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ジュリエッタの家

翌朝、凍えるような寒さで目覚めた。


6月のイタリアはまだまだ寒い。しかも、雨が降らないから乾燥している。 深夜に両親が帰ってくるのにも気付かず爆睡してしまった。今朝は、さすがのママも寝坊して、自分で朝食を準備してから出勤した。 街中、オペラの話題で溢れていて、市場はいつもに増して活気があった。


今日はダイアナが休みなのに、いつもの倍の売上があり、一日でドッと疲れてしまった。


帰り道、ダンテ像の近くを運転している時に、ふとロミオのことを思い出すと、胸がキューッと鳴った。


(あんなに、かっこよくなってるなら、もっと早くから連絡取ってたらよかった。)


明日も会うと思うと変に意識したくないのに、気持ちが高ぶる。恋愛は最近はしてなかった。恋よりも好きなことをしたい…なんて言いながら、本当は早く好きな人を見つけたかった。


(いや、これは恋じゃない。ただの目の保養ってやつよ。)


ロミオのことは考えないようにして帰宅した。


*   *   *   


「ロミオとは、連絡取れたの?」


帰宅して、ママの第一声がこれだった。思わずドキッとしてしまった。


「うん。昨日、ご飯に行ったよ。」


「あら!変わってた?」


「大分ね。」


「手紙の件は?」


「明日、また会うことになってるの。詳しくはそれから。」


「そう。ジュリーにも、早く婚期が巡って来るといいわね。」


妹が先に結婚しただけに、嫌なプレッシャーだ。だけど、気にしないことにしている。


「そうね。」


食事を終えて、片付けを済ませると、ジュリエットはすぐに部屋に戻って、明日の準備をした。


(明日は、オペラもあるし、昨日のダサい格好を私服と勘違いされたくないから、頑張らなきゃ!)


一人ファッションショーをたっぷりしてから、お風呂に入り就寝した。


*   *   *   


翌朝は、いつもより、ゆっくり起床した。太陽がさんさんと庭の草木を照らし、ポカポカ陽気だ。 鮮やかなピンクの花柄のシフォンワンピースにジャケットを羽織り、グリーンのアイシャドーでメイクをし、髪をアップにして一通り準備を済ませリビングへと向かった。掃除に夢中のママに声をかける。


「ママ、おはよ。今日のオペラ現地集合でもいい?」


「おはよう。今日はロミオと会うんでしょ?そんなに遅くなるの?」


「まさか。夕方は買い物にでも行こうかと思って。時間が余ったら帰ってくるね。」


「そう。連絡ちょうだい。」


カフェオレを飲み、テーブルの上にあったラスクをつまみ食いし、あっという間に家を出た。


「やっぱり、休日は最高!」


ランチまで時間があるから、途中、本屋に立ち寄りし、スィタン語について調べてみたが、それらしき文献は見付からなかった。大学に行けば見つかるだろうが、ロミオに怒られそうなのでやめた。 お店の駐車場に車を停めて、市場を眺めながら【low】へと向かう。その時、突然、空気を切り裂くような悲鳴が聞こえた。 思わず、声のする方に駆け寄ると、【ジュリエッタの家】の方角に観光客の人だかりがあった。それは、いつもと同じ光景だが、そこから、血だらけになった人達が見えた。


「救急車呼びましたか?」


泣き叫ぶ人達に負けないように大声を出すと、一人の観光客が振り向いて言った。


「あんた、見なかったのか?血が、煉瓦の隙間から降ってきたところを…」


*   *   *   


ジュリエットは寒々とした気持ちで、【low】までやって来た。 どうやら、怪我人はいなかったが皆気が狂ったように喚いていたので、すぐに警察がやって来た。 ただの通りすがりだったから、警察が来る直前に立ち去ったが、何があったのか気掛かりだった。野外オペラが始まったばかりでこんな事件が起こるなんて物騒だし、中止にならないか不安だった。


「あれ。ロミオのお連れさんだったよね?」


お店に入るなりマスターがニコニコしながら、話し掛けてきてくれた。


「はい。ロミオ来てませんか?」


「まだだよ。適当に座って。今、ドリンクサービスするね。」


昼間は、まるでカフェみたいな雰囲気に様変わりしている。客層も、スーツを着た女性客が多い。


「どうぞ。これは特製葡萄ジュース。」


「ありがとうございます。」


「名前は?」


「ジュリエットです。ジュリーって呼んで下さい。」


「ジュリーね。」


明るい所でまじまじと見ると、マスターはすごく若そうだ。落ち着いている雰囲気だし、ダンディだが、30代前半というところだろう。


「ゆっくりしてってね。」


「私、ここのすぐ近くで働いてるんです。今度、店長と来ますね。ところで、マスター【ジュリエッタの家】で事件があったの知ってます?」


「え?」


「なんか、血が降ってきたとかって…」


「それは…知らないな。そこにいた人達は大丈夫だったの?」


「怪我人はいなかったみたいです。皆叫んでたので、詳しくはわからないですが…」


「まぁ、毎年オペラの時期には何かしらあるもんだよ。大事にはならないから、たいした事件じゃないことばかりだけど。」


「そうなんですか?」


「ああ。」


その時、店のベルの音と共にロミオが入って来た。


「よっ。」


「よっじゃ無いわよ。遅刻じゃない。」


「悪い悪い。マスターいつもの。」


「って、あたしまだ頼んでないし!」


あたし達のやり取りを見るマスターが吹き出した。


「ごめんね。ゆっくり決めてからオーダーして。」


マスターが席から離れると、ジュリエットはテーブルの上のランチメニューと格闘した。 オーダーを済ませるなり、ロミオはニカッと白い歯を見せて笑った。


「この手紙、すごいぞ。スィタン語の原点だ。」


「解読出来たの?」


「まだ出だしくらいかな。だけど、書体から読み取ったから、実際の意味かは怪しい。」


「それじゃ、正しい意味かはわからないのね。」


「ああ。だけど、すごい内容だぞ。ここじゃ、話せない!」


「はい?じゃ、どこで話すの?」


「俺ん家。」


目が点になった。


「あ、襲ったりしないから安心して。俺、セクシーなお姉さんしか興味無いし。」


「ああーそう!手紙返して!食べたら帰るわ!」


「って、冗談だよ。マジでおもしろいことわかったからさ。」


ジュリエットはプンプンしながらランチを待った。昨日までのトキメキはどこへやら。でも、少なくとも手紙の中身には興味があった。それに今の様子じゃ手は出して来ないだろう。気持ちを切り替えて行くことにした。


「ここのランチのサンドイッチとミネストローネのセットは絶品だよ。」


「いつも来るの?」


「週に2回は来るな。」


「へえ。そういえば、身長いくつ?前はあたしより小さかったよね。」


「192。高校からサッカー始めたら伸びたんだ。」


「へえ…。」


「俺とジュリーじゃ、ロミオとジュリエットってより、巨人と小人だな。」


「あはは。そうだね。」


いつの間にか、ロミオのペースに引き込まれておしゃべりに夢中になっていた。食べ終えると市場を通り、デザートをいくつか買い込み、コーヒーをテイクアウトして車に乗り込んだ。


「ね、ローマはどぉだった?うちの親、危ないからってあんまり行ったこと無いの。」


「まぁ、ジプシーが多いから、治安は悪かったな。実際変な事件が多くて居心地も悪かったな。」


「そうなんだ。そういえば、さっき【ジュリエッタの家】の前でも事件があったみたいだし。」


「あ、それ!来る途中、警察いたけどなんだったの?あ、そこ左折して。」


「血が降ってきたとか、よくわからないこと言ってたわ。」


「…へえ。そこ右折したら、家。」


ロミオの家は駅から徒歩なら10分ほどの距離だった。7階建ての煉瓦作りのオシャレなマンションだ。


「真ん前停めて。ここは駐車場だから。」


マンションに入ると中は意外にセキュリティがしっかりしていて、監視カメラや、オートロックが付いていた。


「へぇ。いいとこ住んでるんだね。」


「いいバイトしてるからな。」


「え?何してるの?」


「教授補佐。学費免除だし、給与も出るから。」


「それ、すごいお得だね!」


「学力テストで1番取らなきゃいけないけどな。」


「じゃ、あたしには無理だ!」


エレベーターで5階まで上がって来ると、廊下からベローナの街を一望することが出来た。


「部屋は501号室だから。覚えといて。」


「うん。…え?」


(覚えといてって、また来る機会があるってことなのかな?)


思わず顔がにやけた。ロミオの部屋は整理整頓されてるってイメージがあったけど、本が山積みになって散乱していた。それに煙草の残り香があった。


「煙草吸うの?」


「臭う?」


「少しね。」

「ヘビーじゃない程度にね。」


ジュリエットはソファーに座ると、さっき買ったデザートやコーヒーをテーブルに置き、辺りを見回した。


「手紙は?」


「ちょっと待って。」


ロミオはバックから手紙とノート、そして本を持ってきた。


「ノートは解釈とかを書き込んである。まだまとめてないから、わかりにくいかもしれないな。」


ノートを広げてみると、まるで授業のノートみたいで、『解読してます』って感じだった。


「スィタン語って、どんな言語なの?」


ロミオは更に何冊か本をピックアップして持ってくるとジュリエットの隣に座った。


「ラテン語はわかる?」


「わかるはずが無いわ。」


「スィタン語はラテン語に更にスペルで組み合わされてる。スペルの間に記号が入るんだ。簡単に書くなら…」


ノートにさらさらと『book』と書いた。


「これは、スィタンでは…」


ノートに『bo^k』と書く。


「こうなる。oが2つあるという意味だ。これが、英語じゃなくて、ラテン語と組み合わされている。」


「へえ。考えられてるね。」


「色んな組み合わせがあるんだ。とりあえず、手紙の出だしを訳すとこうなる。…親愛なるジュリアンへ。お元気ですか。私は現在続編を書いています。ですが、時間がありません。このままでは永遠に2人は引き裂かれたままです。どうかお力添えを。って、感じかな。」


「この内容が、言ってたすごいこと?」


それを聞いてロミオは満面の笑みとなった。


「この、続編てなんのことだと思う?」


「え?さっぱりわからないわ。」


「この手紙を書いた人物。誰だと思う?」


「勿体振らないで教えてよ?」


「ウィリアム・シェークスピアだ。」


一瞬、世界が止まった。


「な、な、何?ウィリアム・シェークスピア?」


「あぁ。」


「で、でもこの手紙はシェークスピアを偽る偽物でしょ。だって、一昨日届いたのよ?名前なんて、いくらでも偽装出来るし。」


「ここに、サインと日付がある。1616年4月20日とな。これは、シェークスピアが亡くなる3日前だ。」


「そんなの、調べたらわかるじゃない。」


「それにな、この手紙の書体であるスィタン語。この言語を考え出したのはシェークスピアなんだ。調べてみたらスィタン信仰に加わっていたのは歴史上、事実とされている。」


「嘘。シェークスピアって悪魔信仰してたの?」


「当時は革命的な信仰だったから、加わった者は多い。まぁ、そんなわけで戯曲家である彼にスィタン語を考えさせたというわけだ。」


「待って。ということは、シェークスピアが何かの続編をスィタン語で書いていたってこと?」


「恐らくな。」


「シェークスピアがスィタン信仰だなんてどこで調べたの?」


「大学の教授のスィタン語に関わる資料でな。スィタン語に関する資料なんてほとんど無いから教授から色々聞いてきたよ。」


「手紙見せたの?」


「まさか。だが、教授ですら専門でやってるわけじゃないからって、詳しくはわからなかった。そこで、スィタン語を調査している、世界でたった一人の専門家を教えてもらった。」


「本当!誰なの?」


「フィレンツェの、ウッフィツィ美術館で文芸員をしているダンテ・イン・ティツィアさんという方だ。彼にアポを取って明日会いに行くんだ。」


「フィレンツェまで?旅行だね!」


「ん?俺一人で行くから。」


「やだ。あたしも行く!手紙はあたしのとこに来たんだよ!興味が沸いて来たら着いて行く。」


「本気か?オペラの後すぐ深夜列車で行くぞ?」


「全然大丈夫!。」


「おいおい、遊びに行くわけじゃないからな?」


「わかってるけど、せっかくのフィレンツェだし。」


「だ~か~ら!ティツィアさんに会うのがメインだからな!」


「わかったわかった!」


ジュリエットは笑いながら言った。思わず勢いで行くと言ってしまったけど謎解きをするという未知の快感にわくわくしてたまらなかった。それにベローナを出るのは久しぶりだ。


「じゃ、オペラの後に中央駅に2時にな。」


「わかった。他に何かわかったことは?」


「とりあえず、シェークスピアが書いてる続編はスィタンに関係していることになる。死者を生き返らせる信仰から考えると主人公が最後に亡くなった作品。たくさんあるが、ここベローナに来た手紙となると?」


「ロミオとジュリエット?」


「そう。」


「でも、シェークスピアはイギリスの人物でしょ?何故、イタリアに執筆に関する手紙を?」


「そう。シェークスピアはイギリス人だ。スィタン信仰はもとはイギリス発祥で、信仰が広まりイタリアにまでやって来た。話ではイタリアとフランスの一部では熱狂的信仰があったらしい。シェークスピアはスィタンを言語にすることで伝導する役目を得ていた。」


「そうなんだ。それでイタリアに知り合いでもいたの?」


「それは、わからない。親族関係かもしれないし。ただ、シェークスピアの直属の家計は娘までの代しかいないんだ。シェークスピアが執筆に関する依頼をするだけの人物だから、かなり信頼のある人物だったんだろうな。」


「そうだね…。」


ロミオが話したことを頭の中で整理した。力説に力はあるが、少なくともこの手紙はシェークスピアのものではないだろうとジュリエットは考えていた。400年も前の手紙が、いきなり届くはずがない。誰かの悪戯としか考えられない。本物だとしたら高値だ…じゃなくて、まさに、非現実的だ。


「ジュリエットは疑ってるだろうけど。」


「へ?」


落としていた視線をロミオに戻した。


「この、封鎖の蝋のスタンプ、これはシェークスピアの家門だ。」


(それだって偽造出来るわ。)


「おもしろいことになるな。人生で1番わくわくしてるよ。俺の論文は次はスィタン信仰で確定だ。」


キラキラした顔でいうロミオを横目にジュリエットは不安を感じていた。 悪魔信仰。それは麻薬みたいなもので、一度入り込んだら抜け出せない。


(深入りして危険な目に合う前にロミオを止めなくちゃ。)


二人は明日のプランを話し合いながら、デザートをつまみ解散することになった。


「じゃあ、オペラの後にな。」


「うん。」


別れを告げて車に戻ると、何とも言えない高揚感があった。 それは、まるで映画の主人公のような、そんな気持ちだった。


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