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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生徒会長の秘密

作者: たま





やはりあの子の言う通りでした、と副会長は切り出した。



「会長。貴方は、ここ一週間、ほとんど生徒会室に足を運んでいませんね。だというのに、授業にも出ていない。…生徒会特権の、業務多忙時における公欠扱いを利用して、授業をサボっているわけです」



蔑むように、副会長は俺に冷ややかな視線を向ける。


放課後の生徒会室。時刻は西日が差し込む頃だったが、会長席の前にずらりと並んだ役員たちがそれを遮っているため、俺は眩しさを感じずに済んでいた。

しかし、そいつらが揃いも揃って俺を睨みつけて来ているのだから、喜ばしい状況とは言い難い。

俺はただ黙ったまま、会長席から役員たちを見上げる。

俺の視線を受けびくりと体を揺らし、声をあげたのは、会計だった。



「そ、そんな風に睨んだって、怖くないんだからね!会長がサボったのは事実じゃん!しかも、ここにも来てなかったの、僕たちは知ってるんだから。今週ずっと、生徒会室を見張ってたからね!会長は、会長の仕事もサボってるってことでしょ!」

「ほんと、マオが言ってたとおりだね。『会長は威張ってるけど、仕事しないで遊んでばかりだ』って。…前は、理想が高くて、偉そうだけどちゃんと仕事もしてて、カッコよかったのに。会長、変わっちゃったね」



チワワのようにきゃんきゃん吠える会計の隣で、呆れたようにそう言ったのは、書記である。その瞳には、幾分か悲哀の色も混じっているように見える。ちなみにマオというのは、一月ほど前にやって来た転校生だ。



「最近じゃ、いまみたいに俺たちのこと睨むばっかりで、話もしない。最後に話したのがいつだか、俺、もー覚えてないよ」

「――と、いうわけです。会長、これが私たちの総意ですよ。…といっても、あのフワフワとした生徒会補佐だけは、どこをうろついているのかうまく捕まえられなかったので話していませんが…以前話した折、貴方のていたらくには不快げにしていましたので、まあ同じでしょう」



そして最後に副会長が、俺の前に一枚の紙を叩きつけた。

目線で問うと、フンと鼻で笑われる。



「この後に及んで威圧してきますか、往生際が悪いですよ。これは退任要求書です。我々は貴方をリコールします。貴方にはもう付いていけない。貴方に代わって、あの子を会長に就けます」



その方がきっと、明るくて、賑やかな、素敵な学校になります、と話す副会長の目は、その時はじめて優しく和んだ。あの転校生のことを考えているのだろう。

しかし、次のひと時にはまた、同じ目とは思えないほど厳しく釣り上がり俺を睨みつけてくる。



「繰り返しますが、我々は貴方をリコールします。もし呑まないというなら、来週にも生徒総会を開いて審議にかけます。全校生徒の前で恥をさらす前に、自ら退くことをおすすめしますよ」



そうしてさっさと去っていく副会長のあとを、会計と書記が付いていく。

扉を閉めるとき、名残惜しげにこちらに向けられた書記の視線は、しかし俺の視線とかち合うとすぐ逸らされた。


ひとり部屋に残された俺は、ただぼんやりと、西日に照らされる。


もはやこれまでか――とため息をつく。

たしかに最近では、うまくやれているとは言い難かった。それと言うのも……いや、他者の所為にするべきではない。

単に、ここが限界だったのだ。


おもむろにケータイを取り出した俺は、ある人物に宛てメールを送信した。





その日の夜。

俺と役員たちは、また一堂に会していた。場所は寮にある、生徒会専用ラウンジである。

丸テーブルに着いているのは、夕方と同じ面々。左から、会計、副会長、書記。寮内であるから先ほどよりずいぶんリラックスした服装ではあるが、やはりその表情は硬い。



「…なんですか、呼び出して。いまさら我々は退任要求を取り下げるなどいたしませんよ」



俺の正面に座る副会長が、やはりまた口火を切る。

そ、そうだよ!とそのとなりから会計が虚勢をはり、書記がもの言いたげに俺の様子を窺う。


俺は意を決して、口を開いた。




「…お゛ま゛えら゛に、黙ってだこどが、あ゛る゛」




――そして、盛大に俺はむせかえった。


ゴホゴホと体全体で咳をして、ようやく落ち着いて顔を上げると、そこにいる面々の表情は、先ほどからはだいぶ変化していた。

ぽかーんである。

書記が、「会長、なにその声」と言いかけたところに、



「あーーーーっ!!会長様ったら、やっぱりそんな薄着で出歩いてるーーーー!!」



鋭い声が飛び込んできた。

バタバタとラウンジに駆け込んできたのは、先ほどフワフワしていると形容されていた生徒会補佐である。

その腕には一抱えほどの大きなトートバッグを持っている。俺はその中身を知っているが、役員たちは当然知らないので、副会長は「何ですかあの大荷物は」などと呟いている。

補佐は俺の傍らにたどり着き、もう!と声を上げた。



「ダメじゃないですか会長様!僕が来るまで部屋で待機しててくださいって言ったでしょ!どーせ会長様は薄着でうろつくに決まってるんですから!ほら、いろいろ持ってきましたから、全部着てください。そうしないと熱上がりますよ」

「…わ゛る゛い」

「もー、喉が痛いときはマスクしてくださいってば!はいコレして、あと購買でのど飴補充してきましたから、会長様はそれ舐めて大人しくしててください」

「でも゛、お゛れは、こい゛つら゛に゛説明を゛…」

「筆談できるように、スケッチブックとペンも持ってきましたから!」



トートバッグの中からセーター、コート、ロングマフラーなどを取り出しては、どっさりと俺の前に積んでいく補佐。そのテキパキとした動作は、常の生徒会室で見せていたフワフワと間延びした言動とはまるで真逆である。

役員たちの頭上に、大量の疑問符が見える気がする。視線が痛い。しかしまだ待ってほしい。ちゃんと全部着てからじゃないと、俺が補佐に怒られてしまう。


俺は与えられた防寒具をすべて身につけ、マスクを装着すると、スケッチブックを開いた。




『一言で言うと 俺は体が弱い』




「……は?」



間の抜けた声は、副会長からである。

俺はいろいろと説明しなければ、とペンを握ったが、隣に座る補佐に制された。



「会長様、全部書いたら腱鞘炎になります。僕が説明しますよ。……会長様からメールで聞きましたので、今日あったことは僕も知っています。ですが、どうか一度説明させてください。

まず僕は、会長様のお家にお支えする執事の一族の者です。会長様とは生まれた時からの付き合いです。諸々の事情からこれまでは、学校ではほとんど接触しないよう努めていましたが、ここ最近は、補佐として側近くでお支えしています。なぜなら――この方が、生徒会長なんていう、お身体に負担をかけまくるものになってしまわれたからです。

ご覧の通り、会長様はお身体が強くありません。風邪を引いていない日はありませんし、疲労がたまればすぐ熱を出します。僕はなるべく会長業務に支障をきたさず、かつ会長様の体調をなるべく良い状態で保てるよう、裏では各所でサポートをしていました。

表立ってでないのは、それが会長様の望みだったからです。『体の弱い会長なんて頼りねえだろ』と。ですから僕は、影で十分会長様をサポートできるよう、表ではフワフワした性格を演じ、仕事を与えられすぎぬようにしていたわけです」



役員たちは黙って聞き入っている。

先ほど補佐が「俺が熱を出している」と口を滑らせたのを思い出したのだろう、会計が心配そうな目で俺を見てくる。

俺はのど飴をからころ舐めながら、手袋をした片手を上げて大丈夫だとアピールした。慣れているので、この程度の微熱は実際、大丈夫なのである。



「毎日綱渡り状態ではありつつも、それでうまくいっていたので安心していたのですが…あの転校生の登場で、全てが狂いました」



ギリ、と奥歯に力を入れる補佐に、会計がびくりと体を揺らす。

俺は補佐の肩に手をやった。スケッチブックを見せる。



『こいつらは あの転校生が好きなんだ

あんま悪く言うな』



「会長様…。

……僕は、貴方方の気持ちがわからない。あの転校生のどこがいいのですか?

あれが来てからというもの、親衛隊絡みの要らぬトラブルが増え、会長様の仕事が飛躍的に増加。睡眠時間が減り、倒れてしまわれたことも一度や二度ではありません。

その上…貴方方まで転校生と遊び歩いて…。つい最近僕が気付くまで、会長様は貴方方の仕事も肩代わりしていたのです。気付いてからは僕が処理していますが…。

『会長様が仕事しないで遊んでばかり』――だなどというのは、会長様を孤立させて付け入るための、あの転校生の妄言です。あれは会長様狙いですからね、側から見ていればわかります。

それに……貴方方、そんなことをよくもまあ言えたものですね。どの口が言うのです。それは貴方たちでしょう。ご自身の仕事量が減っていることに、本当に気づかなかったのですか?病の床で熱に喘ぎながら貴方方の仕事を片付ける会長様のお姿を想像して御覧なさい、恥を知れ!」



『おちつけ』



目の前で、役員たちが萎んでいく。

ように、俺の目には見えた。補佐の語気が次第に荒くなってきているのと反比例している。

ふうふうと肩で息をつく補佐の隣で、俺はペンをはしらせた。



『この間 2階から落ちてきた花びんから

転校生を庇ってぬれて以来

ひどい喉風邪にかかって 声が出ない

おまえらと話ができなくて 悪かったと思ってる』



あ…と書記が声をもらした。

タチの悪いのを引いてしまったらしく、ずいぶん長いこと喉の炎症が治らない。医者からは当分声を出すなと言われていた。

体調の方もダメで、特にここ一週間は、ほとんど学校にも行かず部屋で点滴を打っていた。補佐も相当心配してあれこれ動いてくれていたので、副会長が「つかまらない」と言っていたのだろう。




『言いたくはなかったが こういうことだ

言い訳したいんじゃなく 最後だから

仲間には ウソついてたこと 謝りにきた

こいつの言葉が過ぎたのは 許してやってくれ

忠義心が厚すぎるんだ

俺は仕事をサボったことはないが

頼りないのは事実 リコールして構わない

いままで ありがとう』




スケッチブックを置くと、俺は一息ついた。

熱が上がってきたかもしれない。熱は夜に上がるものなのだ。ソースは俺のこれまでの半生。


悔いがないと言ったら嘘になるな、と俺は思っていた。

この学園の生徒会選挙は、ほとんど見目好い生徒の人気投票とイコールだ。そういうわけでうっかりと会長に選出されてしまって以来、補佐にも医者にもかなり迷惑をかけた。それでも任されたからにはやりきりたかったが、どうやらここまでのようだ。


ポットとマグカップまで持ってきていた用意周到な補佐が淹れてくれた生姜湯を飲んでいると、静かにしていた副会長が、突然頭を下げた。



「――、すいませんでした。リコールは取り消します。心を入れ替えて、また業務に専念します。…どうか貴方の下で、生徒会活動をさせてください」

「……会長っ、ごめんなさぁいっ」

「会長…ごめんね」



続いて、残りの二人も頭を下げる。

三つ並んだ旋毛。補佐が舌を出しながらそれにデコピンする真似をしているのを制して、俺はキュキュとスケッチブックにペンを走らせた。




『また一緒にやろうぜ

俺についてこい

体弱いけどな』




顔を上げた三人は、それを見て破顔する。隣を見やれば、補佐も、仕方ないなとでも言いたげに微笑んでいた。

転校生が来て以来久しく見ていなかった、俺の信頼するメンバーの笑顔だった。







それからしばらくして。


今日も今日とて生徒会は忙しい。もうすぐ生徒会主催の大きめな行事があるので、特にバタバタしている。終わらないよ~なんて会計が泣き言を言っているのが聞こえる。


そんな生徒会室で、俺は。



「………おい、副会長」

「ダメです。今日の貴方の仕事は、そこから一歩も動かないことだと言いましたよね?」



ドテラを着て、炬燵に入っていた。

俺の前にはいくつかのみかんの入ったかごが置かれている。その傍らには、葛根湯。風邪に効く漢方だ。

炬燵を持ち込んだのは書記である。寒くなってきたので、とかよくわからないことを言ってこの間設置した。加湿器付きだ。

専ら休憩の時にみんなで潜るくらいのものだったが、副会長の言うように、今日俺はここから出るなという厳命が下されている。



「大したことねぇって言ってんだろ。熱もかなり下がったし」

「ダメだよ会長。会長には明日、全校生徒の前でスピーチするという任務があるの。こないだみたいに喉潰されたら困るんだから、今日は大事をとるのが正解」



第一自分の仕事は終わってるじゃん、と文書のチェックを行いながら、書記がピシャリと言う。

くすくすと諸悪の根源の笑い声が聞こえきたので、俺はそちらを睨みつけた。



「補佐…元はと言やぁおまえがバラすから…」

「ふふ、かいちょーさまが悪いんじゃーん。僕は言ったもんね、きのーの体育は寒いから見学したほーがいいって。それを振り切って体育やって、熱出したのはかいちょーさまでしょ?」



僕、かいちょーさまが熱出したら報告するよーにって、みんなから言われてるもんね~、と補佐は笑う。ちなみにこの話し方は本来のものではないが、皆の前ではフワフワした話し方で慣れてしまったから、とそのままにしている。

俺は冷えピタを貼った額にしわを寄せる。サッカーに釣られた俺が悪かったようだ。


ご覧のとおり、あれ以来、俺はこいつら全員から過保護にされている。

発熱すれば全員に言いつけられ、防寒具をあれこれと寄越され、仕事を取り上げられることすらある。最近ではおもしろがって、今日で言えばみかんのような、オプションを付けるようにもなった。

普段は俺がどんなに不遜な物言いをしても従ってくれるこいつらだが、一度体調を崩せば一転。俺の発言権は一切失われ、何を言ってもいなされて終わる。俺にできるのは安静にすること、それだけだ。


せめてもの反抗にみかんの皮を変な剥き方で剥いていると、おわったぁー!と会計が快哉を叫ぶ。振り向くと、満面の笑みの会計が書類を頭上に捧げ持っていた。



「おう、おつかれ」

「会長!ありがとー!明日、がんばろうね!」

「ああ。…てめえら明日、ぜってー成功させんぞ」

「もちろんです」

「やってやろーね」

「はーい!」



炬燵から、ドテラ姿で、振り返る。

――という、どうにも様にならない姿だというのに、みんなは元気に答えてくれた。俺の最も信頼する、仲間たちである。

俺はみかんを頬張り、今日の業務を遂行することにした。







おしまい



転校生はきっと生徒会役員にそっぽを向かれて失意のうちにまたどこか転校したりしたんだと思います。適当

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