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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さよならアクアリウム

作者: 米田

こういう雰囲気のお話が好きです。たくさん書いていけたらいいなと思ってます。よろしくお願いします。

 何度も見た水槽の魚たちに、初めて見た時のような新鮮な感動は呼び起こされなかった。

 水族館が好きだからって、年パスまで買ってわざわざ足繁く通っている自分が悪いのかもしれない。

 同じ配置、変わらない展示、毎年繰り返される全く同じイベント、目新しいものは何も無かった。

 それでも中の魚たちは地味に入れ替わったり、産卵して子供が産まれたり、亡くなった子もいるようだ。


 何となく水槽をボーッと見つめていると、ガラス越しに映る彼女はつまらなそうにスマホをいじっていた。

 最後のデートの場所にここを選んだのも良くなかった気がする。最初に来た時は2人でキャッキャ言いながら水槽を何時間も眺めたのに。回数を重ねるごとに、私たちの熱は冷めていった。私たちっていうか、彼女の方が、か。

 最後だから思い出の場所を、と選んだけれど、何の感慨も湧かなかった。

 だったらいっそ、新しいところに行って、楽しかったね、なんて言ってバイバイすれば良かった。


 失敗ばっかりだ。私はきっと、何度も選択を間違えたんだろうな。

 別れたくない、なんて騒いでこの半年間彼女への束縛を強めていった。

 半年以上前から、彼女の気持ちが冷めているのは何となく察していた。

 私と付き合う前は自由に振る舞い、奔放で輝いていた彼女が、私だけを見つめて一緒に恋に溺れてくれる。

 それが心地良くて、私にはたまらなかった。宝石みたいにキラキラ輝く彼女を水槽の中に閉じ込めたみたいに。ずっと私はそのきらめきを眺めていたかった。


 窮屈に感じたんだろう。飲みに行くと聞けば誰と行くのか確認するし、私も連れていってと縋った。優しいから、私に配慮して友達と遊びに行く回数もガクッと減った。

 恋に恋するタイプの私と、気まぐれに女の子と付き合ってみた彼女とはそもそも相性が悪かったんだと思う。

 気付けばあの時のキラキラも失われていたし、私への興味も無くなっていた。あの時みたいにまた、私の名前を呼んで、触って欲しいと言えば言う通りにしてくれたけど、それも苦痛だったんだろう。最後の方には拒否されてしまった。

 

「……イルカショーは?観るの?」


 不意に後ろから話しかけられた。スマホの画面から目は離さない。

 

「うーん、どうしよう」


 どうせ同じプログラムだ。何度も何度も観ているから、イルカの名前も覚えてしまったし、どんなことをやるのか頭の中で思い描ける。何なら、プレゼンテーターのセリフだってそらんじられる。


「観ればいいんじゃない?最後だし」

「……うん、そうだね」

「もう混むよ。席取りに行こう」


 そう言って先を歩き出す。私は彼女の後ろを付いていく。館内は混んでいて、2人で並んで歩くのは少し難しかった。人混みを割くように彼女は歩く。私はその後ろをただ付いて歩く。

 こうやって、彼氏みたいな役割も押し付けてたのかな。私をリードして、予定も組んで、先回りして。

 彼女だってたまには甘えたい瞬間もあったのかもしれない。

 あーあ。最後になって気づくことってたくさんあるな。


 イルカショーのスタジアムは30分前なのにもう良い席はちらほら埋まっていた。私たちは水がかからない程度にイルカを近くで見れる場所に座った。


「何か買おうか?いつものソフトクリーム?」

「いいよ、大丈夫」

「そう?本当に?」

「うん、いいの」


 私はそう答えた。

 ショーが始まるまで後30分もある。正直気まずかった。やっぱりソフトクリームでも買ってくれば良かったかな。

 また間違えたのかな、私。


 プールで自由に泳ぐイルカを眺める。ショーの前の自由時間だ。優雅にスイスイ泳ぎ、小さい子供が追いかけていた。

 いつの間にか隣の彼女も、スマホから顔を上げて何も言わずにイルカを眺めていた。


「……あの子、マツリだっけ」


 目の前で泳ぐイルカを見て彼女が呟く。意外だ。人の名前でさえすぐ忘れてしまうのに。覚えようとしてたんだ。


「ハッピじゃない?」

「ああ、そうかも。……水族館なんて全然興味も無かったのに、いつの間にかイルカの名前まで覚えちゃったな」

「付き合わせちゃってたね。ごめんね」

「いや?新しい世界を知れて楽しかったよ」


 少しホッとした。私と付き合ってマイナスのことばかりじゃ無かったんだ。円満に別れるためのリップサービスかもしれないけれど、嘘はないと信じたかった。


「でも女の子と付き合うのはもういいかな〜」


 後ろに手をつき、彼女は天井を見上げた。

 私は何も言えなかった。私が彼女の最初で最後になれるのならとても嬉しかった。でも、そんなこと言ったら重いかな。


 カバンの中を漁って、常備していたおやつを出した。


「グミ食べる?」

「もらう。ありがと」


 彼女が好きだって言っていたので、いつもカバンの中に用意していた。それももうこれから必要ないのか。私は別にグミ好きじゃないし。

 袋ごと彼女に渡し、私はプールに視線を戻した。

 イルカが優雅に泳ぎ、気まぐれに尾を振り回してプールの外に水が跳ねる。子供達は悲鳴をあげてからケラケラ笑い、親が慌てて駆け寄っていた。


「うわ、大変だ」

「ビショビショだね」

「イルカもテンション上がったのかな」

「子供と遊んであげてるつもりなのかもね」

「どっちかっていうと、賢いし馬鹿にしてるんじゃない?」

「そうかな」


 グミを口に運びながら彼女は言う。

 ちょっとそうやって穿った見方をするところがあった。私は嫌だなって思って指摘したこともあったけれど、今思えば見たものに抱く感想なんて人それぞれなんだから黙っていれば良かった。自由に泳いでキラキラしている姿が好きなのに、何で閉じ込めて自分の形に変えようと思っちゃったんだろう。馬鹿だったな。


 取り止めもないことをしゃべっている間に、ショーが始まった。

 いつもと同じような内容が始まるだろう、なんて思ってたのに、今日は違った。練習したのだろうか、新しい技を披露したり、おやつ無しでイルカとコミュニケーションを取ることができるのか、なんて様子も見せてくれた。

 おやつが無くて、プイッと顔を背ける姿も可愛かった。係員は苦笑していたけれど、本当にその子が好きだからそんな姿も可愛くてしょうがない、というのが見て取れてこちらも心が温かくなった。


 同時に、寂しくも感じた。いつも見ていたプログラムはもう観れないんだ。私たちがあの時見ていた光景はもう観れないんだ。


 ショーが終わり、まばらに人が捌けていく。私たちは特にベンチから動かずに、まだプールを眺めていた。


「……新しい内容になってたね」

「ね。イルカってやっぱ賢いね。食べ物なきゃいうこと聞かないんだ」

「そうだね。でも、遊びだと思うと付き合ってくれる子もいたね」

「ああいうの見ると、やっぱ海で自由に生きる方がいいのかなって思っちゃうな〜」


 彼女はグミの袋をカバンに入れて立ち上がり、いつものように私に手を差し出した。

 私は少し悩んだが、差し出された手を掴んだ。

 そのまま恋人のように手を繋ぎ、出口まで歩く。


「どうする?お土産見る?」


 あ、そうか。もう解散したいんだ。この手を繋ぐのはお別れの前の餞別みたいなものか。

 そう思うと急に寂しくなって、ギュッと握る手に力を込めた。握り返しはしてくれなかった。


「ううん、大丈夫」

「そう?タコとかサメとかは?最後に見なくていいの?」

「……うん、もう平気」


 私を振り返る彼女と目が合った。

 あ、今日初めて目が合ったかもしれない。

 猫のように跳ね上がった目尻、長いまつ毛、高い鼻、薄くて形の整った唇、癖っ毛で巻かなくてもいい感じに毛先がくるくるする髪の毛、全部好きだったな。


 出口から外に出た。まだ館内は賑わっていて、出口へ向かう人は少なく、外に出ても人はいなかった。


「なんか、今日ここ来れて良かったね」

「え?」


 彼女がそんなことを言い出すのでびっくりした。最近、そんな言葉を一緒に出かけて聞いたことはなかった。


「イルカのショー、新しくなってたでしょ?馴染みのあるものも、やっぱり形を変えていくんだなって。上手く言えないけど」


 彼女は少し照れたような笑みを浮かべ、手を繋いだまま私を見る。


「私たちも別れちゃうけどさ、ここで終わりじゃなくて、新しい関係になろうよ」


 驚いて目を見開いた。どういうことだろう。


「え?それって、何?別れても、また会おうねってこと?」

「うん。嫌ってるわけじゃないし、また会って話そうよ」


 何だか力が抜けた。そっか、嫌われたわけではなかったんだ。彼女を閉じ込める私を嫌いになったわけじゃなくて、自由に泳ぎながら私ともまた遊んでくれるってことか。


 私は繋いでいた手から力を抜き、手を離した。

 そして顔にとびきりの笑みを浮かべて、彼女を見る。


「何言ってるの?そんな関係、私が望んでるとでも思ってるわけ?」

「え?」


 驚いた顔をする彼女の耳の横がキラリと光る。あ、私の知らない新しいピアスだ。似合ってて素敵だな。

 でもそんなの付けないで欲しかった。


 いい思い出にしましょうね、なんて虫が良すぎる。

 綺麗に終わらせてなんてやるもんか。

 一生忘れられなければいいし、忘れるならさっさと忘れて欲しい。

 私の物にならないあなたなら、私はいらない、欲しくない。


 彼女の足元に、カバンから出した合鍵を叩きつける。


「ばいばい」


 私は踵を返してスタスタと歩き始めた。駅とは逆方向だ。

 海風が気持ちいい。夏になったら暑いだろうけど、海は気持ちいいだろうな。


 私は財布を取り出して、中に入っていたカードを取り出す。水族館の、年間パスポートだ。

 それを眼下に広がる海に放り投げ、沈むのも確認せずにまた歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
 一つの関係性の終わりというものをいい意味で淡々とリアルに書いていて好きです。妙な現実感というか、キャラクターのことも読者のことも煽らずに書かれている気がしました。主人公たちが水族館である程度大人と…
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