驚くとともに弟を不憫に思う。それからすぐにできた新しい彼女も脱落していき、とうとう弟の周囲に女の影は皆無になったそうだ。
それから二ヶ月後、龍二が成績の落ちた美奈子の家庭教師になったと聞いた。何でも美奈子の志望校は龍二と同じ大学らしい。弟が家庭教師になってから美衣子は大人しくなったそうだ。わかりやすい奴。
それから一年ほど経った頃、二人の間に変化があったと聞いた。理由を聞き、驚いた。
『最近ね、龍ちゃんがお姉ちゃんを見る目が変わったの。“恋してます”オーラがバンバン出ててさ。両想いのくせにお互いの気持ちに全然気づいていないみたいで、受験が終わるまで…って我慢しているのがバレバレ。見てて面白いよ』
「へぇ。正月に帰るのが楽しみだな」
正月になり、実家へ戻った。美衣子の言う通り、弟は確かに変化していた。あの怖い顔の龍二が美奈子といる時は表情が和らぐ。やっと気づいたか、鈍感な愚弟め。
龍二が美奈子と初詣に出かけた。美衣子も誘われていたらしいが、行かなかったみたいだ。
「行かなくてよかったのか? 受験生。神頼みしなくていいのか?」
そう訊くとゲームに夢中の美衣子は顔をあげることなく言い切った。
「行かないよ。邪魔しちゃ悪いもん。せっかくいい感じなのにさ。それに受験で神頼みしなきゃならないほど、成績に困ってない」
お前、その言葉を美奈子が聞いたら怒るぞ。どれだけの受験生が正月返上で勉強していると思っているんだ。それでも誘われるままに俺もゲームに夢中になってしまった。
初詣から戻って来た二人は手を繋いで真っ赤な顔をしていた。これは外が寒いせいではないだろう。早く受験が終わるといいな、そう思った。
次回はいよいよ合格発表です。