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近くて遠い彼

美奈子視点です。


お読みくださった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、評価してくださった皆様、ありがとうございます。

 隣に住む二歳年上の幼馴染、龍が私の好きな人。龍は顔が怖くて口が悪いけど本当はすごく優しい人。

 私が小学生の頃、逆上がりが出来なくて悩んでいた時に、文句を言いながらも逆上がりが出来るようになるまで根気よく練習に付き合ってくれた。落ち込んで泣いている時はいつもそばにいてくれた。

 諦めかけた時にいつも背中を押してくれる、そんな龍が昔から大好きだった。

 私の初恋の人。


 その初恋に敗れたのは高校二年の時。親同士の仲が良くて、大学生になった龍に彼女が出来た情報はすぐ私の耳に入ってきた。

 ショックだったけど龍と彼女が一緒にいる姿を見たことがなかったので、信じたくなかった私はその事実を受け入れていなかった。


 それを受け入れざるを得ない日がやって来たのは六月の下旬のある夕方だった。帰宅した私は部屋の窓から何気なく龍の部屋に目を向けた。そこには信じられない光景が繰り広げられていた。

 龍が彼女らしき女性をドアに押し付けてキスをしていた。何度も何度も…。

 私は固まったまま二人から目をそらせなかった。そんな光景、見たくないのに…。

 そのうち龍が彼女の腕を引いて倒れ込み、私の視界から消えた。私はカーテンをひいてベッドに倒れ込んだ。

 見たくない、考えたくないのに今あの二人が何をしているにか容易に想像がついて心が痛い。

 彼女がいることを知っていてそんな関係になってもおかしくないのに、信じることが出来ずに事実から目を背けていた自分に嫌気がさす。

 顔を枕に押し付けるととめどなく涙が溢れた。声を押し殺して静かに泣いた。涙腺が壊れてしまったように自分では涙を止めることが出来なかった。

 食事もとらずに泣き続け、いつの間にか眠ってしまった。


 次の日、三歳下の妹の美衣子が心配そうに声をかけてきた。


「お姉ちゃん、何かあった?」

「ううん。何でもないよ。ちょっと体調が悪かったの」


 うまくごまかせただろうか。心配はかけたくない。泣いてしまったことを知られたくない。妹はそれ以上何も言わなかった。


 その日からあの光景が何度もフラッシュバックする。頭に焼き付いて離れず、こともあろうか見た光景より先を勝手に想像し、落ち込む。夜もろくに眠れず、そのうち体調を崩してしまった。

 龍にはあの日から会っていない。会うのが怖かった。

 その目であの彼女を見つめ、その腕で抱き締めて、その手で触れて、その声で愛を囁く。それを考えるだけで泣けてきた。おのずと龍を避けて生活するようになっていった。


 当然、勉強に手がつかなくなり私の成績は下がりに下がっていった。そんな私を心配した両親は家庭教師をつけると言い出した。それが龍だと知って嬉しい反面、どうしようと思った。龍と部屋に二人きりなんて、とても耐えられる気がしない。それに龍の口から彼女の話を聞かされたらもう立ち直れない。

 しかしそれは杞憂に終わった。龍はだいぶ前に彼女と別れたそうだ。今は恋人もいないらしい。別れた理由は知らない。

 私はまだ、龍のことを好きでいていいのかな?


 そこで私は覚悟を決めた。バイトとはいえ龍が時間を作ってくれるのだから、その期待に応えたい。

 将来父と同じ税理士になりたいので経営学部を受験する。龍の通う大学に経営学部がある。難関大学だったけど同じ大学を第一志望にした。


 私は久々に龍に勝負を持ちかけた。志望校に合格したら私の勝ち。龍に自分の気持ちを告げる。落ちたら龍のことは諦める。そう決めた。

 龍は私のことを妹としか思っていないことは十分わかっていた。でもこの気持ちに区切りをつけたかった。もし勝ったところでこの恋は実らないかもしれない。それでもいい。勉強を頑張ることが私の龍に対する想いだから。


 龍は宣言通りスパルタだった。でも一緒にいられるだけで、声を聴けるだけで私の原動力になる。龍に褒められたい一心でがむしゃらに勉強した。

 その効果か、私の成績は徐々に上がっていった。そして高三の夏には合格圏内に入るまでになった。







 年が明けて受験はもう間近。受験生には正月はないとよく言う。たとえ正月でも私は机に向かっていた。

 三が日が過ぎた頃、龍が初詣に行こうと誘ってきた。


「たまには外の空気吸わないとな。きちんと暖かくして出てこいよ」


 その気遣いがとても嬉しかった。

 神社へ行く道中で美衣子も誘ったけど来なかったと聞いた。ついてこなかった妹に感謝した。


 神社に着くと人はまばらだった。拝殿で手を合わせて神様にお願いする。


『志望校に合格して、龍と付き合えますように』


 おみくじは怖くて引けなかった。


 帰り道、龍が小さな紙袋をくれた。学問で有名な神社のお守りだった。遠いのにわざわざ行ってきてくれたことに感謝でいっぱいだ。嬉しくて泣きそうだったのをぐっと堪えた。


「龍、ありがとう。…すごく嬉しい。私、絶対合格するから」


 その後龍が「手袋忘れた」と言って、そっと私の手を繋いだ。

 急なことで驚いて戸惑い、顔が赤くなる。勘違いしそうだ。少しは期待してもいいのかな? 

 春からもこうして龍と手を繋いでいられたら…、と淡い願望を持つ。そのためにはまず合格しなければならない。わたしは改めて勉強に打ち込む決意をした。





 センター試験が終わり、とうとうやって来た第一志望の大学入試の日。

 自分でも驚くほど落ち着いていた。家族の応援を受けて家を出ると、外に龍がいた。私の体調を心配してくれて、「全力でやってこい」と声をかけてくれた。それだけで自信がみなぎってくる。龍の一言があれば、わたしはどんなことでもできる気がした。

 入試は落ち着いてできたが、やはり難しかった。やるだけやったがすべての試験が終わった時には、わたしの自信は半分以上減ってしまった。


 家に帰り、龍に手ごたえを聞かれて五分と答えた。龍は私を励まそうと「滑り止めには受かっているのだから」と声をかけた。わたしは思わずむきになって叫んだ。


「ダメ! 龍と同じ大学に行きたいの!!」


 龍に気持ちを告げるために頑張ってきたのに、滑り止めでは意味がない。俯いたわたしの頭をポンポンと軽くたたいて慰めてくれた。


 受験の不安と別にもう一つの不安があった。たとえ合格して自分の気持ちを告げても受け入れてもらえなかったら…。もちろん自分の夢のために大学を決めたのだが、半分以上は龍と同じ大学だったから。あらためてなんて不純な動機だったのだろうと感じた。


 合格発表が近づくにつれ、私の不安はどんどん大きくなっていった。





次回は二人を見守ってきた人視点。

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