黄昏の揺らぎ(一)
次の日の朝、目覚めた旭は昨日の出来事が脳裏に過ってきた。
祠、夕陽、そして……夕菜。
あの場所で交わした言葉、夕菜の笑顔、自分がつい漏らした“結葉”という名。まるで夢だったかのような一連の出来事にそれらが夢か現実か分からないような曖昧な輪郭で胸に残っている。
――夢…じゃ、なかった。
途端に昨日の出来事を思い出して、旭は少し頬を赤らめ恥ずかしくなった。
学校に着いた旭は、何事もなかったかのように教室に入りいつもの窓際の席に腰を下ろした。
朝の光が教室の窓から差し込み、まだ春の空気が微かに冷たさを残す。
ふと旭の席の通路の後ろの方で足音が止まった。
「おはよう、旭くん!」
振り返ると、そこには柊夕菜が立っていた。昨日とはまた少し違うどこか自然な笑顔を浮かべている。旭も僅かに目を細め、小さく頷いた。
「……おはよう」
その一言だけで、なぜか教室の空気が柔らかくなった気がした。まるで春の陽だまりのような、優しい気配。
「昨日は……ありがとう。ちゃんと話せて、少し気が楽になったんだ」
「俺も……話してよかった。少しだけ……前より、気分が落ち着いてる気がする。」
「ふふ……そっか、それなら良かった!。」
微妙な距離を保ちながらも、確かに近づいたふたりの空気。そこへ、にゅっと割り込むように誰かが飛び込んできた。
「おや!なんだか珍しい組み合わせの二人だね」
「こっ梢!……びっくりするじゃん。」
ひょいっと突然現れて声を挟んできたのは、夕菜の友人の梢だった。肩からスクールバックをぶら下げたまま、少しからかうような笑顔を浮かべていた。
「ごめんごめん、それで!珍しい組み合わせだね、二人って仲良かったっけ?」
「う〜ん、ちょっといろいろあってね、
話してたら仲良くなったんだ。」
そう言って何か誤魔化すように苦笑いで頬を指で書く夕菜。
「へ〜なんか怪しいね」
そう言って何かを察したように旭を見て微笑む梢
「旭くんってさ、いっつも窓際で本読んでて無口な人って感じだったけど、こうやって近くで見ると意外と可愛いらしい顔してるよね。」
そう言って微笑みながら少し顔を近づけて言ってくる梢に旭は少し困惑したように顔を逸らして隠し
「どっ、どうも……」とだけ発した。
するとそれを見ていた夕菜が
「ちょっと、梢!やめてよ!旭くん困ってるじゃん!」と言って慌てて止めに入る。
そんな夕菜と旭の姿をみながら梢は微笑ましそうに笑って「ごめんごめん」と言って
「なんだか珍しい二人組みを見て微笑ましくなってついね」と答えた。
「まー何はともあれ、これからは私とも仲良くしてね!旭くん。」
と言われたので、旭も小さく頷くように
「よろしく……」と返事した。
するとそこにもう一人話しを割って入ってくる人物がいた。
「あ、おい!ずりぃぞ!旭と最初に仲良くなったのは俺なんだからな!」
と同じくギターの入ったバックを肩にぶら下げ登校してきた奏翔が言ってくる。
それを聞いた旭はぼそっと
「別に仲良くなった覚えはないけどな…」
と答えた。
「はは!だって奏翔、残念だったね
あんたの一方的な片想いだったっぽいよ」
と梢が笑いながら奏翔に言う。
「おい、旭!嘘だろ…酷いぜ…」と言いながらショックを受けたように肩を落としてへこむ奏翔。
そのやりとりを見ていた夕菜もおかしくなってクスッと笑って微笑んだ。
「さーて、そろそろ朝のHR始まるし席戻るよ〜。旭くん、夕菜のことよろしくね」
最後の一言を残し、梢はにやりと笑って自分の席に戻った。奏翔もそれに続いて着席する。
夕菜は旭に微笑みを向ける。
「……気にしないでね。梢、ちょっとお節介だから」
「うん、でも……悪い気はしなかった」
「はーい、おはよう皆んな席について〜」
鈴鹿先生が入ってきてHRが始まった。
「……っ!」
ふと誰かに見られてるかのような視線を感じて辺りを見回す旭。
「気の…せいか……」
そうしていつも通りの……いやいつもとは少し違った日常が始まる。