村外れの小屋に
昔はどの地域にも、一人は魔女と呼ばれる存在があった。
この村も例外ではない。
村外れの小さな小屋に、魔女は住んでいると、村では噂されていた。
誰も確かめた者はいなかった。
本当にいるのかも、本当に魔女なのかもわからない。
無駄足かもしれないし、行方不明の事件の犯人かもしれない。
それでも、彼等は集った。
魔女以外に足掛かりとなりそうな存在は無かったから。
おそるおそる、彼等は立つ。
魔女と噂されるものが住む小屋の前に。
すると、まるで全てを見透したかのように、小さな扉が開いた。
驚く村人達の前に、とある影が姿を現した。
いらっしゃい。
少女は笑って言った。扉の中から出てきたのは、十にも満たない小さな女の子だった。
村人は驚いて、言葉を失った。
しかし、いつまでも黙っているわけにはいかない。
一人の男が、意を決して話し掛けた。
君が、魔女かい?
緊張で、少し震えていたかもしれない。
少女が、可笑しそうにわらった。
私じゃないよ。
その返事に、村人達は少しほっとし、少し落胆した。
やはり、魔女はいないか。いたとしても、こんな幼い子供のはずがない。
誰もがそう思った。
肩の荷が降りたように、ほっとした男が、何気なく少女に聞いた。
じゃぁ、魔女はいないんだね。
しかし、少女は首を横に振って言った。
ううん、いるよ。私のお姉ちゃんがそうだもの。と。
絶句する彼らを余所に、少女は家の中を振り返る。
お姉ちゃん。
高く、可愛らしい声でそう呼ぶと、中からよく似た声が返ってきた。
お姉ちゃんのこと、呼んでるよ。
すぐに、その、魔女という姉らしき人影が少女の後ろから出てきて、隣に立った。
あらまぁ、珍しいわね。
そう言って笑うのは、少女と瓜二つの魔女だった。
おそらく双子だろう。
肩で切り揃えられた髪も、白と黒の色違いの服も、対となっている。
いらっしゃい。魔女に何か用かしら?
からかうように、小さな魔女は言った。
村人は、まだ呆然としたまま言う。
お前が……魔女?と。
すると双子の少女達は、謳うように声をあげた。
そう、私が魔女。
あなたが、魔女。
誰も決めてはいないけれど、誰もが知ってる。
生まれるまえから決まってた。
私が魔女と。
あなたが魔女と。
魔女となるため、私は生まれた。
使い魔となるため、私は生まれた。
私は魔女。
私は使い魔。
呪われた双子。
にっこりと、人形のように笑う二人に、村人達の背筋に寒気が立ち上った。
魔女と名乗った、黒い服の姉。
使い魔と名乗った、白い服の妹。
二人が人外の存在であると、今初めて思い知った。
超上的で、超絶的で、狂人的で、それゆえに、神秘的であった。
魔女は言った。
それで、ご用件は?
村人は、唾を呑み込んで聞いた。
村外れの、歪みは、……貴女がやったのか?
しばし、沈黙が降りた。
村人は皆、まるで怪物を目の前にしたかのように、硬直していた。
魔女は、一度目を閉じ、しばらくして僅かに目を開いて、村人達を見た。
……ええ、私がやりました。
よく通る声で、凛と言う彼女の傍らで、使い魔が目を伏せていた。
な……なんと。
一番の年寄りが、驚愕に目を見開いた。
その途端、まるで堰を切ったかのように、村人達は一斉に魔女を避難した。
老若男女関係なく、ありとあらゆる言葉で責め立てた。
お前がやったのか。
お前が皆を誘拐したのか。
返せ、返せ、返せ、返せ
勢い余ってか、憎悪と悲哀からか、男が一人飛び出した。
そしてそのまま、魔女に殴りかかろうとした。
怒りの籠もった拳が、魔女の小さな頭めがけて振り下ろされる。
誰もが息を呑んだ。
最悪の事態を想像して。
しかし、男の拳は殴りかかる直前に止まった。
妹が、姉を庇うように立っていた。
話を聞いて、まだ途中なの。
そう言って、魔女の隣に下がった。
村人達は、勢いを削がれ、ただ茫然と二人を見た。
魔女の口が、ゆっくり動く。
確かに、あの歪みを創ったのは私よ。
でも、私はそれだけしかしていない。
私は、連れ去られた彼らの、帰り道を創っただけ。
信じて。彼女は縋るように言った。
私は、村人達を連れ去っていないの。
人々は、魔女の必死な様子に嘘はないと思った。
ならば、どうして彼等が行方不明になったのか、しっているか?
ある村人が聞いた。
魔女は暗い表情で頷いた。
知っているわ。誰がやったのか、誰がやらせたのか。
誰が?と村人が聞くと、使い魔が代わりに応えた。
教えられないの。魔術に関わる者は、色々な契約に捉われるから。
その答えを聞いて、村人達は愕然とした。
結局わからずじまいか。
でも、と魔女が続けた。
教えられないけど、ついていってあげる。
魔術を施したものの所に、連れてってあげる。
貴方たちが行くのなら。
どうする?行く?
村人達の応えは一つ。
行く。行って取り戻す。
その言葉に満足したように、二人は笑った。
なら、行ってあげる。
求めるなら手を貸してあげる。
私達の領域を侵した愚かな術者に、私達の罰を与えなきゃならないしね。