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第1章 倉木

「倉木、亡くなったって」


 すべてはこの電話から始まった。私は普段、仕事中にプライベートの電話には出ない。それなのに、デスクにプライベートフォンを置いているのは、離れて暮らしている両親の安否確認のため。だが、着信相手をみて、出ずにはいられなかった。百道(ももち)からだった。百道と私は、女子校時代の同級生で親友だ。彼女だって仕事をしているのだから、オフィスアワーにプライベートで電話をするってことは何かあったに違いない。

「…、何言ってるの?」

「だから、倉木が亡くなったって!」


 倉木は、私と百道の共通の友人だ。正確には、“共通の友人”…になった人だ。私、百道、倉木は、中高一貫の女子校の同級生で、中学一年だけ同じクラスだった。入学間もない頃、私たちは同じ日に遅刻をした。三人とも住んでいるエリアは違うので、同じ電車が遅延したからというわけでもなく、遅刻をした理由もそれぞれだったのだが、ただ“同じ日”に遅刻をした。それが私たちの始まりだった。当時、ウチのクラス担任は早田という校内で人気の先生で、国語担当だけど体育会系のような、とにかくよく声の通る人だった。

「なんだぁお前ら!入学早々遅刻か!」

「すっ…すみませんっ!!」

「名前はぁ!」

「澤井です!」

「倉木です!」

「百道です!」

「…なんだよ、お前ら!“さくらもち”みてぇだな!」

クラス大爆笑。遅刻組の三人は呆気にとられてしまい、怒られているのか、からかわれているのか、どうしてよいか分からなかった。“早田、バカじゃないの?”。多分、三人の内心は同じだったと思う。

 確かに、入学間もない、まだ友人関係構築中の時にこの一件があったことは、お近づきになるにはよいきっかけだったかも知れない。ただ、徐々にニックネームで呼ばれる人が増えてきたのに、早田のおかげで私たちは名字で呼び捨てだ。それか、三人まとめて「さくらもち」。お嬢様の倉木と、医者一家の末っ子長女・百道。私は家族経営の専務の娘。こんなことでもなかったら、特にお嬢様気質の倉木とは仲良くなることもなかったかも知れない。

 その後、私たち“さくらもち”が同じクラスになることはなかった。私と百道は、中三・高一と同じクラスになったけれど、倉木とはそれきり。高三になると文系・理系に加えて、付属の優先入学組と受験組に分かれるので、理系の百道、文系・優先組の倉木、そして文系・受験組の私は、学校でも徐々に会う機会が減っていった。


 中央特急に乗りながら、こんな遥か昔のことを思い出した。早田なんかとっくにジジイになって、学校にはいないだろうな。とにかく、東京へ戻ろう。百道からの電話の後で、冷静に仕事なんかできなかった。プロ意識がない、と言われればそれまでなのだが、百道の声が普通ではない気がして、居ても立ってもいられなかった。倉木が亡くなったことは分かった。でも、なぜ?東京に着くまでの数時間、車窓に目をやりながら、また昔を思っていた。

 三人、という関係はややこしい。どうしたって、二対一になりがちだ。“さくらもち”でいえば、百道が私と倉木をとりもつような役目をしていたと思う。倉木のことを嫌いとか、疎ましいということはなかった。ただ、百道の方が倉木と気が合っていて、高校を卒業してから今まで、変わらずやり取りをしていたそうだ。一方、私と百道は他大学へ進学したことで更に親交が深くなり、アカデミックな話題で盛り上がることが増えた。優先入学した同級生は、大学であれば十年間も一緒に過ごすこととなる。私には、耐えられなかった。“大学受験をしなくてもいいようにこの学校に入れたのに”と両親、特に母親から大学受験を強く反対されたのだが、落ちても浪人は絶対しないとの約束で押し切った。女子校生活は確かに楽しかったけれど、六年で十分でしょ。あの浮かれた時間は普通ではないから、いつかは現実に帰らないとね。それが正直な気持ちだった。

倉木は中高と同じ敷地内にある短大へ進学したので、私たちが卒業したあとも、母校の話題を色々仕入れては“さくらもち”で会った時に教えてくれる。私と百道は、ひそかに「週刊クラキ」と呼んでいた。女子校では、男性であればどんな先生でも“アイドル”並みの扱いをされる。出待ち、バレンタインチョコ、中には先生と結婚する生徒もいた。察するに、あの早田に人気があったのも、当時は貴重な若い男性の先生だったからなんだろう。ファンに怒られそうだけど。加えて、当時の女子校には珍しく、女性教員よりも男性教員の割合が高かった。だから余計に“週刊誌ネタ”には事欠かなかったと思う。

「実はさぁ、社会科の重松、教育実習で来てたOGと不倫してたんだよ。」

なんていう情報も倉木は仕入れていて、楽しそうに話す。正直、私はそんなに興味がなかったから、作り笑顔で聞き流していた。その点、百道はあしらいが上手くて、

「あんた、本当に週刊誌だね!」

とはっきり言うので、嫌味がない。倉木もそう言われることはまんざらでもなさそうで、

「でしょう?」と笑っている。この、なんとも不思議な関係を、私はちょっと斜に構えて楽しんでいた。


 待ち合わせ場所に着いた。ホテルのラウンジ。広い空間で話す方が、色々気が紛れていいでしょ?とのことだった。さすがは百道。そして、彼女は既にラウンジにいた。あれ?黒服ではないんだ。急に上京した私に合わせてくれたんだろうか。私はてっきり、ふたりで一緒にご焼香へ向かうのだと思っていた。一応、ブラックフォーマルも持参で来たのだし。

「百道、フォーマルじゃないの?」

「え?なんで?」

「いや…あんな電話もらったからさ、てっきり一緒にお通夜に行くのかと思って…。」

「あぁ、そうだね。電話ではちゃんと話せてなかったし。」

「お通夜、今日じゃないんだ。」

「お通夜も何も…、倉木はもうお墓の中だよ?」

「は?」

「既に亡くなっているのよ…倉木。」

 頭が混乱している。なんでそんなに冷静に話すの?百道…。


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