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ロミオ

翌日のランチタイム、シニョーリ広場でサンドイッチを購入している時に、ママからメールが来た。


『000-××××××よ。久しぶりのロミオとのデート楽しんで来てね。』


「余計なお世話だっての。」


思わず口にしてから、ちょっと緊張しながら、そのまま電話をかけた。


『もしもし。』


何回も呼び出しがないまま懐かしいロミオの声がした。なんだか、声が低くなったみたい。


『あたし。ジュリー。』


『ジュリー、久しぶり。電話来ると思ったよ。母から連絡来たから。』


『久しぶり。元気?』


『まぁね。ジュリーも相変わらず元気そうだね。』


『うん。

実は今回電話したのって…』


『スィタン語だろ?』


言い終わらないうちに、ロミオに言われてしまった。興奮してるのか、声が大きくなった。


『そう、それ。』


『今日会える?』


意外だった。ロミオは冷静沈着なタイプだから。


『仕事が、19時に終わるの。』


『シニョーリ広場の近くだろ?俺の大学から10分くらいだから。』


『わかった。ダンテ像の前で待ち合わせでいい?』


『オッケー。じゃ。』


あっという間に電話を切られてしまった。


気付くと休憩の残り時間はあと15分。


「ヤダ!!」



急いでサンドイッチとコーヒーを食べると、ダッシュでお店に戻った。



*   *   *   


18時55分に仕事が終わると、ジュリエットは念入りに髪型を整えた。


「あら、珍しい。デート?」


ダイアナがからかってくる。


「まさか。デートじゃなくて、ただの食事。車置いといてもいい?」


「イケメンに会わせてくれるならね。」


「だから、デートじゃないってば。」


そう言いながらも、デニムにTシャツという格好が悔やまれた。車から革のジャケットを出すと羽織ってから、ダンテ像まで歩いた。

暗がりの石畳の道は、異世界にでも連れていってくれそうだ。


ダンテ像に着くと、既にロミオは待っていた。


「ジュリ-?久しぶり。」


「久しぶり。」


相変わらずのブルーアイズに、ダークブラウンの髪型だけど、すっかり大人の表情になっていて、どこかセクシーだった。


「すっかり変わったね。」


「ロミオも。」


なんだか、今更ながら緊張して心臓がバクバクした。


「ジュリーのママから連絡来た時にはビックリしたよ。」


「ママおしゃべりだから、色々言ってたでしょ。」


「久しぶりのデートだってこととか?」


それを聞いてジュリエットは顔が真っ赤になった。


「なんちゃって。当たり?」


「何今の?ひっどい!」


「ははは。近くに行きつけのバーがあるから、そこ行こう。」


「あたし、車だから呑めないよ?」


「俺も飲まないよ。バーって言っても料理のおいしい店だから。」


「それは楽しみ!」


たわいもない話をしながら、10分も歩かないうちにバー【low】に着いた。


「マスター!」


「ロミオ。お、彼女か?」


「そう見える?明るい席お願い。」


「こちらにどうぞ。」


シャンデリアの真下の席に通された。 昔のロミオは、もっと真面目で、ジュリエットよりも背が低かったし、無口だった。


(人間、変われば変わるもんだ。)


「で、ジュリーは?」


「ん?」


「メニュー。」


「あ、待って。」


メニューを渡されてオーダーすると、すぐにロミオは話を切り替えた。


「で、手紙見せてくれる?」


「うん。これなんだけど…」


ロミオはそのまま一言も話さず手紙に夢中になった。


「お待たせ。ロミオ、彼女退屈してるぞ。」


「あ?ジュリー、先食べてて。」


「冷めちゃうよ?てか、マスターあたし、彼女じゃありません。」


「そうなの?ロミオ、もったいないことしてるな。」


「ただの幼馴染なんですよ。」


マスターは笑いながら立ち去った。


「なんか、わかった?」


ジュリエットは、ベローナ名物の馬肉ステーキを頬張りながら聞いた。


「ああ。まず、この手紙はジュリー宛てじゃ無いな。」


「え?じゃあ、すぐ、返さなきゃ!」


「でも、番地は合ってるよな?つまり、これは、花屋の出来る前に住んでた人に宛てられた手紙だ。本物の宛先はジュリアン・デラ・ポンパードだ。」


「知らないなぁ。大体、花屋さんの前はケーキ屋さんだったはず。店長言ってたし。」


「詳しいことはわからないが、これは完全なスィタン語だな。解読には時間がかかりそうだ。よくわからない書体も多いし。」


「郵便局に返しに行ったほうがいいんじゃないの?」


「いや。こんな機会滅多に無いぞ。スィタン語は消滅した言語だからな。あるとしたら、今だに悪魔信仰が続いてるってことだ。」


「悪魔信仰ってどういうことしてるの?」


ロミオも馬肉ステーキを頬張りながら話しはじめた。


「これは、1500年代に始まった悪魔信仰でな、死後も魂は生き続けると信じる者が、墓から死体を掘り返して生き返りの魔術を勉強し、それが広まって出来たのが【スィタン信仰】であり、その記録や言い伝えなどを記録したのがスィタン語。悪魔であるサタンを崇拝していて、当時は急速に信者を広めたが、皇帝の支配下で抑制されて消滅したとされている。書物は焼かれ、信仰がばれた者は処刑されて、時代と共に信仰は無くなった。」


「へえ。そういうのって消滅したように見せかけて、必ず誰かしら受け継いでるものよね。だから、今でも大学でスィタン語を勉強してるんじゃないの?」


「スィタン語は意味もなく残っているわけじゃない。ラテン語と一緒で、現在の言葉に応用されているんだ。」


「何語になったの?」


「何語というわけじゃないんだが、所謂、汚い言葉、悍ましい言葉の語源なんだ。」


「そうなんだ。」


ジュリエットはパンにバターを塗るとパクリと一口でたいらげた。


「レディーまでは、まだまだだな。これ、今日借りてもいいか?」


ロミオが手紙をバックにしまいながら聞いて来た。


「それ、あたしに来たわけじゃないから、判断しかねるわ。」


「どうせ、宛先には届かないよ。」


「…内容わかったら、すぐ連絡してくれる?」


「もちろん。」


ロミオは手紙を鞄にしまうとさっさと食事を終えた。


*   *   *   


「ねぇ、その手紙でマズイことに巻き込まれたりしない?」


帰り道、ジュリエットは不安を隠し切れずに聞いた。


「わからないな。実際、悪魔信仰は宗教と同じで、人間を破滅に向かわせることさえあるからな。少なくとも何かわかったからと言ってバカな行動はしないことだな。とりあえず明後日にまた会おう。」


「明後日ならあたし仕事休みよ。というか、その日はロミオとジュリエットの野外オペラ見に行くから、連休なの。」


「お、俺もその日のロミオとジュリエットに行く予定。」


「本当?誰と?」


「ゼミ仲間で。」


「そうなんだ。あたしは家族で行くから。」


「そしたら、明後日はランチタイムに【low】でな。」


「わかった。」


ダンテ像の前で別れてからお店に戻るとダイアナが野外オペラ開催に備えてまだ店を開けていた。


「あれ?イケメンは?」


「ん。いたけど、帰っちゃった。」


「やっぱりイケメンと一緒だったんだ!」


ジュリエットはお店を出るとハニカミながら車に乗り込んだ。 アレーナは明るく、広場はもちろん駅周辺にも人だかりが出来ている。開催初日はオペラの前に開会式があり、より一層華やかな宴が行われる。色とりどりのライトが夜空に反射しまるで花火のようだ。まさにお祭り騒ぎ。21時15分から開演だから、もう始まっているらしく、音楽や歌声が聞こえて来る。初日はアイーダだ。

今日も裏道を飛ばして、帰宅した。 家に着くと、珍しく家には誰もいなかった。携帯を見ると、ママから『パパとアイーダを見てきます。』とメールが来ていた。ローザは旦那の家だし、一人手持ち無沙汰だ。 お風呂に入ってから、久しぶりにパソコンを立ち上げた。言語学なんて興味無かったが、今回を機に関心が出て来た。

だが、『スィタン語』と単語を入れても、一件もヒットしなかった。宛名の人物を調べようと思ったが、名前を忘れてしまっていた。


(ロミオに任せればいっか。)


そう思うと、部屋に戻りアロマを焚いて、ぐっすりと深い眠りについた。


野外オペラが終わると、外は再び静寂に包まれ、いつものベローナに戻っていた。だが、興奮で盛り上がった空気は、異様な熱気を町中に散らし、祭の始まりを告げていた。


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