斜陽に刻まれた記憶(四)
――場面は再び現在へ
「でも、ここで旭くんとこうして話しをした時、安心感と言うかなんだか落ち着いた優しい気持ちになったの…
それが気になって声をかけたの、何かこの気持ちの正体が分かるかもしれないと思って」
旭が静かに夕菜を見つめる。その表情には優しさと、どこか共感するような静かな憂いがあった。
「そうなんだ……」
沈黙が二人の間に静かに降り積もり、周囲は夕日の淡い朱色の光で照らされている。
旭はふと何か気になったかのように、祠に近づきそっと触れてみた。
瞬間、指先から冷たい電流が走ったように感覚が駆け抜ける。
意識の奥底に、何かが蘇りかける。
――夕暮れ時の山中
木々の間から斜陽が差し込み、朱に染まった風景が揺れる。
その光の中、古びた社の前に、二人の姿があった。
一人は、白い装束に身を包み、黒髪のショートカットで琥珀色の瞳をした少女――
もう一人は、黒髪を乱し、どこか翳のある眼差しをした青年――
「本当に、行くの?」
少女の声は震えていた。
青年は小さく頷く。
「ここにいては、君まで巻き込んでしまう。僕の存在は、もう穢れそのものだから」
「そんなこと……ない……」
少女は首を振る。
「あなたは、優しい。私が誰よりも知ってる。あなたがどれほど自分を責めてきたか、私には痛いほど分かるの」
「それでも……俺は、俺自身が怖いんだ。君の手を取るたびに、君が壊れてしまいそうで……」
沈黙。
風が枝葉を揺らし、祠の朱色がゆらめく。
少女が一歩踏み出し、青年の手をそっと握った。
「……」
青年は黙ったまま、その手を強く握り返した。
「だったら、最後にお願いがあるの。
この世界がどれだけ私たちを引き裂こうとしても、心だけは離さないって、信じてるから」
「……結葉」
名前を呼ぶその声は、まるで永遠を願う祈りのようだった。
その瞬間、風が舞い、祠に灯る蝋燭の炎が揺れた。
――場面は現在へ戻る。
旭は祠から手を離し、目を見開いた。
「……結葉」
ぽつりと、誰のものでもない名が口からこぼれ落ちる。
「えっ……?」
隣にいた夕菜が振り返る。
「今……なんて?」
「……分からない。ただ……名前が浮かんできた。結葉って……誰だ……?」
旭は頭を押さえながら、胸の奥に疼くような痛みを感じていた。
旭が再び祠に目線を向ける。
夕菜もまた祠に目線を向ける。
「ねぇ……夕菜さん、君は前世ってあると思う?」
「え?……」
「ごめん!……なんか急に変なこと聴いちゃって、でも入学式で始めてここに来て君と出会った時から時折り不思議な夢を見るようになったんだ、古びた社、朱色に染める斜陽の光、そして一人佇む巫女……
その夢に出て来る巫女の姿が君と良く似てるんだ…特に印象的なその琥珀色の瞳が……」
「う〜ん、正直分からない…けど私も夢?というか予知夢のようなものを見る事があるんだ、旭くんが今言った社と光、それがこの場所だった。」
旭が夕菜の方を見る。
「そしてここに来ると凄く不思議な感覚に襲われる、でも!旭くんと喋ってると落ち着いて、穏やかな優しい気持ちになる。」
夕菜が旭の方を見て微笑む。
「不思議だよね……本当に分からない事だらけだけど、でも、そうだね…もし前世なんてものがあるんだとしたら、こうしてここで旭くんと会ったのも何かの運命なのかも知れない、そうだとしたら凄く素敵な事なんだろうなとは思うよ。」
そう言って微笑む夕菜の顔を見て、また旭は胸の奥が締め付けられるような、けど温かい温もりのような感情を感じた。
「ねぇ……旭くん、またあの空き教室に行ってこれからもお話ししてもいいかな?」
その言葉を聞いた旭は勿論と答えたかったが自分の体質の事を思い出し、その言葉は喉の奥につっかえた。
出て来た言葉は
「……ごめん、今更だけど僕とはあまり深く関わらない方がいい…と思う」
夕菜が不思議そうに困惑して返す
「どうして?……」
言うべきか迷った旭は無意識のうちに喋っていた。
「僕と深く関わった人や周りの身内の人はなぜか不幸になったり、突然何かに憑かれたようにおかしくなる事があるんだ……
だから僕はこんな離れた街まで来て、誰も知ってる人がいない場所で誰とも深く関わらず避けてきたんだ……。」
全てを話した旭は沈黙する。
「そうだったんだ!でも私は今こうして旭くんと関わっていてもなんともないよ?」
「それは!……まだ…分からないだけで、
でもこのままだと、いつどうなるか、君に何か起こるかもしれない!そう考えたら怖いんだ……」
俯く旭。
そんな旭を見て夕菜は、
「確かに分からないかもしれない、人は原因の分からない未知を恐れる、でも知らないと先には進めない事もあるよ。
それに私は旭くんといて不幸な気持ちになんて全くならない、むしろ心が温かくなって
幸せな気持ちになってくる気がする!。」
旭が夕菜を見る。
「もし、前世があるとして、私のこの気持ちや旭くんのその分からない事にも何か関係があるかもしれないのなら、二人で一緒にこの原因を探そうよ!一人で悩むより誰かと一緒に悩む方が気持ちも楽になるでしょ!」
夕菜が笑顔で答える。
「……」
今まで周りを不幸にしてきた旭にとって、(幸せになる)このたった一言が旭の心に刺さり言葉には出来ない感情を噛み締めていた。
日は沈みかけ辺りを朱色に照らす光もだんだんと消えていく。
「分かった……」とだけ旭は呟き
旭と夕菜は互いを見つめ合う。
言葉にできない感情だけが、二人の間を確かに流れていた。
そうして再び訪れる沈黙は、決して気まずさではなく、確かな繋がりを感じさせるものだった。